第38話 帝国の光と闇

 「戻ったぞグスタフ!!」


 城の扉をくぐりキャスリンが高らかに声を上げる。


「これはこれはキャスリン様!! よくぞお戻りになられました!!

 あなた様が行方不明になられたこの一週間、このグスタフ生きた心地が致しませんでした!!」


「心配を掛けたな」


「いえいえ滅相もございません!!」


 目の前でキャスリンに媚びへつらっているの中年太りの男が例のグスタフか……一見、主を心から心配する忠臣に見えるが果たして。


「キャスリン様、この者たちは?」


「私がこうして帝国に戻ってこれたのは彼らのお陰だ、客人として丁重に扱えよ」


「ははっ!! 畏まりました!! さあさあお客様、お疲れでしょうこちらへどうぞ!! 案内して差し上げて!!」


「こちらへどうぞ」


 メイド服を生きた女性が俺たちを先導し廊下を歩く。


「へぇ、大したもんだな」


 天井が高く長い廊下……白い壁に精巧な装飾が施され、一定間隔にお高そうな壺や女神像などが置かれ、荘厳な雰囲気を醸し出している。

 さすが帝国の城、富と権力の象徴……廊下だけでもそれが伝わって来る。


「こちらでお待ちください、只今お茶をお持ちいたします」


 そう言ってメイドはお辞儀をし去っていった。

 完全に部屋から離れたのを確認し俺はイングリットとカタリナに耳打ちをする。


「いいかお前ら……」


 暫くしてティーセットを乗せたカートを押して先ほどのメイドが戻ってきた。

 見事な手際でてきぱきと紅茶をいれ、テーブルに着く俺たちの前に差し出す。


「どうぞお召し上がりくださいませ」


「ありがとう」


 俺はティーカップに口を付け、イングリットたちも続いてカップを口に運ぶ。


「ううっ……?」


 これはまさか……毒を盛られた?

 手からカップが滑り落ちカーペットを濡らす。

 イングリットとカタリナも次々に倒れていった。


「上手くいきました、後の処理はよろしくお願いします」


 メイドが部屋の外に声を掛けると、帝国兵が二人入って来た。


「やれやれ、こんな汚れ仕事を回されるとはな……」


「ぼやくなぼやくな、しかしあのお飾り女王様が生きてたなんてな、驚いたぜ」


 兵士たちが聞いてもいないのに次々と情報を提供してくれる、末端の情報管理など居酒屋の上司の悪口並みに駄々洩れってもんさ。


「中々興味深い話をしているなお前?」


「ゲッ!! こいつ、生きてるぞ!?」


「生憎俺は不死身なんだよ!!」


 俺は近くに居た兵士の腹を蹴ると勢いよく吹っ飛んでいった、壁に激突し気を失う。


「カタリナ!!」


「うん!!」


「ぐえっ!!」


 もう一人の兵士はカタリナが殴って昏倒させた。


「逃げなきゃ!!」


 メイドが急いで部屋から出ようとドアノブを捻るがびくともしない。


「ごめんなさいね、そのドアは開きません」


「ひっ!!」


 イングリットが風の術を使い、ドアノブを固定したのだ。


「どっ、どうして毒が効かないの!?」


 壁に背中を押し付け恐れ慄きつつも尋ねて来るメイド。


「最初から警戒してたんだよ、キャスリンが戻ってきたとなればあんたらのボスは困るだろう? そしてそのキャスリンが事情を知ったよそ者を連れてきたのなら真っ先に消しにかかると思って一芝居打った訳だ」


