第39話 真の女王

 「食らえ!!」


 俺はダークソウルに向かって矢を放つが、奴の身体が水面の波紋の様に揺らぐだけで通り過ぎてしまう……やはり実体が無い、これでは物理攻撃は一切効かない。


『初めからこうして居ればよかったな、お前らに俺を倒す術は無かろう!?』


 ダークソウルは指先を鉤爪の様に咎らせ飛び掛ってくる。


「ぐあっ!!」


 右肩を引っ掛かれた、するとその引き裂かれた傷口から湯気の様に黒いもやが立ち上る……これは何だ?


『それ!!』


「うわっ!?」


 ダークソウルが指を上に向けると、俺の右腕がマリオネットの様に勝手に上に引っ張られる。


「どうなっている!?」


 俺の意志とは関係なく腕が動き腰の剣を抜く、そしてイングリットとカタリナに切り掛かったのだ。

 腕に引っ張られて身体も動いてしまう。


「何をするんですか!? アクセルさん!!」


「分からない!! 腕が勝手に!!」


『ハハハハッ!! いい様だな!! 俺は傷つけた生物を操ることが出来るのだよ!!」


「何だって!?」


 くそっ、このままでは俺自身が二人を傷つけてしまう……何とかしなくては。


「カタリナ!! 俺の右腕を切断しろ!!」


「えっ!? でもそれじゃあパパが……!!」


「いいからやれ!! 頼む!!」


「分かったよ……」


 知恵の実を食べて情緒が豊かになったからか、カタリナが俺の命令に一瞬躊躇した、しかし俺との主従関係は生きている様ですぐに言う事を聞いてくれた。

 

「やあっ!!」


 カタリナが俺の右腕に組み付き剣を落とさせる、そして腕拉ぎ逆十字の体勢で俺の右腕を逸らせていく……痛い、物凄く!!


「はっ!!」


 ブチィ……!!


「ぐおっ!!」


 激痛が走る……俺の右腕が肩からもぎ取られ床に転がる。


『何て強引な脱出方法を……貴様のその鋼の精神力はどこから来るのだ?』


「そんな御大層なもんじゃあねぇよ、お前の様な奴を許せないだけだ……必ずブッ倒す!!」


 血の滴る右肩から新たな右腕が生えてくると同時に床に転がる引きちぎられた腕は粒子となり消失する、どうやら同じ身体の部位は同時に存在でき無い様だ、どういった仕掛けなのかは分からないがな。


『まあいい、やり様はいくらでもある、そっちの女を狙えばそれで済む話だ』


 あいつ、今度はカタリナを狙って襲い掛かりやがった……カタリナが操られてしまったら俺やイングリットでは止める事は出来ない。


「逃げろカタリナ!!」


「うん!!」


 カタリナは転身し逃げの体勢に入った。


『こいつ、待て!!』


「へへーーーん!! こっちだよっ!!」


『ふざけやがって……』


 ダークソウルも追いかけるがカタリナの猿のような無軌道な逃避行を捉えることが出来ない。

 しかしこれはただの時間稼ぎにしかならない、こちらには奴を倒す術が無いのだ。


「おいキャスリン!! 帝国には聖なる何とか言う剣とか無いのか!?」


「ここにはないわ!! 地下の武器庫にでも行かなければ!!」


「遠いのか!?」


「すぐに行ける場所じゃないわ!!」


「ちっ、使えないな!!」


「何よ!! しょうがないじゃない!!」


『俺を無視していちゃつくんじゃない!!』


「うわっ!! こっちに来た!!」


 ダークソウルめ、カタリナが捕まらないと見るや今度はキャスリンに標的を変更してきやがった。


『今度はお前を操ってやる!!』


「きゃああっ!!」


 床に倒れ込み頭を抱えるキャスリンにダークソウルが腕を振り下ろすが、彼女には何故か届かない……何か見えない力に阻まれている様だ。


『ヌヌッ!?』


「一体何!?」


 キャスリンもよく分かっていない様子。


「アクセルさんあれを見て!! キャスリンさんの王冠!!」


「あれは……」


 キャスリンの頭上の王冠に嵌った大きな赤い宝石が光っている、もしやあれが守りの力を発動しているのか?

