第37話 後始末

 「おおっ!! 戻って来られたぞ!!」


 俺たちは塔から出て驚いた、大勢の共和国民が塔を取り巻くように押し寄せ俺たちを待っていたのだ。


「勇者アクセル万歳!!」


「ありがとうアクセル様!!」


 あちらこちらで俺を称える賛辞が飛び交う、はっきり言って恥ずかしい。


「良かったですねアクセルさん、勇者ですって」


「嬉しかねえよ、こんなのただの晒しものじゃないか」


 イングリットめ、ここぞとばかりに俺を茶化しやがって。


「流石アクセル様だ、私は初めからやってくれると信じていましたよ」


 レガートが笑みを浮かべて俺を出迎える。

 白々しい、人質まで取って半ば強制的に魔女退治を押し付けた張本人が。

 お前にはあとできっちり働いてもらう予定だから覚悟しておくんだな。

 そう心に思い浮かべる事によって俺は奴への留飲を下げた。


「アクセル……」


「おう、キャスリン、お前も開放されたのか……ほらよ、取り返してきてやった」


 俺は彼女に王冠を手渡す。


「ありがとう……ありがとう……」


 王冠を抱きしめ感涙に咽ぶキャスリン、これだけ喜んでもらえたなら俺も一度死んだ甲斐があったってもんだ。


「よし、こんな騒がしい所にいつまでもいられるか……皆行くぞ」


 俺は雑踏を掻き分けレガートが準備していた馬車に乗ってこの場を離れた。




「お帰りなさいやし!! 旦那、皆さん、ご無事でしたか!?」


「おう、心配かけたな」


「カタリナは大丈夫!!」


「ボギーさんお留守番ご苦労様」


 ひとり迎賓館に取り残されていたボギーが俺たちを出迎える。


「今から私もこっちに移るからよろしくね」


「女王様も!?」


 そう、俺たちは魔女を倒した功績をひけらかし、キャスリンもこちらの屋敷に一緒に泊まることになったのだ……レガートは渋っていたが。


「しっかし我ながらいつも危ない橋を渡ってるよな」


 長ソファーにごろんと寝そべり一言ぼやく。


「あんたってさ、強いんだか弱いんだかはっきりしないわよね、そこんとこどうなの?」


「言ってくれるね、結果的に依頼は達成できてるんだからそれでいいだろう?」


 今度はキャスリンが俺をいじって来やがった。

 まあこいつはさっきまで一人で軟禁されていたんだ、大目に見てやるさ。


「ところで私たちはこれからどうするんですか? アクセルさんは手助けがどうとか言ってましたが」


「手助けというか後始末だな、裏で糸を引いていた魔女は打ち倒したが、まだ帝国の件が片付いていないだろう?」


「そうでしたね」


 イングリットが疑問を持つのも尤もだ、黒幕が居なくなった以上、放っておいても世界戦争は収束していくだろう。

 だがきっちり終わらせておいた方が関わった俺としても気分がいいというものだ。


「王国の要人にはアルバトロスに口を利いてもらうとして、あとはやはり帝国だな」


「王冠が戻った今、私だけでも何とか出来るわ……これ以上あんたに面倒はかけられない」


「何を今更……乗り掛かった舟だ、最後まで付き合ってやるよ」


「パパがやるならカタリナもやるーーー!!」


「仕方ないですね、でもアクセルさんは渡しませんからね」


「連れもやる気満々だ、まあ任せておけ」


「うっ、そこまで言うなら断る理由は無いけどさ」


 キャスリンがしおらしいとは珍しいな。


「じゃあ明日から作戦開始だからしっかり寝ておけよ、特にお前は主役なんだからな?」


「分かったわよ!!」


 寝るには少し早かったが戦闘の疲れもあってかその日はすぐに眠りについた。




「誰か!! 誰か助けて!! あの家の中にはまだ赤ん坊が!!」


 轟轟と燃え盛る家屋、中年女性の悲鳴に似た懇願が辺りに響く。


「あの火の手ではもう……」


「今からじゃもう間に合わないよ……」


 火事を見守るやじ馬からは諦めの声が囁かれる。

 何と薄情な連中だろう、誰も桶で水すら運ばないとは。

 俺は両手に水の入った桶を燃え盛る家の側まで運ぶと、桶を頭上でひっくり返し頭から水を被った。


「ご婦人、赤ん坊は大体どの辺に!?」


「左側の一番奥の部屋です!!」


「よし、分かった!!」


 俺は既に焼け落ちている正面扉から屋敷の中に飛び込んだ。


「ぐっ、これは酷い……」


 煙が目に染みる、呼吸が苦しい、袖で口を覆う……建物の梁も焼け落ちていていつ崩れるか分からない、急がねば。


 既に燃えて反対側の部屋が見えている壁を蹴破り、言われた左奥の部屋を目指す。


「おぎゃあ!! おぎゃあ!!」


 赤ん坊の声だ、まだ無事だった……ドアを開けるとそこには籠に入れられた泣き叫ぶ赤ん坊の姿があった。


「今助けてやるからな」


 俺は籠から赤ん坊を取り上げるとジャケットで覆い、炎の海と化した部屋を脱出する。

 

「ぐぅっ!!」


 水で濡らしてきたとはいえ、この業火の中ではそう長持ちするものではない…袖やズボンの裾に火が着きだした。


「もう少しだ頑張れ!!」


 赤ん坊にそう言い聞かせ出口に向かう、しかし俺の目の前で天井が焼け落ちてきた……ガラガラと音を立て燃える瓦礫が俺の行く手を塞いでしまった。


「畜生!! 俺は死んでも生き返れるがこの子は違うんだよ!!」


 俺は助走をつけ、肩から瓦礫にぶち当たった、服に燃え移る炎。

 だが道は開けた、火だるまのまま外に飛び出す。


「ご婦人、この子を頼む!!」


「きゃっ!! あなた身体が燃えてますよ!?」


「気にするな、あとは任せた!!」


 近くに水の入った桶でもあればそれを被ればよかったが、それが無い。

 仕方なく身体から火が立ち上る状態で近くの森に逃げ込んだ。

 一体どうなっている? 俺が燃える屋敷に赤子を助けに入っている間に誰も消火活動をしていないだと? 

