第43話 不死者たちの黄昏

 「悪かったなボギー」


 無理を言ってボギーに馬車を出させ、俺はライムの祠のある森まで来ていた。

 例の如くここから先は人に祠の場所を特定させないために歩きになる。

 だがその前に……。


「今まで世話になったな、取っといてくれ」


 ボギーに金貨を一枚投げる。


「こんなにですかい!? ちょっともらい過ぎじゃ……」


「何度も無理させたり危ない目に合わせちまったからな、その分だと思ってくれ」


「じゃあ、旦那が戻って来るまでここで待ちやすぜ」


「いや、お前はここで帰ってくれ……いつ戻ってこれるか分からないんでね、アルバトロスによろしく言っておいてくれ」


「そうですかい、じゃあ失礼しやす……くれぐれも無理しないでくだせいよ!? また会いやしょう!!」


「ああ、達者でな!!」


 ボギーの馬車が遠ざかっていく。


「さて、と」


 俺は意を決して森へと入った。




「決心はついた? まさか期限の最終日に帰って来るなんてね、てっきり諦めたのかと思ったわ」


 祠に入るとライムが仁王立ちで俺を待ち構えていた。


「ああ、遅くなっちまったが決着は付ける……」


「いいでしょう、こっちへいらっしゃい」


 ライムについて祠の奥へと向かう。


「パパ!!」


「ぐえっ!!」


 右わき腹に強烈な衝撃を受ける、カタリナが飛びついてきたのだ。


「パパ!! 今までどこに行ってたの!? カタリナ、寂しかったよ!!」


「済まなかったな、ちょっとお外で考え事をしていたんだ」


 カタリナの頭を優しく撫でる。

 直後、前方に人の気配を感じ視線を移すとイングリットが立っていた。


「よう、悪かったな、心配かけて……」


 つかつかと俺の方へ早歩きで近付いて来る、てっきり抱き着いて来るのだろうと思い両手を広げると、左の頬にとてつもない痛みが走る。


「なっ!?」


 何が何だか分からないまま右方向へ吹っ飛ばされ地面に倒れる。

 イングリットは右拳を握り締め立ち尽くしていた。

 もしかして俺、イングリットに殴り飛ばされた?


「痛いですかアクセルさん? ここ三ヶ月の私の胸の痛みはそんな物じゃありませんよ?」


 イングリットの頬を涙が伝う。


「どうして一人で勝手にいなくなっちゃったんですか!? ライムさんと戦いたくないからってのは私にだって分かります、ずっと一緒に過ごしてきた家族みたいなものですものね殺すなんてとても考えられないですよね……でもその苦しい胸の内を私には打ち明けてほしかった!! 一緒に悩ませてほしかった!! どうしてあなたはいつも一人で何でも背負おうとするのですか!?」


 膝をつき、顔を両手で覆い泣きじゃくる。


 不死能力のお陰で頬の痛みはもう無いが、ここまで彼女を追い詰めてしまったことに俺の胸は痛んだ。

 色々理由をつけて逃げていたが結局、俺は自分の事しか考えてなかったのだ。


「済まない、俺はどこまで馬鹿なんだろうな……お前にこんな辛い思いをさせて」


「そうです!! アクセルさんは馬鹿です!! 大馬鹿です!!」


 今度は俺の胸に飛び込み何度も俺の胸をポカポカと叩いてきた。

 なんだか可愛い。


「俺はもう逃げない、ライムと決着をつけてくるから少し待っていてくれ」


 イングリットの両肩を掴みじっと瞳を見つめる。


「分かりました、ずっと待っていたんですものあと少しくらいなんでも無いです」


「そうか……」


 泣きはらした顔で彼女が微笑んだ……最高の笑顔だな、これだけで俺は頑張れる。


「そろそろいいかしら?」


「おう、待たせたな」


 立ち止まっていたライムが再び歩き出す……しかし随分奥へ来たもんだ、この祠の先がここまで深いなんて知らなかったな。


「さあ、ここよ……入って頂戴」


 ライムに案内されたのは蔦で作られた大きなドームだった。

 広さはちょっとした闘技場ほどある。


「ここで私とあんたが戦うのよ……どちらかが死ぬまで」


「俺は死なないだろう? 寧ろ未来永劫死ななくなる」


「そうね、そうなりたくないなら私を殺して解毒剤を飲むことね……言っておくけど私だって命は惜しいわ、殺されたくないから全力であんたの命を狙う、だからあんたも全力で掛かって来なさい」


