第9話 運命の決断

「………聖………っ。」



うれしかった。



生まれて初めて言われた言葉が。



とても、嬉しかった。



それになによりこの男がそう言ってくれたことが、とても嬉しかった。



しかし、彼の名前を呼んでハタとあることに気づいてしまう。



「………ダメだ。」



そう、聖は飛鳥が狩るはずの吸血鬼だ。



もっと違う出会い方ならよかったのに、と飛鳥はまた涙を浮かべた。



「駄目だよ………。」



「どうして?なにがダメなんだい?」



悲痛な表情を浮かべて髪を揺らしながら必死に首を振っている飛鳥に聖は優しく問いかける。



いったい彼女は何を考えて駄目だと必死に言うのだろうか。



「だって………だって………あたしはあんたを狩らなきゃいけない。

上からそう命じられてるんだ。命令に逆らうことなんて………できないんだよ。」


「なら、そこに帰らなければいい。ずっとここにいれば、君がどうなったかなんて誰にも分からないだろう?」



「………駄目なんだ。あたしは帰らなきゃならない。ずっと………ここにはいられない。」



「どうしてだい?私のそばにいるのが嫌なのかい?」



聖の提案に飛鳥は今度は軽く首を振った。



「弟が………あたしには弟がいるんだ。」



「弟がいるから駄目とはどういうことだい?」



聖は飛鳥の言葉に僅かな疑問を感じ聞き返す。いったい、なぜ弟がいるからと断られなければならないのか。



「………あたし、母さんも父さんもいないんだ。………だから、あたしがいなくなったら弟が一人になってしまう。」



「飛鳥………。」



「だから………、だから、ごめんなさい。聖。あたしは帰らなきゃならない。」



痛々しく自分に告げる飛鳥に聖は言葉が出てこなく、ただ彼女の名前を呼ぶことしか出来ないでいた。



「聖と出会ってから一日しかたってないけど、あたしは聖を………。」


愛してるよ………。




その言葉は紡がれることはなかった、なぜなら飛鳥が目を潤ませて聖に深く口付けていたから。



「私は………それでも、君が欲しい。」



「ありがとう………。でも、それは無理だよ。」



飛鳥は涙混じりの声で小さくつぶやいた。



「ただ、このひとときでもいい。君を………。」



聖は飛鳥を抱きしめると、耳元でささやいた。



その声には余裕なんて微塵もなく、あるのは焦りだけだ。



そして彼女にたいするどうしようもないほどの、愛情だった。



たとえひとときでも、彼女に触れたいと思った。



ただ、彼女を、彼女がいたという証が欲しかった。



愛しい彼女に、ただただ触れたかった。



それが例え自分のエゴだとしても。



一度でいい。


一度でいいから、彼女を抱き締めたい。


そしたら………彼女を手放してもいい。



つらいだろうけれども、それが彼女の為ならばと。



「聖………。」



飛鳥は涙で濡れた目で聖を見つめると、聖の首に両手を回した。



「好きだよ………。」



そして涙混じりに耳元でささやいて、自分から聖の唇に軽くキスをする。


「………飛鳥っ。」



聖は軽くキスして離れていく飛鳥の体を抱き寄せて、何度も角度を変えてキスを送った。



それは次第に深いものとなり、飛鳥の息を奪っていく。



「ん………っふ………。」



息苦しくなって飛鳥は聖の胸をトントンと叩いてそれを訴えると、名残惜しげに聖は飛鳥から唇をはなした。



その間には銀色の糸が名残惜しげにつながっている。



「………愛してる。」



触れ合えるのはこれが最初で最後になってしまうかもしれないけれど。



彼女は、飛鳥には弟がいるのだから。



飛鳥はきっと聖のことを殺して去るだろう。



そう聖は思っていた。



そして飛鳥とともに過ごすことが出来ないならば、それでも構わないと思っていた。



だけど、願いが一つだけ叶うとしたならば、今この胸の中にいる少女を、この瞬間だけでかまわないから、深く深く触れ合って溶けてしまいたいと思う。



そして、自分がどれほど飛鳥のことを想っているのか知らせてやりたかった。



柔らかな絹のような彼女の白い肌に聖は指を走らせた。すべらから肌は聖の指が触れる場所から熱を帯びていく。



「………ひ、じり。」



熱に浮かされたような濡れた瞳で呼びかければ、優しい笑みが降ってきて、飛鳥を安心させた。



聖は指ばかりではなく唇もつかい、飛鳥の体温をむさぼろうとして、まず最初に飛鳥の赤く熟れた唇なキスを落とした。



それから首筋にツィーっと唇を流して、強く首筋を吸い上げると、



「いたっ………。」



という飛鳥の声が聞こえてきたが、聖はそれを聞こえないふりをする。聖の唇が強く吸い上げた首筋には一輪の赤い花が綺麗に咲き誇っていた。



「聖………。」



チクッとした痛みにキツク瞑っていた目を開け、漆黒の瞳を覗きこむ。



飛鳥は、彼が自分の血を飲んだと思ったのだ。



聖が自分の血を飲んだのならば、それもそれでいいと飛鳥は思っていた。



彼の吸血行為にて、自分が彼と同じ闇の者になれるなら、それもいいと思った。



弟である龍斗には、悪い気はするが、でも、それでも………彼を聖を殺すことは、飛鳥には出来なかった。



彼を殺すくらいならば、彼と同じ吸血鬼になってもいいと思ってしまった。



それほど、いつのまにか飛鳥は聖のことを愛してしまっていた………。

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