 水一杯無いとはどういうことだ?

 この火事、どこか作為的なものを感じる……これは普通の火事じゃない、放火だ。

 では目的は? 誰かを焼死させるため? では誰を……まさかさっき俺が助けた赤ん坊?

 火傷で身体が切られるように痛い、もうダメだ……俺の意識はそこで途絶えた。


「はっ!?」


 俺はガバッと上半身を跳ね上げ起き上がる。

 辺りを見回すとそこは昨日から泊まっている共和国の迎賓館の寝室だった。


「夢か……しかし随分と昔の夢を見たな、確か16年前だったか」


 あれは確かまだ普通に行き来出来ていたころの帝国の村の出来事だったか。

 今思い出しても不可解な火事だった。

 赤ん坊の母親らしき女性意外の人間があまりにも火事に無関心だったのだ。

 あの親子は無事だろうか? 何かの陰謀に巻き込まれていたのなら或いは……。

 しかし今思っても仕方がない事、あの直後俺も死んでしまい目覚めた時には既に家は全焼しておりあの親子がどこへ行ったのかは分からなかった。


 朝から最悪の目覚めであったが今日は重大な日……気を引き締めて行こう。


 日が高くなってから、

 俺たちは馬車や馬に分かれて帝国、王国、共和国の国境……中立地帯を目指す。

 目的はキャスリンを帝国に送り届け、現在帝国の指揮を執っている者、グスタフを討つことにある。

 抵抗しなければ荒事にする気は無いがそれはあちらの出方次第だ。


「いやはや、まさか我々共和国軍の兵士が帝国の女王の護衛をすることになろうとは……」


 レガートは苦笑いだ。


「人生何が起こるか分からないだろう? 俺はここん所ずっとこうだぜ?」


「冒険者とは大変なものなのですね、これなら兵隊の方が幾分か楽です」


「へへっ、そうかい」


 話してみるとレガートは案外いい奴だった。

 魔女の件は国の命運が掛かっていた関係上、俺には高圧的に出るしかなかったんだろう……立場が違えば俺もそうしていたかもしれない。

 そうこうしているうちに中立地帯が眼前に迫る。


「レガート、手筈通りに頼むぞ!!」


「分かっていますよ」


 中立地帯に接近すると帝国兵がこちらに気づく。

 今回はアルバトロスが裏から手を回してくれた関係上、王国軍は介入してこない。

 表向きは共和国軍と帝国軍の戦闘行為だ。


「キャスリン、俺が声を掛けるまで顔を出すなよ?」


 馬車の荷台で麻布を被って伏せているキャスリンに声を掛ける。


「分かっています!!」


 ただ念を押しただけなのに不機嫌な返事で返されてしまった。

 一体どうしたんだ? 戦を前に興奮しているのだろうか。


「うおおおおおおっ!!」


「わああああああっ!!」


 両軍が衝突し、遂に戦いが始まった。

 あちこちから怒号や悲鳴、つばぜり合いの金属音などが響く。

 だがまだキャスリンの出番ではない、ある程度戦況が進んでからだ。

 それには俺たち共和国側がある程度優位に立つ必要があるのだ。


 こちらはそうなる様にかなりの数の軍勢でやってきた、なるべく早くそうなる様にだ。

 案の定、共和国軍は帝国軍を圧倒していく。

 しかし悠長にも構えていられない、あまり戦闘が長引くと増援が来てしまうからだ。


「よし、そろそろだな……女王様、出番だぞ!!」


 他の者の目、特に帝国兵に見つからないようにキャスリンが荷台から降りる。

 そして共和国が用意した白馬に乗り戦場へと駆けこんだのだ。


「待て!! これ以上の我が帝国への侵攻……この帝国王女キャスリンが許さんぞ!!」


 白馬を後ろ脚だけで立たし、キャスリンは剣を高々と掲げる、その姿はまるで戦乙女だ。


「おおっ!! 女王様がお戻りになられた!!」


「女王様が我々をお救いくださった!!」


「キャスリン様!!」


 大歓声が起こり、いやがおうにも帝国兵の士気が上がる。


「ムムッ、これはいかん、皆の者撤退だ!!」


 若干棒読み気味に撤退命令を出すレガート、直後共和国軍は全軍撤退した。


「まあこんなもんだよな」


 俺たちはキャスリンの傍らに集まる。


「貴様ら何者だ!? 怪しい奴らめ!!」


 おっと、一般帝国兵に槍を突きつけられてしまった。

 しかしこれも想定の内だ。


「よせ、この者たちは私が戦線を離脱していた時に助けてくれた者たちだ、手出し無用!!」


「はっ!!」


 兵士は槍を修め直立不動となった。

 さすが女王様だな。


「皆の者、撤収するぞ!!」


「はっ!!」


 キャスリンの号令で帝国兵が一斉に引き揚げ始めた、俺たちはそれに紛れてまんまと帝国領に入ることに成功したのだった。

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