第7話 悩める少女

白く細い手で細い膝を抱えてベットの上で体を丸め込んで小さくなる。



断続的に少女の細い体が小刻みにふるえていた。



「………だめだ。………もう………。」



より深く顔を膝に埋め込みながら小さくふるえる声でつぶやく。



もちろん人払いをしている為にその言葉を聞いているものはいない。



「………あたしは、これからどうしたらいい?」



何も知らなければ、こんなふうに優しくされなければいともたやすく仕事を終わらせることが出来たのに。



こんなに悩まずに、吸血鬼を滅することが出来たのに。



彼らの優しさに触れてしまった今、本当に吸血鬼を狩ることが正しいのかわからなくなってしまう。



自分の行動を呪った。



どうして芝生の上で気持ちいいからと無防備に眠ってしまっていたのだろう、と。



少女は髪を振り乱しながら透明な涙を流していた。




コンッ





しばらく泣いているとベットサイドの窓を何かがたたくような音が聞こえてきた。



最初はそれを無視していた飛鳥だが、あまりにも何回も音がするので、膝にうずめていた顔をゆっくり上げると、手で涙の後を拭って震える手で窓をゆっくりと開けた。



その開いた窓から夜の冷気が部屋に流れ込んでくる。



泣いて少しばかり火照っている顔にあたる冷気が心地よくて、今まで泣いていたことも忘れて目を瞑ってしばしそれに浸る。



目を瞑ってしばらくすると頬に暖かい何かがふれた。



驚いて飛鳥は瞳を極限まで開くと視界は闇色に染まっていた。



「あ、何?」



目の前には深い深い闇色が広がるばかりで、なんなのか分からないでいると、クスリッという笑い声が耳元で聞こえて、ビクリと体をふるわせた。



「ああ、可愛い人。どうか、そんなに驚かないでくれ。」



そんな柔らかい声がして飛鳥は闇色のものをしっかりとその眼で確かめると、それが髪の毛だと、誰かの頭だとわかった。



「………だれ?」



髪の毛だということはわかったが、顔まではっきりと見えないので、とりあえず聞いてみる。



優しい雰囲気からして悪い人ではないのだろう。と思いながら。



だが、よく考えればこんな夜中に窓の外にいるということは、どこか不自然ではないか、と思う。



が、そのことに飛鳥は全く気づいてはいなかった。



「私か?私は聖だよ。先ほど会っただろう?もう忘れてしまったのかい?」



そんなからかい混じりに言われて飛鳥は頬をカッと赤らめさせた。



「………暗いから顔がわかんないんだよ!」



そう、確かに辺りは暗かった。



何よりここは町中ではなく、森の奥深くなのだ。



さらには落ち込んで泣いていたために、部屋の灯りなんて点けてはいなかったのだ。



暗くて誰だか分からないのは仕方のないことだろう。



「ああ、そうだったな。人間とは暗闇の中ではあまりよく物が見えない生き物だったな。」



わざとらしい口調で少し笑いながら言ってみれば飛鳥は顔を赤くしながら



「わるかったわね!!」



と叫んで聖から目をはなした。



「そう、怒らなくともいいだろう?」



聖は自分の思った通りの反応を返す飛鳥に向かって苦笑しながら言う。



「………なあ、あんたなんで、あたしを殺そうとしないの?」



聖に優しい瞳で見つめられ、不意に疑問に思っていたことが口から飛び出していた。



聖は予想しなかった言葉に瞬きするのを忘れて飛鳥を凝視してしまった。



飛鳥は自分の言ってしまった言葉に気づき、慌ててその口を両手で押さえるが、言ってしまった事実は変わることはない。



青くなった顔で、ゆっくりと聖の顔を見上げて、その眼に涙をためる。



「………ごめんなさい。」



言う気はなかったんだ。


と、続ける前に聖の腕が伸びてきて、飛鳥の体に手を絡めるように抱き寄せると、優しく宥めるように背を優しくなぜた。




ポンポンと背中を安心させるかのように軽く叩きながら、飛鳥を慰める。



その優しい聖の行動に飛鳥は溢れ出てくる涙を止めることが出来ずに、声をあげて泣き出してしまった。こんな風に優しくされたのはもう遠い記憶の向こうだから。



彼に母の優しかった思い出と物心がつく前にいなくなってしまった父親がいたら、こんな感じなのだろうかという思いを重ねてしまい止めどなく溢れる透明な滴は止められなくなってしまった。



思えば、母親が亡くなってから泣いていない。



強くなりたかったから。



誰よりも、誰にも負けないように強くありたかったから。



だけどそれは強がっていただけだと、この瞬間飛鳥は思い知らされた。相変わらず飛鳥を慰めるかのように背中を軽く叩く聖の手は暖かくて、気持ちよくて。



今まで強がっていた自分が馬鹿だったような気がした。



こんなに自分は弱いのに。



「っ………ひっく………。」



安心する空間。



飛鳥は涙が枯れるかというくらい泣いた。



今までためていた涙を全て流すかのように泣いた。

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