「分かってるよ、そのつもりでここへ戻って来たんだからな」


「いい心掛けね」


 俺とライムは蔦の闘技場の中央で対峙し睨み合う。


「アクセルさん、ライムさん……」


 胸の前で手を組み、心配そうな眼差しでイングリットがこちらを見ている。

 観客席は無いが闘技場の端に二人はいた。

 だが彼女たちの前には邪魔や乱入が出来ないように蔦が格子状に編まれていて人がそこを通り抜ける事は出来ない。


「もう!! どうしてカタリナがパパと一緒に闘ったらダメなの!?」


「これは一対一の勝負だ!! カタリナはいい子でパパの活躍を見てろ!!」


「うん!! 頑張ってパパ!!」


 二人に手を振る。


「そっちの好きなタイミングで掛かってらっしゃい」


「そうさせてもらう!! はっーーーー!!」


 俺はミドルソードを抜刀しジャンプ一番、空中からライム目がけて切り掛かった。

 

「威勢のいい事……」


 ライムの身長が急激に伸び、少女の姿から妖艶な美女の姿へと変わっていった。

 あれは俺が子供の頃に事故で死にかけた時、俺に不死身になる薬を飲ませた時の姿じゃないか……これで断片的だった記憶が完全に蘇った。

 大人化したライムは腕や身体のあちこちから無数の蔦を発生させ組み合わせ網を作り出す……そしてそれを盾代わりにして俺の剣を受け止めた。


「むうっ……」


 弾き返され後方へと一度飛び退く。


「久しぶりに戦う為の力を使ってみたけど、まだまだ私もいけるじゃない」


「成程、『蔦の魔女』様、復活って訳だ……だが俺もあれから色々と修羅場をくぐってきたってところを見せてやるぜ!!」


「それがどうだというの? 死なないしか取り柄のないあんたが私に勝てるとでも思ってるの?」


「ぬかせ!!」


 背中の弓を取り、今度は矢による速射連撃をお見舞いする。


「そんな隙間だらけの盾じゃ俺の矢は防げないぜ!!」


「馬鹿ね、蔦は私の意志でどうとでも姿を変えられるのよ?」


 矢がライムに迫る……しかしライムは網の目状の蔦を解き、両手に収束させる。

 そして鞭のように素早く振り回し、十数本からなる矢の攻撃を全て叩き落してしまった。


「やるじゃないか……」


 鞭という武器は熟練した使い手が使用するとその速度は音速を超えるという。

 かく言う俺も今の攻撃はほとんど見えなかったのだ。


「それで終わり? まさかこの程度で私に戦いを挑んだっていうの? アクセル……私はあなたを買いかぶり過ぎていたみたいね」


 ライムの雰囲気が変わった……俺に対しての心の底からの失望と殺意が伝わって来る。

 このままではまずい……俺はがむしゃらに矢を放ち隙を見て接近、ミドルソードによる斬撃を繰り返すもライムの変幻自在な蔦の盾に全て防がれてしまった。


「もうお遊びは終わりよ……死になさい」


 冷酷な声……目にも止まらぬ鞭が放たれ、俺の首辺りを狙って飛んでくる。

 咄嗟に左腕を立て鞭を防ぐが物凄い激痛が走る、恐らく腕の骨が折れたな……しかも鞭はそのまま腕に巻き付いてしまった。


「しまった!!」


 そしてその華奢な身体のどこから湧いてくるのか、強力な力で引き寄せられていく。


「このっ!! このっ!!」


 剣で蔦を切り落とそうと何度も切りつけるが全く歯が立たない。


「無駄よ、あたしの身体の一部である蔦を何本も縄をうように束ねたのだから」


「くそっ!!」


 足に力を入れ踏ん張るが、それでも止まることが出来ない。

 しかもライムは新たな蔦を身体から生やし、こちらに向けている……しかもそれらは先端が鋭くとがっている。

 恐らくもう少し引き付けたらその槍の様な蔦を撃ち出し、俺を貫くつもりだろう。

 

