第8話 安心する存在
「………ありがとう。」
泣き止んで最初に言ったのは感謝の言葉。
本心からの気持ち。
母親をなくしてからはきっと初めて本心から感謝の言葉を飛鳥は発した。
「どういたしまして。」
そう言って聖は優しく飛鳥に微笑むと、飛鳥の顔はほんのりと赤く染まり聖に体を寄せた。
それはまるで、甘えている子猫のようで。
聖は微笑ましい気分になる。
「………あったかい。」
小さく独り言のように飛鳥は呟く。
安心している彼女を脅かしてはいけないと、このふんわりとした空気を壊したくはないと、聖はその呟きを聞き流した。
でも、言葉に出さないだけで、彼女の柔らかい四肢を守るかのように包み込んでやる。
「ねぇ………あんたといるとなんだか安心するんだ。あたし。」
「そうかい?それはよかった。」
飛鳥は聖の胸に預けていた顔をあげ、
聖は腕の中にいる飛鳥を見つめると、
二人はそのまま自然に視線を絡めた。
そうしてどちらともなく、優しく微笑めば、心の中がいいようのない幸せな気分に満たされる。
「飛鳥………。」
そこから先はごく自然の成り行き。
暖かな吐息が飛鳥の耳に降ってきて、耳元に優しく口付けられた。
「………くすぐったいんだけど。」
赤くなる頬をごまかすように少し拗ねた口調で目の前の男に言ってやると、男は漆黒の瞳を飛鳥に向ける。
その中には飛鳥への愛しさが詰まっていて、思わず飛鳥は顔を反らせてしまう。
「何故、そっぽを向くんだい?」
聖はクスクスと笑いながら飛鳥の柔らかい頬を手で撫でると、自分の方に優しく顔を向けた。
その飛鳥の顔は赤くて、そうして眼には涙までためていて、まるで聖の理性を試しているかのようだ。
「君はほんとうに可愛いな。」
「………ッ。」
可愛いだなんて今まで他人に言われたことがなかった飛鳥はその言葉にさらに顔を赤めると、なんとも言えない顔をして聖を見つめ返す。
「君は………本当に………。」
切ない眼差しで言うのと同時に飛鳥の唇に聖のそれが降ってくる。飛鳥は重ねられる聖の唇を静かに受け止めて、その目から一筋の涙を流した。
その涙に気づいた聖は飛鳥の唇から自分のそれを離し、甘くささやくように飛鳥に理由を訪ねる。
「何故泣いているんだ?………もしかして嫌だったのかい?」
そう問いかければ涙を流したままの飛鳥の首がゆっくりと横に振られた。
「………違う………うれしいんだ。なんか心が満たされていくみたいで………。」
飛鳥は溢れ出た涙を拭うことなくまっすぐ聖を見つめる。
その表情は確かに幸せそうで、つられて聖もほほえんでいた。
「………飛鳥。」
彼女の名前を口に乗せる。
なんとも馴染んだ名前にも思えて。
思わず頬をゆるめた。
そうして彼女の目を見つめ、耳元に唇をよせる。
「君が………好きなんだ。愛している。」
囁かれた愛の言葉に飛鳥はこれ以上ないくらいに赤面をして、聖を見つめる。
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