第4話

 ……今日もいい天気だ。上を見あげれば雲ひとつない青空が目に入る。


 ここ、青天あおぞら高校には彼……いやもう彼女か。が、在校している。


 わたくし……おじさんは、その高校のシンボルとしてある、十メートル程の大木の一番上……より少し下にある太い枝に乗り、そこから彼女を見ていた。


 この木には大空に羽ばたけるように成長しよう、という意味が込められてるらしい。

 木からそこそこの広さの運動場を挟んで校舎があり、ステテコパンツとシャツ、少し大きめに作ったウェストバックを身にまとい、そこから双眼鏡を取り出し、わたくしはある一室を見る。


 なんか同級生の子たちと話してる……。

 窓際だから彼女の姿と他二人の姿が見えた。


 てか周りの反応うっす。あの二人しか追求してないじゃん。一人性別変わったんだぞ? なにも聞かずにいつも通り過ごしてる周りのヤツらすごいな……。


 これが若さか……。それとも優しさか……。

 四十五歳のわたくしにはもう理解できませぬ……。


 まぁ、いい、観察をば。

 うんうん。順調順調。だんだんと彼女、仕草が変わってきたね。具体的にはあの公園で見たときと比べて足をしっかりそろえて閉じてる。


 いいぞいいぞ。てかなんでニーソックス履いてんの? 履かせた覚えないけど……。


 そのぐらい精神の成長が進んでるのか?

 やっぱり若さはすごいなぁ……。


 感心してると、彼女達が移動を始める。

 お? 帰るのかな?


 さて、じゃあ降りますかな。

 と、下を見る。


 一番上ではないにしろ、十メートルある木だ。ここの生徒にバレないようにスピーディーに降りなくてはならない。校舎の下駄箱あたりからは七、八十メートルほどあるが、降りてる瞬間なんて見ればすぐにわかるだろう。


 下を見れば、落ちたら一発アウトの底なしのように感じた。

 木登りは得意だから、登る時は気にしなかったが、降りようと思うとめっちゃ怖いなこれ。


 まぁ得意といっても、もう二、三十年ほど前の話だが。


「…………」


 よし、発明家の力を見せてやろう――



 ・・・・・・・・・・



 周りの目を気にしながら、廊下を歩く。

 ほとんどの生徒は始業式が終わり帰ったため、用がない俺らも教室から追い出された。


 教室は部活をする者などが使うためだ。なんの部活かは知らないが。

 話の続きをしながら帰ろうと思ってた。


 けど、その間、部活に赴く生徒達にチラチラと見られてる気がした。気がしただけならいいんだけど……。


 奏太がくれたキャスケットを目深に被り顔を少し隠す。

 半歩後ろを歩く彩はさっきから息が荒い。前はニーソックス好きなところ以外普通だったのに……。


 隣の奏太は俺を守るように歩いてくれる。正直そこまでしなくてもいいと思うが今は甘んじて受ける。やっぱり奏太は変わらずクールで優しいなと思う。


「ふふっ」

「……なんで笑った?」

「かわい……そうよ? なんでよ?」

「……いつもありがとう」


 俺が言った言葉に、二人はきょとんとし顔を見合わす。

 それから、二人も笑う。


「変なやつだな、まったく」

「そうね。いつもより変ね」


 控えめな笑い声は、なぜか頼もしく聞こえた。



 ・・・・・・・・・・



 廊下を歩き終え、下駄箱にて靴を履き替える。そこから出て少し遠くに目をやれば、この学校のシンボルの大木が見える。

 いつ見ても大きな木だなー。


 そんな事を思っていると、木から何か人っぽいものが落ちたように見えた。え?


「なぁ、奏太、彩、あの木からなんか落ちなかった?」

「あ、あぁなんか落ちたな」

「なんか落ちたわね……」


 奏太も彩も戸惑いはあれど、そう言う。どうやらさっき起きたことは幻覚ではないらしい。


「怪我してるかも……いってくる!」

「あ、おい!」

「ちょ……」


 運動場では部活をやってる者がいなかったので、大胆に走って横断する。奏太と彩もついてきてくれる。


 少し息を切らしつつも木の前へ到着。

 ……おじさんが落ちていた。


「いてて……これ、壊れてるじゃん……」


 おじさんは腰をさすりながら、何かをぼやいている。

 ……ん?どっかで見たような……。


「あ! 今朝のおじさん!」


 俺がそういうと、それを聞いた奏太と彩の目つきが変わった気がした。


「え……理央、この人が?」

「マジでおっさんじゃない……」

「おっさん言わないで……せめておじさんと呼んで……」


 おじさんは正座しながら悲しげにそう言う。


「えーと、理央さん? 調子はどうかな?」

「え、まぁ、元気です」

「そうか、よかったよ」


 と、端的な会話を終え、おじさんはよっこいしょと立ち上がる。すねについた砂をはらい、逃げるように走り出す。


 いや待てや。まだ、話は終わっとらんぞ。

 そう思い、止めようとした。


 それより早く、二人が動く。

 既に、奏太と彩がおじさんの前にいた。二人ともそんなに足が速かったっけ……。


「理央になにしたか、詳しく言ってもらおうか」

「おっさ……おじさん? もうちょっとお話いいかしら?」


 二人はいつもより、鬼気迫る感じだった。



 ・・・・・・・・・・



 奏太は警戒を怠らなかった。

 自分の好きな人に、何かあってからでは遅いのだ。


 先程、話を聞いたが男の娘化する前より……男の時より全体的に体力や筋力が落ちているらしい。もしかしたら、これを期に理央に欲情してしまい襲いかかってくるやつがいるかもしれない。


 万全を期しておくのは大切だろう。

 二度言うが、何かあってからでは遅いというかこいつマジでかわいいな。


 まつげが長く、目もぱっちりしている、このまま襲いかかりたいぐらいだ。

 そんなことを考えていると、理央が突然笑い、感謝を伝えてくる。


 至って平然と僕は言葉を返す。心は平然としてないが。

 心を落ち着かせながら下駄箱へ行き、靴を履き替え外に出る。


 と、この学校にあるデカい木が目に入る。でけーなー、ぐらいしか言葉が出ない木から人っぽい何かが落ちる。

 まぁ大丈夫だろ、と思っていると昔から優しい理央は、助けに行った。


 何があるかわからない。何かあってからでは遅いのだ。

 あとを追いかける。


 着くとおじさんがいた。

 理央をこの状態にした犯人らしい。


 逃げようとしたので僕は前に立ち塞がる。

 僕は聞きたかった。


 なぜ理央を、男の娘化の対象にしたのかを。



 ・・・・・・・・・・



 彩は、これからどういう風に理央と親交を深めようかと思案しながら廊下を歩いていた。

 まぁ全然してないが。


 むしろ目の前を歩くかわいいにかわいいとしか思えないぐらい思考がやられている。

 今ここで襲ってやろうか。

 その思いを自制していると、不意に理央が笑い、そしてありがとうと言う。


 いつも通りに私は言葉を返す。かわいさで私は死にそうだった。

 死なずになんとか下駄箱に行き、そこから外に出ると木から人っぽいものが落ちた。


 正直どうでもよかったが、前からお人好しな理央は助けに行った。

 理央が行くなら私も行こう。


 行ったらおっさんがいた。

 おっさ……おじさんは逃げようとしたので私はその前に立ち塞がる。


 この人から理央を女の子にする方法を聞き出してやる。

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