 しかし、今まで王国兵に襲われたことがあってもあの力が発動した事は無かったのに……まさか魔の者限定のお守りなのか?


『畜生!! 何がどうなってやがる!!』


 奴はしつこく何度も殴り掛かるが結果は同じだった。


「キャスリンさんから離れなさい!!」


 イングリットの風の術を使用して空気弾でダークソウルを狙った。

 するとダークソウルの腹に命中、一瞬だが風穴を開けたではないか。


『グエエエエッ!! って……何だ脅かしやがるぜ、そんな神聖術が付加されない気功弾で俺の身体にダメージを与える事は出来んぞ!!』


「くそっ、ノーダメージかよ……」


 攻撃術でも奴を倒す事が出来ないとは、これじゃあ奴の主人の魔女の方がまだ戦いやすかったぜ。


『そういえばまだお前には手を出していなかったな……』


 しまった、今度はイングリットに狙いを定めて来たか。


「そうはさせるか!!」


 ダメ元で奴とイングリットの間に入り剣を構える。


『ヘッ、お前は及びじゃないんだよ!!』


 俺の股下をすり抜けイングリットの元へ奴の接近を許してしまった。


「くそっ!! イングリット!!」


「来ないで!!」


 出鱈目に発射された空気弾をダークソウルはスイスイと簡単に避けている。

 そしてそのままイングリットの身体の中に飛び込んでいった。


「いっ……いやあああああっ!!」


 もだえ苦しむイングリット、ダークソウルは彼女の背中から蛇が鎌首を持ち上げるような格好で上半身だけ外に出てきた。


『ククククッ、こいつは直に俺様が取り付いて乗っ取らせてもらうぞ……そうすれば貴様らは手出しできない』


 奴には目以外が無いので表情は分からないが勝利を確信してせせら笑っているのだろう……こちらとしては最悪の事態だ。


『女の身体に取り付くのは初めてだからドキドキするな……』


 そう言いながらイングリットの身体の中に引っ込んでいくダークソウル。

 

『はああっ……これが女の身体……何て繊細で敏感なんだ……』


 完全に同化後、奴は勝手にイングリットの身体を動かし体中を弄り恍惚とした表情を浮かべている。

 この変態めが……!! 何らかの手段を講じて絶対にイングリットを辱めた報いを受けさせてやる。

 しかしどうすればこの状況を打破できる?


「あっ、そうだ……」


 キャスリンを見て有る事を思いつく。


「キャスリン、ちょっとの間だけお前のその王冠を貸してくれないか?」


「別にいいけど、どうするの?」


「俺に考えがある」


 借りた王冠を腰のベルトのフックに引っ掛ける。


「ああ……何てこった、これで俺たちはお終いだ……」


 俺はわざとらしく床に手を突き四つん這いになる。


『ハハハッ、さぞ悔しかろう?』


 イングリットの姿をしたダークソウルが俺の方へ近づいてきて俺の顔をボールの様に蹴飛ばした。


「ぐっ……!!」

 

 ゴロゴロと床を転がる俺、いてえなこの野郎……しかし今は我慢だ。


『アクセルと言ったか、お前この女に惚れているんだろう? 分かるぜ、今この女の記憶を覗いたからな……』


「……なんて悪趣味な奴だ、馬に蹴られて死んでしまえ」


『生憎馬に蹴られない身体なのでね……!!』


 今度はあおむけで倒れる俺の顔を踏んづける……まだだ、もう少し耐えろ。


『恥ずかしがっているのか? だが俺にはお前がイングリットと交わした言葉や行動が全て分かるんだぜ?』


 この下衆野郎……。


「俺がイングリットに惚れているのは認めよう、だけどまだキスもしたことが無いんだよ……お願いだ、最後に一度だけ……」


『そのようだな、俺がその願いをかなえてやろうか? 童貞君』


 俺に顔を近づけて来たな? 


