第10話 そばにいたいから
自分が聖と同じ吸血鬼になれば、彼を狩らずにすむ。
「あたしを、吸血鬼にしてくれる?あんたの仲間にしてくれる?」
たまらずに飛鳥は聖に問いかける。
薄っすらと涙を浮かべた金色の目が月の光を浴びてキラリッと光った。
聖は、その光景にドキッとするが、すぐに笑顔を取り戻して、飛鳥の瞳を覗きこむ。
そうして、真剣な瞳を彼女に向けた。
「君が望むのなら………。」
優しく飛鳥の白い手を取って、口付ける。
「俺の血、今飲んだんじゃないの?」
「いや、口付けをしただけだよ。君の同意もなく君の血を飲むことなんて出来ないよ。」
不思議そうに、問いかける飛鳥に聖は苦笑しながら答えた。
自分は飛鳥の首筋にキスマークを残しただけだ、と。
飛鳥に自分の物である証をつけたかったのだ、と。
「そう………。」
もし、聖が自分の血を強引にでも飲んでくれたなら、強引にでも飛鳥を吸血鬼の一員としてくれたのなら、自分はここに残るのに。弟のことも、すべて忘れてここにいるのに。
こんなとき、優しい聖のことが少し憎らしく思えた。
強引にでもことを進めてくれなければ、
自分は弟の元に帰りたい気持ちとこのままここで聖と一緒に暮らしていきたいという気持ちの板ばさみ状だ。はっきり言って辛い。
でも、自分ではどちらを選んでも後悔することになる。
どちらも選べない。
でも、どちらかを選ばなければならない。
そして、弟の元に戻るのならば、聖を殺さなければならない。
それだけは、避けたかった。
だから、聖には悪いが、強引に自分を吸血鬼にしてくれれば、と思った。
優柔不断な自分に代わって、聖が決めてくれたら、と。
そういう風に決めることの出来ない自分は嫌になるが、だが、決められないものは決められないのだ。
どちらも、どちらの存在も大切すぎて。
「あたしは………。」
少し釣り目勝ちな大きな目を、聖に向ける。
その瞳は、何かを強く訴えているようで、酷く悲しげでもあった。
「あたしは………。」
何も言わずに、聖は飛鳥が言葉を発するのを待っていると、次第に飛鳥は顔を俯かせてしまう。
ただ、言葉が降りかかる。小さく、聞こえるか聞こえないか、そのくらいの静かな懺悔の言葉。
「ごめんなさい。」
と。
決められない。
自分の運命さえも決められない自分に。
静かに流れ出した涙が、真っ白なシーツを僅かにぬらした。
「君は………どうしたい?」
飛鳥からの言葉を静かに受け止めてあげたい。
そう考えていたが、あまりに辛そうな彼女の様子に、少しだけ声をかけた。
彼女の負担にならないように。
彼女自身がこれから先の未来を決めていくように。
聖には、彼女の未来を、飛鳥の未来を変えることは出来ない。
いや、出来ないのではなく、してはいけない。
自分が彼女のことを無理やりに決めてはいけないと思っていた。
それは、彼女の自由を奪うも同然だから。
「あたしは、聖も大切。だけど、弟も大切。どちらも失いたくはない。」
苦しげに彼女は呟いて、聖の胸に顔を埋める。
そうすると、聖の少し低めの体温が伝わってきて、少し安心する。
心の中で思っていた言葉が少しずつ、表に出てくる。
「でも、弟を、龍斗をとるならば、あたしはあんたを殺さなければならない。
でも、それは出来ない。だからと言って、あんたを選ぶのなら、弟とはもう会うことが出来ない。
弟を見捨てると同然だ。あたしには、どちらも選べない………。」
首を横に静かに振りながら、飛鳥は告げる。
心の中にある思いを。
自分がどうすればいいのか、わからないということを。
「両方を、選ぶことは出来ないのかい?」
「え?両方を選ぶ………?」
聖の提案に飛鳥は驚いて顔を上げる。
あまりにも、聖の声音が優しかったから。
そして、自分が思ってもみなかった答えをくれたから。
「泣かないで。」
顔を上げたことで、涙で濡れた目が聖の目に映る。泣いている飛鳥も儚くて綺麗だと、思ったが、それ以上に、悲しみの涙を彼女には流して欲しくない、と、細長い指で彼女の目元の涙をすくう。
そして、ペロリッと舐める。
「少し、しょっぱいな。」
「なっ………。」
聖のその行動に驚いた飛鳥は思わず涙を止めて、顔を赤らめて聖を見つめた。
すると、聖は穏やかに笑みを浮かべた。
「君には、笑顔の方が似合っているよ。だから、笑っていなさい。
でも、辛いときは私を呼びなさい。少しでも君の気がまぎれるように傍にいるから。」
ん?という風に、優しく微笑まれては、頷くしかない。
飛鳥も、必然的に頷いていた。
「ありがと、聖。」
花がほころぶように笑って。
まだ、涙の後が残る顔で、鮮やかに笑う。
「あたし、欲張りって言われるかもしんないけど、聖も龍斗も手放せない。
だから、あたしは二人を選びたい。」
「ああ。」
決意をした瞳で強く前を見つめる飛鳥に、聖も笑う。
嬉しそうに。
しばらく微笑みあって、どちらともなく身体を寄せ合い抱き合う。
それが、自然に思えた。
飛鳥も、聖も、互いが傍にいることが、とても自然なことに思えた。
「協力、お願いするな。」
「勿論、君の為とあれば。」
飛鳥は聖の身体に凭れ掛かる。
「あたしを、吸血鬼にしてください。」
「もちろん。よろこんで。」
柔らかな夜の闇に抱かれて、聖と飛鳥はただ、互いの熱を確かめるかのごとく、互いの存在を確認しあうかのごとく、抱きしめあっていた。
その日、一人のハンターは、愛する吸血鬼と永遠に近い時間を供に歩んでいくことを選んだ。
fin
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ここまでお読みいただきありがとうございました。あと1話だけ番外編という名の後日談を投稿させていただきまして、このお話は完結となります。
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