 そう、俺たちは毒入り紅茶を飲んでいない、飲んだふりをしただけだ。

 もちろん俺の死亡回数制限も減っていない。


「さあ、もっと詳しい話しを聞かせてもらえるかな?」


 俺はなるべく穏やかな表情でメイドに迫った。


「アクセルさん、ちょっと嫌らしい」


「うるさい……」




 王の間にて。

 玉座に腰掛けたキャスリンにグスタフが会話をしているのが見える。


「それにしてもキャスリン様、あの乱戦でよくご無事にお戻りになられましたな、どこでどう過ごされておられたのですかな?」


「先ほどお前も見たであろう? あのアクセルという冒険者の一団が私を守り、匿ってくれたのだ……その間、王国領に入ったり共和国領に入ったりと大変であったぞ」


「何と!! 他国に行っておられたのですか!? この戦時下で帝国民が一致団結して他国に攻め入らんとしているこの有事に!!」


「仕方なかろう!! 生き延びるにはそうするしかなかったのだ!!」


「まさか亡命などお考えになっておりませんでしょうな? あなた様を信じている帝国民を裏切って」


「一体何なのだグスタフ!! そんなに私が信用ならんのか!?」


「一部の家臣にはあなた様が帝国を捨ててお逃げになったともっぱらの噂になっておるのですぞ!? 女王への信頼度の失墜の責任をどう取るおつもりか!?」


「どう取るとは?」


「王冠を返上なさいませ、もうあなた様の血族が支配する時代は終わったのですよ!!」


『ふーーーん、そういうシナリオも用意してたとは恐れ入る』


「何者だ!?」


 俺の声に驚き、グスタフが辺りを見回す。

 玉座の後方にある扉から俺とイングリット、カタリナが王の間へと踏み入る。


「よう、初めましてだなグスタフさんよ」


「アクセル!! 遅いわよ!!」


 一人でグスタフとやりあって心細かったのか、険しかったキャスリンに表情が花が咲いたように和らぐ。


「フン、やはり毒では死ななかったか……仲間の女くらいは殺せると思ったんだがな」


「甘いぜ、あんな古典的な手に引っ掛かるかよ」


「時間稼ぎにはなるかと思ったのだが仕方がない、皆の者!! 曲者だ!!」


 王の間の四方の壁が一斉に開き玉座を囲うように武器を持った帝国兵が現れた。

 その数はざっと見ても20人以上はいる。


「王の間に侵入した賊がキャスリン様を殺害して逃げようとした所を我々が討った、というシナリオもあるがどうだね?」


 成程、本来は王を守るために使う仕掛けのはずが、今は逆に王を追い詰める為に使われるとはな、何という皮肉。


「そんなつまらないシナリオは却下だ!!」


 言うが早いか俺は腰の剣を抜刀し、一気に三人の帝国兵を切り捨てる。


「カタリナも頑張っちゃうよーーー!!」


 手近な帝国兵を両手で一人ずつ捕まえぶんぶん振り回す、それに巻き込まれ数人が弾き飛ばされていった。


「いやーーー!! 来ないで!!」


 悲鳴を上げながら目を瞑ったまま手を突き出しイングリットが空気の球をばら撒く、その球に吹き飛ばされ帝国兵が背中から壁に激突する。


「はっ!!」


 彼女らに負けてはいられない、俺も新たに5人倒し剣を鞘に納めた。

 もはや一般兵ごときに後れを取る俺ではない。


「案外大したことないな、肩慣らしにもならないぜ」


「そんな……!!」


 あれだけいた帝国兵が1分と掛からず倒されてしまい動揺を隠せないグスタフ。


「くそっ!!」


「あっ、待ちやがれ!!」


 グスタフは踵を返し部屋から逃走を図った……あんな体系の割りに素早いじゃないか。

 ここで逃して堪るか、逃げるグスタフ、追う俺……帝国兵からはどう見ても俺が悪者だろう。

 人の集まる場所まで行かれ助けを求められては厄介だ。


「私も行こう!!」


「助かるぜ、ついて来てくれ!!」


 女王であるキャスリンが一緒なら仮にグスタフが有る事無い事叫ぼうが女王の一声で全てが覆る。

 俺たちとキャスリンはグスタフを追った。

 グスタフは廊下を抜け大き目なホールに飛び込んだ、だがこちらにはキャスリンが居る、お前の魂胆は失敗に終わる。


「皆の者!! 女王はこの賊と結託して私を殺そうとした!! この様な暴挙、例え女王と言えど許されるものではない!! 賊もろともキャスリン女王も切り捨ててしまえ!!」


「はっ!?」


 おいおい、どこまで口が回るオヤジなんだ……呆れを通り越して感心するね。

 こんな妄言に従う奴がいるのか?