「そうはいくかよ!!」


 俺は自分の左腕に剣を振り下ろし切断、そのままライムに向かって突進した。


「あんた馬鹿じゃないの!? そんな捨て身の戦法……!!」


 意表を突かれたのかライムの反応が一瞬遅れた……チャンス、動揺で精彩を欠いた槍状の蔦をかいくぐり、ライムの懐に飛び込んだ。


「見くびらないでよ!?」


 一度は通り過ぎた槍だったが後方でぐにゃりと曲がり反転、俺の背中から心臓を目がけて戻ってきた。

 まずい、だがあれがこちらに届く前に決着をつける。


「わああああああっ……!!!」


 刀身の復活した剣でライムの腹を刺す……剣はずぶずぶと突き進み、彼女の背中から切っ先を現す。


「ゴフッ……!!」


 ライムの口元を伝う緑色の液体……あいつの血の色は赤くないのか?

 直後、槍の蔦も背中から俺の胸を貫き、心臓を串刺しにし身体の外へと追いやった。


「がはぁ……!!」


 大量の吐血。

 最後の死亡制限……使ってはいけない最後の死亡回数だ、俺はそれを使い切ってしまった……しかしまだ意識は保っている。

 お互い体勢が崩れ、ライムは地面に膝を突き、俺は彼女の膝に顔面から倒れ込んだ。


「馬鹿な子……あんたわざと私の腹を狙ったわね? 心臓を狙えば私を殺せたものを……あんたは本当に底抜けのお人好しだわ」


 優しい瞳で俺を見下ろすライム……でもその表情はどこか物悲しい。


「ここ三ヶ月、俺は悩みに悩んだがやはりお前を殺すという選択肢は選べなかった……その言葉は甘んじて受けよう……」


 ああ、これで俺の人間に戻るための挑戦は失敗に終わった訳だ……。


「アクセルさん!!」

「パパーーー!!」


 決着が着いたからか蔦の檻から解放されたイングリットとカタリナが飛んできた。


「悪い、負けちまったわ……俺はどうせまた生き返るがイングリット、お前とはもう一緒にはいられない……」


「そんな……!!」


「いいか、お前は普通の人間の街へ戻り、普通の人間の男と結ばれ、普通の人間の幸せを掴め……」


「何でですか!? これまで通り一緒に居て一緒に冒険の旅に行きましょうよ!! カタリナも一緒に!!」


「パパ!!」


 イングリットの頬に涙が伝う。


「不死者と人間は同じ時を歩めない……お前は必ず俺を残してこの世を去る……そうなったら俺は絶対に耐えられない……天国に行ってしまったお前に会う事は二度と訪れない……俺は死ねないから……」


