第40話 彼女たちの選択
イングリットが帝国の真の王位継承者という衝撃の真実をにわかには信じられない俺たち……一番驚いているのは無論本人であるイングリットだ。
「そんな!? 私は王国の街にある修道院で育ったのですよ!? 私が女王であるはずがありません!!」
イングリットが床に倒れているグスタフに詰め寄る。
「火事から逃げおおせた乳母があなた様を守り切れぬと判断し王国へと渡ったのでしょう……教団の庇護下に入れば外からは見つける事が出来なくなりますからな……」
なるほどな、そういう経緯だったか……しかし何という運命のいたずらだろう、俺が16年前に帝国で助けた赤子が王国の教団に保護され、数か月前に教団の司祭を倒して助け出した少女イングリットがその赤子だったなんて。
しかもそのイングリットがまさか帝国の真の女王だったとはな。
だがふと頭を過ぎったのだが、俺が修行していた練習用ダンジョンの奥にあった絆の水晶……なぜあれにイングリットが映し出されたのだろう?
まさかな……考えすぎかもしれないがライムが全て知ったうえで意図的に俺にイングリットを探させた?
「ぐはっ……」
グスタフの容態が変化する、大量の吐血をしたのだ。
「グスタフ!?」
「キャスリン様……どうやら私はここまでの様です……上の命令で監視という名目であなた様の教育係を命じられたとは言え、絵画や陶芸をして過ごした日々は楽しゅうございました……どうかこれからは自由にしたいことをして生きて行ってくだされ……」
そう言い残しグスタフは事切れた。
「グスタフーーーー!! あああああーーーーーっ!!」
キャスリンがグスタフの亡骸にしがみ付き号泣した。
この男もまた魔女の被害者だな……帝国の女王付きである立場に目を付けられ利用されたのだ。
しかしそんな悲劇もこれまでだ、もう魔女レモンはいない……これで運命に弄ばれる奴は後は俺くらいだろうさ。
「みんな行こう……暫く二人っきりにさせてやろう」
俺が振り向いた瞬間、俺の胸に鋭い痛みが走る……俺の目の前には十代前半の少年兵がおり、その少年が持っている槍が深々と俺の胸を貫いていたのだ。
「きゃああっ!! アクセルさん!?」
イングリットの悲鳴がホール中に響き渡る。
「お……前?」
やっとのことで声を絞り出し少年兵に問いかける。
「グスタフ様は約束してくださったんだ……この革命が成功し自分が王に着いた暁には必ずや貧困で苦しむ僕たちにも豊かな生活を送らせてくれると……それをあんたは邪魔して……」
そうかこの少年、ダークソウルに取り付かれたグスタフの甘言を鵜呑みにしたのか……しかも現場がこれだけ混乱していて俺たち以外には何が起こっているのか把握できないよな。
この子の視点から見れば俺は、信頼する革命の指導者を打ち取った極悪人に映ったのだろう。
しかしこの少年を俺は責められない、きっとこの少年と一緒で帝国に変わって欲しいと願う者は大勢いたのだろうから。
俺はそれを分かっていながら彼らの願いを奪ったのだから。
しかしこんなタイミングで最後の一回の死亡回数制限を使い切ってしまうとは……ついてないぜ。
薄れゆく視界の中、キャスリンがつかつかと俺を刺した少年の前に立ち、思いきり彼の頬を張り倒した。
何だ? あいつ、一体何を……?
「よく聞きなさい少年!! 思想や信念はどうあれグスタフは国家転覆を目論んだ大罪人よ!! 彼が成そうとしていたことを理解して造反に加担したのなら例え子供だろうとあなたも立派な反逆者なのよ!? 極刑も免れないわ!!」
ぎーーーっと首を掻き切る動作をして見せる。
「すなわちそれは誰かを殺す事を選んだのと同義、だから逆にあなたが殺されても文句は言えない……あなたにはその覚悟はあったのかしら!?」
「それは……ふえええっ……」
キャスリンの剣幕のあまりの迫力に腰を抜かして床に座り込んだ少年は涙と鼻水を垂らし身体が震えまくっている。
遂には床に大きな水たまりを作ってしまった。
「おい……そこまでにしておけ……どうせ俺は生き返るんだから」
「そういう事を言ってるんじゃないわ!! 刺されたのがあなたじゃなかったらどうするのよ!! 別の誰かなら死んでるところよ!?」
「そりゃそうだ……」
「少年、あなたにとっては私は頼りなかったかもしれないけどもう大丈夫、今から新しい女王様がこの国を治めてくれるのだから」
キャスリンが振り向くとイングリットと目が合う。
「キャスリンさん……?」
「イングリット、いえイングリットお姉さま……今の今まで私に姉上がいるとはつゆ知らず、今までの非礼をお許しください」
イングリットに対してキャスリンが傅く。
「ちょっ、やめてくださいよキャスリンさん!!」
「いいえ、そう言う訳には参りません……帝国のならわしに則り、あなた様に王位を返上いたします……帝国がより良い国になるようお導きください」
既に王冠を頭上に頂いているイングリットはキャスリンに瓜二つの容姿も相まって、女王と言われればそんな気がしなくもない。
果たしてイングリットはどういう返事をするのだろうか?