「………」


 大ホールに居た兵士たちが無言で武器を構え俺たちやキャスリンに向けられる。

 

「嘘だろ?」


 こんな話を信じるなんてどうかしてるぜ帝国の人々。


「皆の者!! 騙されるな!! グスタフこそ私を亡き者にしようとした反逆者であるぞ!!」


「……申し訳ございませんキャスリン様」


 キャスリンの鶴の一声でも兵士たちは武器を下げようとはしない。

 

「馬鹿な!! 私の言う事が聞けないというのか!?」


 一体どうなっている? 帝国の王の権限は絶対ではなかったのか?


「時すでに遅し、ですよキャスリン様……誰もあなたを女王とは認めていないという事です」


 グスタフが下卑た笑みを浮かべる。


「やられたな……キャスリン、お前が戦場に置き去りにされたあの時からグスタフの帝国支配は完了していたんだ、いやもっと前からかもしれない」


「何だと!?」


 しくじったな……これは俺の見立て違いが招いた結果だ。

 キャスリンが王位に就いたと聞いた時、既にお飾りなのではと薄々感づいてはいたんだ、しかしここまでグスタフが支配の基盤を盤石なものにしていたとは予測していなかったのだ。

 これは試練の後始末だとか嘯いている場合ではなかったという訳だ。

 今の状況を憂う以上にキャスリンの心中が気になる……余程ショックを受けているのではないか。

 だがこんな理不尽な状況があるか? 女王としての英才教育も碌に受けさせず、先王が崩御したからと女王に担ぎ上げられ、裏から操るでもなく謀略によって殺害される……あの時偶然俺があの場に居合わせキャスリンを助け出していなければ今あげた通りの筋書きになったいた事だろう。

 

 許せない……周りがどう思うとかではない、単純に俺が許せないのだ。


「この糞帝国民ども!! よく聞け!!」


「アクセル!?」


「アクセルさん!?」


 キャスリンとイングリットが目を丸くして俺の方を見る。


「お前ら、本当にこれで良いと思ってるのか!? こんなやり方で良いと思ってるのか!? こんなに寄って集ってキャスリンを貶めようとしやがって……帝国民てのはこんなに浅ましい人間の集まりだったのか!? キャスリンが女王の器でないと思ってるのならそれを助け支えてやるのが家臣や国民ってものじゃないのか!? 自分の意思も主張もなく、こんな下劣な男の口車に国単位で踊らされやがって、恥ずかしくないのか!?」


 言ってやった……勢いで思っていた事をぶちまけてしまった。

 恥ずかしいったらありゃしない。


「アクセル……」


 キャスリンは目に涙を湛えている。

 誰一人見方が居なかったんだものな、お前はいま泣いていいぜ。

 しかしこの青さ丸出しの俺の主張でここに居る帝国兵が激昂し一斉に襲い掛かってきたらどうする? 後悔してももう遅いが。


「………」


 一人、武器を下ろす兵士が現れた、それを皮切りに次々と武器を下ろしていく帝国兵。


「なっ、何をしておる!? 早く王女と賊を討たんか!!」


 グスタフの周りに居る数人だけは武器を下ろしていなかった、彼らは彼らで本気でグスタフを支持しているのだろう、それは奴の提示した報酬や政策が彼らには必要なのだ、それに対してこれ以上俺が彼らに言う事は無い。


 女王派、グスタフ派のにらみ合いが続く……しかし徐々に数で勝る女王派がにじり寄り、グスタフ派は壁際に追い詰められたいった。


「ええい!! もうはかりごとに頼るのは止めだ!! こうなったら実力行使よ!!」


 グスタフが白目を剥き口を大きく開ける……急に何事かと思い注視しているとその口から黒い人魂の様なものが吐き出され昇っていく。

 それは徐々に大きくなり真っ赤な目の付いた頭と手が形どられ、足のない人型になった。


『俺はダークソウル……魔女レモン様がこの男の負の感情から生み出した存在……』


 ダークソウルが現れた途端、我先にホールから逃げ出そうとする帝国兵。

 いつの間にかホールにはダークソウルと俺たちだけになってしまった。

 あいつは見たところ幽霊タイプの魔物か? 生憎いままでこの手の類とは戦ったことが無い。

 実体が無いのなら剣での直接攻撃は効かないのだろうな。


『お前たちを倒してからゆっくりと帝国を支配させてもらうとするよ、その方が効率が良さそうだ』


 奴の不気味な真っ赤な目が笑ったようにぐにゃりと歪んだ。

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