第41話 最終試練
「おう!! 帰ったぜ!! 待たせたな!!」
祠に戻るなり俺は上機嫌でライムに挨拶した。
キャスリンを帝国の女王に就け、世界の平和を取り戻しての凱旋だ、そうそうこんな経験は出来ないからな。
今くらいは調子に乗っても罰は当たるまい。
「お帰り……って、あんた!! 何でまた試練以外の事で死んじゃってるのよ!?」
「あ~~~、まあいいじゃねぇか一応ギリギリセーフなんだから……あれだろ? 最終試験さえ一度も死なないで達成すれば問題ないんだろ?」
「ハァ、軽く言ってくれちゃって……この数日、重い気持ちであんたを待っていた私が馬鹿らしくなって来るわ」
「うん? 何か言ったか?」
「いいえ、何でもない」
何だ? はっきりしない奴だな。
「それはそうと、どうするアクセル? すぐに最終試練の内容を聞く?」
「そうだな少し休ませてくれ、今さっき到着したばかりで疲れたよ」
「そう……」
ライムが少し寂しそうな顔をしたが、すぐに普段通りになる。
さっきから彼女の様子がおかしい気がするんだが気のせいだろうか。
「ライムーーー!! お菓子食べる!?」
妙な空気を払拭するかのようにカタリナが両手いっぱいの焼き菓子を差し出した、帝国から持ち帰ったあのお菓子だ。
「うわっ、何この匂い……何だか焼肉臭い」
ライムが顔をしかめ鼻をつまむ。
「ああ、料理の残りと一緒にバッグに詰め込んでいたからな、匂いが移ったんだろう」
さすがに料理の方は日持ちしないのでここまでの道中で弁当代わりに全部食べた、主にカタリナが。
「私、肉は食べないし匂いも嫌いなのよ……」
「そういやそうか、ここは果物と野菜しかないもんな」
「じゃあカタリナがいただきまーーーす!!」
上を向き開けた大口に両手を当てて傾け、ザラザラと流し込む……そしてハムスターの様に頬を膨らませかみ砕き、あっという間に飲み込んでしまった。
焼き菓子って飲み物だったっけ?
妙な空気が輪をかけて更に妙な空気になってしまった。
「もういいわ、その気になったらまた来なさいな」
半ばあきれた様子でライムは奥へ引っ込んでいった。
「ライムさん、どこか元気が無いようでしたね、何かあったんでしょうか……」
「お前も気づいていたかイングリット」
俺たち用に宛がわれている部屋で寛いでいるときに彼女がそう言ってきた。
「伊達にアクセルさんの留守中にライムさんと過ごしてないですよ、もしかしたらアクセルさんより長い付き合いかも」
「残念だったな、俺はお前たちに会う前にあいつと半年一緒に居たんだぜ?」
「えっ……それ初耳です」
今度はイングリットの様子がおかしい。
あれ? 俺何か変なこと言ったか?
「半年も男女が一緒に居て何も無い訳ないですよね……もしかしてライムさんとはそういう仲なんですか?」
しまった、イングリットのジェラシックモードの引き金を引いてしまった。
「待て、一緒に居たっていっても俺が一方的にしごかれていただけで決してそういう関係では……」
「しごかれた!?」
顔を真っ赤にして顔に手を当てる。
「待て待て待て!!! お前、完全に意味をはき違えているぞ!! 誤解だ!!」
「半年もいて五回な訳ないでしょう!? アクセルさんの絶倫魔人!!」
どういう脳の構造してるんだこの子は……。
そっちの方面に凝り固まっていたイングリットを何とか説き伏せる。
「御免なさい、ライムさんがアクセルさんの事を好きだからてっきりそういう関係なのかと、ライムさん美人ですし」
「はぁ!? あいつが俺に惚れてるって!? そんな事あり得ないぜ……
あいつは俺が不死身なのをいい事にいじめ倒して喜んでいるようなドSだぜ!?」
「アクセルさんは女心がまるで分かってないです、キャスリンの事だってそう……」
「キャスリンがお前と張り合ってたのだってあれも俺をからかっていただけだろうに」
「はぁ………………これですもの……もういいです」
「なっ何だよ?」
物凄く深い溜息を吐かれてしまった。
イングリットはこちらに背を向け蔦製のベッドに寝転がり頭から毛布をかぶってしまった。
「いや、お前だって男心を、俺の事を分かっていない」
イングリットは黙っている。
いい機会だ、ここで彼女に伝えてやる。
「俺は絶対最終試練を乗り越えてまともな人間に戻る、そうなれば不死身だからって親しい人間を作らずに過ごしてきた孤独な生活とはおさらばだ……だからイングリット、全てが終わったら俺と添い遂げてくれないか?」
つい勢いで言ってしまった、沈黙が物凄く長く感じる……成否はどちらでもいい、早く答えてくれ、もう耐えられん。
「いいんですか?」
「えっ?」
「こんな私でいいんですか?」
「ああ、勿論」
「アクセルさんが女の人といるだけで嫉妬していじける面倒くさい女なんですよ? それでも私でいいんですか?」
「自覚してたんだ」
「当たり前じゃないですか!! でもどうしても自分を抑えられないんです……アクセルさんが女の人といるだけで胸が締め付けられるほど苦しくて、アクセルさんの事を考えるだけで胸が焼けるほど熱くて……!!」