「うううう……うわあああ……!!」


 天を仰ぎ滝のような涙を流すイングリット……もうこれしかないんだよ、泣くな。


「……私を放っておいて何をお涙頂戴の三文芝居をしているの?」


 ライムがこれまでの雰囲気をぶち壊す発言で俺たちに割り込んで来た。


「お前……少しは空気を読めよ」


「いいえ、そんなの私の知った事ではないわ!! それより何なの!? 私の前で悲劇のヒーロー、ヒロインを演じちゃって……虫唾が走るのよ!!」


「何をそんなに怒っているんだ?」


「今の勝負はあんたが本気で私を殺しに来なかった、だからあんたにはこれからペナルティを与えるわ!!」


 そう言って俺の身体を抱き起し、何と……ライムが俺と唇を重ねたではないか。


「お前!! イングリットの前で何を……!! って……おい!!」


 ライムが突然ばたりと倒れ苦しみだした。


「大丈夫かライム!?」


「あんたの血には二つの秘密があったのよ……」


「それ、今言う事かよ!? しゃべるな、身体に障る!!」


 俺の心配をよそにライムは語りだす。


「あんたの血には人ならざる者に対して猛毒になる効力があるのよ……覚えていないかしら? 下級悪魔やレモンとの戦闘の事……」


「そうだったのか……」


 謎が解けた、以前下級悪魔に支配された村でそいつと戦い食われたことがあった……生き返って目が覚めると目の前に下級悪魔が倒れていたんだ。

 その原因は俺を食らった事で血に入っている毒の成分にやられて命を失ったという事だったのだ。

 魔女レモンも同様、俺の吐いた血が掛かった矢だったからあいつの防御術もろとも腹に突きさすことが出来、更に毒の効果であいつを倒せたんだ。


「私も人間じゃないからね……今のキスで私もじきに死ぬ……そしたら私の中から完成した解毒剤を取り出して人間に戻るといいわ……」


「お前……まさか最初から二通りの計画を立てていたのか? 俺が試練を成功させるのと失敗するのと……」


「まさか……私は誰かさんと違ってお人好しではないのよ……ごほっ!!」


「馬鹿だな、お人好しはお前じゃないか……」


「子供のあんたが死にかけていた時……私は実験を兼ねて面白半分で薬を飲ませたのよ……しかしその子は不死身であることに悩み苦しんでいた……原因を作った私が責任を取るのは当然……そう思っただけ……」


 そんな事だろうと思った。


「悪いけど二通りの作戦を立てたのはお前だけじゃないんだぜ?」


 俺はポケットから細長い木箱を取り出し蓋を開ける……そして中から小さなガラス瓶を取り出す……中身の液体は吸い込まれるような美しい青色だ。


「責任を取るというなら生きてやれ、被害者であるその子の願いを聞いてな……」


「あんた……それ……」


 驚くライムの口にガラス瓶の中の液体を流し込む……するとライムの血色が健康の色を取り戻す。


「アクセル!! あんたそれをどこで手に入れたの!?」


「それは言えねーーーな……しいて言うならある人から譲ってもらった物だ」


「ある人……まさか!?」


 ライムには心辺りがあるようだ。


「やってくれたわね……これで私も不死者になってしまった訳ね……」


「その通り!! これでお前にも腐るほど時間が出来た訳だ……不死を解くのもよ、今回みたいな方法じゃなくて他の方法を研究してくれないか? でないとお前もずっと不死のままだぜ?」


「ぐっ……あんたこれを狙って……前言撤回だわ、あんたはお人好しじゃなくて悪魔よ!!」


「今の俺には誉め言葉だぜ!!」


 悔しがるライムをからかうのも悪くない。


「何二人で盛り上がってるんですか……」


 イングリットがゆらりと身体を揺らしながらこちらへとやって来る……なんと恐ろし気なオーラを纏っているんだ。


「これじゃあ私だけ仲間外れじゃないですか!!」


 そう言って俺に飛びつき今度はイングリットが唇を重ねて来た。


「ずるいですよ!! カタリナとライムさんとはキスしたのに私とはしてくれないなんて!!」


 ほっぺたがフグのように膨れている。


「イングリット……あんた何てことをしたの!?」


「それは……キスですよ……?」


「馬鹿ね……これであんたも不死者の仲間入りだわ……」


 額に手を当て苦悶の表情のライム。


「えっ? どういうことですか?」


「言いかけていたアクセルの血の秘密のもう一つ……人間を人ならざる者に変える力よ……イングリット、あなたは今アクセルとキスして血を体内に取り込んでしまった……恐らくあなたもよくて半不死、最悪不死身になっていることでしょう」


「えっ……えええっ……!!!?」


 期せずしてとんでもない事になってしまった……俺たちの明日はどっちだ?

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