「今だ!!」


 俺は奴に見えない位置にぶら下げていた腰の王冠を手に取り、素早く奴、イングリットの頭に載せた。


『お前、何をした!? グアアアアアアアッ……!!』


 ダークソウルが苦しみだした、予想通りだ。


 さっきキャスリンが奴に襲われた時、王冠の宝石が輝き彼女を守った。

 それなら取り付かれてしまったイングリットに王冠を被せればダークソウルにダメージを与えられるのではと思ったのだ。


『グウウウッ……早くこの身体から出なくては……!!』


「そうはいきませんよ!!」


『なっ……女、目覚めたのか!? そんな筈は……!!』


 今の声はイングリットなのか? 王冠の作用で正気を取り戻したのか。


「あなたは私の身体から逃しません!! 私の中で消滅しなさい!!」


『馬鹿なーーー!! こんな、こんな筈ではーーーーー!!』


 イングリットの胸の辺りが眩く輝き直視できない。

 一体何が起こってるんだ?

 やがて光が止み、足元が揺らぎイングリットが倒れ始めた。


「おっと!!」


 すかさず回り込み彼女を受け止めた。


「イングリット……で間違いない……よな?」


「はい!! 私です!!」


 彼女がガバッと俺に抱き着いてきた。


「一体何がどうなったんだ?」


「それが私にもよく分からないんです……無我夢中でしたから」


 そういえばダークソウルの気配が無い……まさかさっきの光で消滅してしまったのか?

 そしてイングリットと顔を見き合わせていると違和感に気づく。


「おいイングリットお前……額が」


「えっ!?」


 彼女の額に何やら紋章が浮かび上がっている、これはもしや……。


「おい!! キャスリンも見てくれ!! これは!?」


「ええ間違いないわね、これは帝国の紋章よ……でもなんでこの子の額に?」


「……それは……私が……お答えしましょう……」


「グスタフ!?」


 キャスリンはすぐさま倒れているグスタフに駆け寄った。

 あの男、生きていたのか。


「今から16年前……キャスリン様、あなたは双子としてこの世に生を受けたのです……」


「何ですって!? そんなの初耳だわ!!」


「王家で双子は国を分かつとして不吉とされます、ですからあなた様と姉上様は別々の乳母に預けられ、国民には王女が一人だけ生まれたとお触れが出ました……」


 まあよくある話だな、しかし大体にしてこのパターンは悲劇が起きる。


「王家を継ぐ者は王冠に反応して額に紋章が浮かび上がるのですが、姉上様には紋章が現れましたがキャスリン様には浮かび上がりませんでした……しかしお二人は本当によく似ておられたため、紋章を持たぬキャスリン様を担ぎ上げて王位に付け、いいように操ろうと考えた者たちにより、姉上様は火事に見せかけ殺害してしまったのです……」


「そんな……」


 キャスリンの身体の震えが止まらない……それはそうだ、帝国の暗部、知りたくもない事実を突きつけられたのだから。

 しかも自分は真の王位後継者ではないという真実も同時に知らされたのだ……

 もう何も信じられなくなっても不思議じゃない。


「しかし姉上様は生きておられたようですね……そのお方がキャスリン様、あなたの姉上……イングリット様です」


「えっ!? 私!?」


 自分を指さしきょとんとしているイングリット。


 確かに他人の空似にしてはイングリットとキャスリンはあまりにも似すぎていた。

 双子だというなら納得するというもの。

 そして有る事が俺の頭の中で繋がった……俺が16年前に火事から助け出した赤ん坊がイングリットだったという事が。


 まさに偶然が偶然を呼び全てが繋がった瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る