第36話 諸悪の根源

 塔の中は螺旋階段だった。


 平均感覚がおかしくなりそうなほどグルグルと階段を上り切ると、最上階は巨大な円形のホールになっていた。


「あら、いらっしゃい、待ってたわ」


 ホールの最奥、椅子に座り足を組んでこちらを見つめる魔女が居た。


「俺はなるべくなら会いたくなかったんだがな」


「つれないわね……まあいいわ、約束通り来てくれたからチップは弾まなきゃね」


 無造作にキャスリンの王冠をこちらへ放り投げてきた。


「おっと、人の物を邪険に扱うな」


 王冠をキャッチする。


「さて、お話を始めましょうか……あなたは何を聞きたいのかしら?」


「根本的な質問で悪いんだが、お前は魔女でいいんだよな?」


 実は見た目からこの女を俺たちがそう呼んでいただけで、本人的にはどうなのかを念のため聞いてみた。


「あなたたち人間に倣うなら私は魔女と呼ばれることを許容しなければならないでしょうね……不本意だけれど」

 

 どこかで聞いた言い回しだな、本人がそう呼ばれたくないというのは……そうか思い出した、ライムだ……一般には賢人と呼ばれていたが、ライムはそう呼ばれるのを嫌っていた。


「私の名前はレモン……次からはそう呼んで頂戴」


「レモン? 魔女には果物の名前を付けなければならない決まりでもあるのか?」


「あらっ……なぜそう思うのかしら?」


 突然レモンの態度が俺を小馬鹿にしたものとは打って変わって真剣なものになったのを感じる……この話題はこれ以上広げない方が良いと俺の勘が告げていた。


「ただ当てずっぽうに言ってみただけさ、それが何か?」


 言い訳としては苦しいな、何か感づかれただろうか。


「しらばっくれるならそれでもいいわ、他には無いの? 聞きたい事……」


「それじゃあ次の質問、この戦争はお前の仕組んだことか?」


「そう言えるかもしれないし、そう言えないかもしれないわね……」


「どっちなんだよ」


「私はただ、支配欲をため込んでいた人間の心をちょっとだけ開放するお手伝いをしただけ……あとは私を楽しませてくれる人間を見つけるための生餌になってもらったの」


 これはキャスリンの側近のグスタフの事を言っているのか?

 だとするとキャスリンが言っていたグスタフの人柄が急に変わってしまったのはこいつが原因か?


「生餌だと!? レモン、お前にとって人間とは何だ!?」


「それを聞いちゃう? 決まってるじゃない私を楽しませる観葉植物……いえどちらかと言えば実験動物かな~~~?」


「ふざけるな!! 人間はお前のおもちゃじゃ無い!!」


「やっぱり怒った、でも別に人間だけをそんな風に扱っているわけじゃないのよ? モンスターだって私にとっては駒の一つに過ぎないのだから」


「何を言ってる!?」


「ねぇこれ見える?」


 レモンが右手に握っている果物、あれは……。


「これは『知恵の実』といって、食べた者の知能を上げる効果があるんだけれど、これを食べさせて変化の術と知恵を身に着けたモンスターを人間社会に紛れ込ますのも中々面白かったわね……結局誰かに倒されちゃったけれど」


「なっ……」


 これはそのままイングリットの居た街の教団の話しじゃないか!!

 本来、巨人猿はそこまで頭の良いモンスターではなかったはずだが、人間に化け詭弁を操り欲望のまま人間を食い物にしていた……まさかあれもこのレモンの所為だというのか!?