イングリットが毛布を勢いよくはぐり、俺に詰め寄る……その瞳には大粒の涙を湛えて。
「済まなかったな、俺が自分の気持ちに自信が持てなかったせいで辛い思いをさせてしまった……お前の答えを聞かせてもらえるかな?」
「もちろんイエス一択ですよ!!」
イングリットが俺の胸に跳び込んできた、勢いで俺は後ろへ彼女共々倒れ込む。
そして俺たちは互いを見つめ合い、唇が近付いていく……。
「パパ、ママ、チューするの?」
真横からカタリナが顔を近づけじーーーーっと俺たちの事を観察している。
「カカカカタリナ!? いつからそこに!?」
「ウーーーンと最初……から?」
そうだった、最初からこの部屋には三人で入ったんだった……それなのに話の流れと勢いでつい良い雰囲気に……。
「チューならカタリナもするーーーー!!」
カタリナが俺の唇を自身の唇で塞ぐ……何てこった、俺のファーストキスがイングリットではなくカタリナに捧げてしまうとは。
そして俺の肺からいいだけ空気を吸い取ると、今度はイングリットに襲い掛かり唇を奪った。
「んんんんーーーー!!!」
カタリナが唇を放すとイングリットは虚ろな目でぐったりしている……頬には一筋の涙が流れた、もしかして彼女もファーストキスだったのではなかろうか。
こんな調子で夜が更けていく。
翌日。
俺たちは改めてライムの部屋を訪れた。
俺とイングリットは真剣な眼差しで見つめ合い、お互い軽く頷いた。
「覚悟は決めて来た……さあ、最終試練の内容を教えてくれ……」
「そう、それじゃあ最終試練の達成条件を教えるわ……」
ライムも表情に緊張感が現れている、これは今まで以上にこんな内容に違いない。
「アクセル、あなたは私と一対一で戦い、私を殺しなさい……」
「えっ?」
こいつ、何言ってるんだ? またライム特有の悪ふざけ、きっとそうだ。
「悪い、良く聞こえなかったんだが……」
「私と戦って殺せと言ったのよ……何度も言わせないで……」
淡々と言っているが強い怒りを感じる……どうやら冗談ではなく本気の様だ。
「まっ、待ってくれ!! 本当にそれでいいのか!? そんな事をしてお前になんのメリットがある!? 俺が目的を達成するためにお前は命を失うんだぞ!?」
「当たり前のことを……あんたの不死身解除に必要だから言ってるのに決まってるじゃない」
「どういう事だ!?」
気が動転して頭が働かない……理由を、理由を知りたい。
「これ見て」
ライムが取り出したのは楕円形で緑色の宝石、通称『生命の種』だ。
「あんたがレモンから取り戻してくれたこの生命の種は文字通り命を司るの、
魔女の錬金術で生成することで様々な霊薬に姿を変えるの……
死者を蘇生させる薬、魔王をも殺す劇毒、不老不死の薬……
今回に限ってはあんたを不死者から元の人間に戻す一種の解毒剤ね」
「解毒剤? その言い方、まるで俺が以前に何か毒でも食らったって口ぶりだな」
なんだろう、物凄く嫌な予感がする、この言いようのない不安は一体……。
「そうねあなたは毒、いえ不死身になる薬を飲んでいるのよ……いえ、飲まされたといった方が正しいかしら……三百年前にね」
「何だと!? 何故そんな事がお前に分かる!?」
「だって、あなたを不死身の身体にしたのって私だから……」
会話がおかしな方に向き始めてからそんな気がし始めていた……。
あまりの衝撃に言葉が上手く出てこない。
「その不死を解く薬を作るのには少しばかり面倒な手順があってね」
ライムが生命の種に歯を立て上を向き、そのまま飲み込んでしまった。
「何をしている!?」
「これより薬の生成を始めるわ、生命の種を私の体内に取り込み私の生命力を充填するの……これが終わるのに一週間は掛かるかしら、今すぐには試練は始められないけど悪く思わないでね……」
「その後はどうするんだ」
「聞いてなかったの? 始めに言ったわ、あとは私を殺せばこの薬は完成……その後に私の胸を掻っ捌いて紅く色が変わった生命の種だったものをあんたが飲み込むだけ、それであんたは晴れて人間に戻れるって寸法よ」
「軽く言うなよ!! 俺の為にお前が犠牲になるだって!? そんな事を俺が望むとでも思ってるのか!?」
恐らく不死を解く方法を探している俺をここへ招いた時からライムはこうするつもりだったに違いない。
正直腹が立った。
「じゃあ諦めるの? あなたの覚悟はその程度だったんだ……人間に戻ってイングリットと添い遂げるんじゃなかったの?」
「お前、聞いてたのか……」
「私としては別にいいのよ? あんたが最終試練を放棄しても、どうする?」
「少し、考えさせてくれ……」
「お人好しのあんたらしいわね……まあいいわ、期限はまだある訳だし最終日まで待っててあげる……くれぐれも悔いのないようにしなさいよ」
こんなのって無いだろう、自分の幸せと恩人の命を天秤にかけるなんて……。
俺は三百年生きてきた中で最も頭を悩ませる事態に遭遇したのであった。
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