第3話 甘い体温

暖かい人の体温をその体中に感じながら飛鳥は穏やかな眠りをむさぼっていた。



心地よい体温と柔らかで優しい香りに包まれながら飛鳥は自分の母親をその胸に描いた。



幼い頃の短い時間を母親と過ごした思い出が胸をかけめぐり不意に一筋の涙を流した。



「………かあ………さん………。」



幸せだったあの頃。



優しかった母親。



すべてが今となっては思い出でしかない。


飛鳥は母親を呼びながら傍らにある男の胸元に抱きついた。



その温もりを求めるように。



無意識のうちに求めていたその体温を感じると飛鳥は幸せそうな笑みを浮かべ、閉じられていたその瞳をゆっくりと開いていった。



ゆっくりと開かれる淡い茶色の瞳。




その中に映されたのは漆黒の髪と瞳を持つ一人の男だった。




男のあまりにも整いすぎている顔に飛鳥は夢を見ているのではないだろうかという錯覚に陥り、何度も瞬きを繰り返すが夢ではなく現実なので男の姿が消えるわけもない。



「起きたのかい?」



眠る飛鳥の顔を飽くことなくみつめていた男は彼女の目が開いたのを確認してからまだ夢現をさまよっている彼女に問いかけた。



「だぁれ?」



まだ寝ぼけているのか幼い子供のように問いかけると男の存在を確かめるように自分をのぞき込んでいる男の首に飛鳥は迷うことなく腕をまわした。



「………あったかい。」


まるで甘えてくる子猫のように男の胸に顔を埋めてその体温を貪るかのように頬を擦りつける。



「………寝ぼけて………いるのか?」



甘えてくる子猫を胸に抱いたまま男はため息をついた。



開かれた瞳は寝ぼけているため虚ろに世界を映しだし、自分を見て微笑んですり寄ってくる飛鳥に男はかつてない保護欲を掻き立てられた。



しばらくそのまま彼女の気の済むまで男は彼女に抱きつかれたまま、髪を優しく手で梳いた。


流れる絹のような肌触りの髪にその感触が癖になり何度となく手で彼女の長い髪を梳いてやる。



すると気持ちがいいのか、飛鳥はもっと撫でて、というように男の首に回している手の力を少し強めた。



男はそれに答えるように何度も梳いてやっている。



すると、そのうちに男の首にまわしていた細く白い腕が意志を失ったかのようにダランと下がったのを感じた。



男は慌てて飛鳥を見ると、飛鳥は幸せそうな表情をしながら寝息をたててまた眠りに落ちていた。


「………はぁ。起きてくれるかと思ったのにな。」



男は深いため息をつくとベットサイドに置いてあった金色の鈴を二度鳴らした。



しばらくして飛鳥が寝ている部屋のドアがキィーという音を出して開かれた。



そこに現れたのは女性用の紺色のスーツを身にまとった綺麗な女性だった。



「なにかご用でしょうか?」



「ああ。呼び出してすまないね。少し用事があるので出かけてくるから、その間彼女のことを頼むよ。」



「はい。」



聖はそう言って寝ている飛鳥の髪を優しく撫でると、呼び出した女性に、



「行ってくる。」



と行って黒いコートを手に取るとゆったりとした歩調で部屋を出ていった。




残された女は「はぁ~。」と深いため息をつき、未だぐっすりと安心しきったように寝ている飛鳥を見下ろした。

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