「お断りしまーーーーす!!」
イングリットは目を瞑り大声を上げて、これ以上ないほど力いっぱい拒否した。
「どうしてですか姉上!? あなたは王冠に選ばれたのですよ!? あなたにはこの国を治める義務があるはず!!」
さすがにこの程度では引き下がらないなキャスリンは。
「知りませんよそんな事!! 聞けば私は赤ん坊の頃に殺されかけたって言うじゃないですか!! 女王様になればまた命を狙われる事になるんじゃないんですか!? そんなの私はご免です!!」
俺との冒険の間、何度も死ぬ目に合ってるくせによく言う……待てよ、こんな物言い、イングリットらしくない……まさかこれはわざとか?
「キャスリンさん、あなたは戦争が始まってから色々酷い目に遭っているらしいけど、一度も自分から王位を投げ出そうとはしなかったんじゃないですか!?」
「それは……そうですけど」
「ならこんな中途半端に女王の役職を手放していいんですか!? 何も成し遂げないまま終わっていいんですか!? 自分は相応しくないと投げ出していいんですか!? そんなのキャスリンさんらしくないです!! 卑怯です!!」
「………」
キャスリンは目を見開き雷にでも撃たれたかのように無言で固まってしまった。
俺も王女のキャスリンに散々軽口や憎まれ口を叩いてきたが、ここまで彼女の心を打つ言葉は掛けられなかった。
たった今再会したばかりの姉妹だが、すでに深い所で分かりあっているのだろう。
「さあ立って、気高いあなたがこんな小汚い町娘にいつまでも頭を下げていてはダメ……あなたは立派な帝国の女王様なのだから……」
「おっ、お姉さま……お姉さまあああああ!!」
二人は力強く抱き合った、イングリットはよしよしと泣きじゃくるキャスリンの頭を優しくなでる……こういうところがやはりお姉さんなのだろう。
それを見届けた俺は、盛大に床に倒れ意識を失った。
翌日。
「世話になったわねアクセル」
帝国の城門の前で俺はキャスリンと握手を交わした。
「まあ最後まで面倒を見ると言っちまったからな、でもそれもこれでお役御免ってわけだ」
「イングリットお姉さま、やはり帝国には残って頂けないのですか? あなたにはこの国で何不自由なく生きる権利があるのですよ?」
「昨晩何度も言ったでしょう? 私は贅沢な暮らしがしたい訳じゃないって……」
そう昨晩の事……生き返った後、俺はキャスリンが開いた慰労会の会場に来ていた。
来賓は国のお偉方ではなく、国民全員が自由に参加できるように彼女が取り計らったのだ。
俺たちを労う意味でわざわざキャスリンが開いてくれた宴だが、俺は騒がしいのが苦手だ。
ワイングラス片手にテラスで一人涼んでいた。
そんな時、二人の女性の言い争いの声が聞こえる……そっとそちらを覗くとそこにはイブニングドレスを着たイングリットとキャスリンが居た。
「なぜ帝国に残ってくださらないのですか!? 百歩譲って姉上の女王への就任の辞退は受け入れましたが、あなたが王族なのは紛れもない事実……どうか帝国に住んでは頂けませんか? あなたには王城に住める権利があるのですよ?」
「ぽっと出てきた私が突然王族として幅を利かせては周りの人たちが困ってしまうでしょう? それに王族なんて私の柄ではないもの……それに……」
言い淀んだイングリッドをキャスリンは見逃さなかった。
「アクセルね? 姉さんはアクセルに付いて行きたいから私の申し出を断るんだ?」
「そんな事は……」
耳まで真っ赤になるイングリッド、お前わかり安過ぎだろう……こっちまで恥ずかしくなるわ!!
「じゃあこうしましょう!! アクセルもここに住むの!! そうすれば姉さんも帝国に残ってくれるわよね!?」
「ぶふぉ……!!」
思わず口に含んだワインを吹き出してしまった。
「誰!? なんだアクセルか……」
「何だじゃない!! 俺に断りもなく何を勝手に話しを進めているんだ!!」
「じゃあここで確認を取るわ、アクセルは帝国に住む、これでいいわよね?」
「いい訳あるか!! それは前が勝手に決めつけただけだ!!」
まったく、こいつとはいつもこうなる。
「相変わらず仲のいいことで……」
しまった、イングリットのジェラシックパワーが発動してしまう……こうなると面倒なんだ。
「馬鹿だな、俺がこんなあばずれ女王と仲いい訳ないだろう?」
「誰があばずれだ!!」
……とまあこんな事があったんだっけ。
「また遊びに来ればいいじゃないか、俺たちはもう行くよ」
「三人ともお達者でね!!」
「おう」
俺は振り向かずにキャスリンに手を振り歩き出す。
これでもう憂いは無い、あとはライムの最終試練を突破するだけだ。
「所でカタリナのバッグには何が入ってるの?」
イングリットがカタリナが肩から掛けているショルダーバッグを指さし尋ねる。
確かに俺も気になる、そもそもこのバッグは俺たちが彼女に与えたものではなく帝国で手に入れたものだという事、しかも限界まで丸々と膨れ上がっている。
「えへへ、バレちゃった? これにはね……」
ご機嫌でバッグの口を開くカタリナ……なんと中には昨晩の宴の残り物と帝国の有名菓子店のお菓子がぎっしりと詰まっていた。
「ちゃっかりしているな~~~」
「エッヘン!!」
「どちらかというと褒めてないからね?」
和やかな雰囲気で祠へと向かう俺たち。
だがこの後に知る最終試練の内容に絶望することなど、この時の俺たちは思いもしなかったのだ。
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