 段々怒りが込み上げてきた……昨日、レガートがキャスリンを連行した時にも怒ったが、今の怒りはそれの比ではない。


「貴様の愉悦を満たすためにどれだけの人間が被害に遭っていると思う!?」


「そんなこと知っちゃいないわよ、そもそも人間を放っておいたら樹は切り倒すわ山は崩すわ水は汚すわでやりたい放題……私はそうならないように人間を間引いてあげてるのよ? 褒められこそすれ、咎められるのは心外だわ」


「話しをお前の都合のいいようにすり替えるな!! 神にでもなったつもりか!? お前のやって来た事は自分の欲望を満たすための自己満足にすぎない!!」


 剣を鞘から抜きレモンに向かって突き出しながら俺は吠えた。

 こいつこそが世界の混沌の元凶!!


「何をムキになってるのかしらこの子は……不死のあなたなら私の話しを聞いてくれると思ったのに……」


 レモンはまた懐から何かを取り出す、それは指で挟めるほどの大きさをした緑色を楕円形、植物の種を彷彿とさせるものだった。


「これは『生命の種』……不死の存在を作るための材料と言われていたけれど、私にはとうとう不死者を作り出す事は出来なかったわ……でも目に前に完璧な不死者がいる、あなたよアクセル……だからあなたの存在を知った時は歓喜と驚愕と同時に、作り上げた者に嫉妬さえ覚えたわよ」


 生命の種……こいつが持っていたのか!!

 しかもこの口ぶり、レモンが不死者を生み出したのではないのか?

 では一体誰が俺を不死者に変えたんだ?

 いや、今はその話はいい……まずは降って湧いた生命の種を入手できるかもしれないこの機会を逃す手は無い。


「それを渡せ……俺はその種を必要としている……」


「魔女の様に錬金術が使えないならこれを持っていても無駄よ? それにあなたは既に不死者なんだから必要ないでしょう?」


「お前は勘違いしている、俺はそれを使って元の人間に戻るんだ!!」


 俺はレモンに向かって走り出し剣を振るった。

 しかしいとも簡単に避けられる。


「おかしなことを言うわね、せっかく不死だというのに自らその能力を手放そうというの!?」


「不死など人間の世界にはあってはならないものだ!! 死なないという事は愛する人と同じ時間を歩めない事……不死身の身体は孤独を生み出す魂の牢獄!!」


 もう一度剣で切り掛かるが、レモンは素手で刀身を受け止める。


「こんなおもちゃで私を傷つけられるとでも思った!? 私は自分に金属攻撃無効化の防御術を掛けているのよ!!」


「何っ!?」


 レモンが刀身を握り締めると、パキンとつららでもへし折る様に剣がへし折られてしまった。


「パパ!!」


 カタリナが俺の頭上を飛び越え、蹴りでレモンを攻撃した。

 咄嗟に腕を払ってカタリナを吹っ飛ばすが、レモンはダメージを受けたのか腕を押さえて一瞬動きを止めた。

 成程、剣などの金属製の武器は効かないが打撃は有効なのか。


「このガキ!! やってくれたわね!!」


 しかしすぐさま反撃に転じカタリナに飛び掛り、首を片手で掴んで持ち上げる。

 何て力だ、見た目はスレンダーな美女、筋肉なんてほとんどついていないのにこの怪力……さっきの俺の剣を折った事といい、魔女とは見た目によらない能力を秘めているのだな……俺は改めて戦慄した。


「やめろ!!」


 剣が折れてしまっている俺は丸腰でタックルした。


「うるさいわね!! あなたは仲間の死ぬところを見ていなさい!!」


「ぐあっ!!」


 レモンの蹴りが俺の腹に決まる……それだけで軽く数メートル飛ばされてしまった。

 吐血して手や装備に血が掛かってしまった。


「うううーーー!! パパ!! ママ!! 助けて……」


「カタリナーーー!!」


 空中に浮かされたまま足をバタつかせるカタリナ、しかし脱出は叶わない。


「あーーー、本当にガキはうるさいわね……一生静かにしていなさい」


 ボキン……。


 鈍い音がホール内に響く……それと同時にカタリナの首があり得ない方向へグニャリと折れ曲がり、壊れた人形の様にダラリと手足が垂れ下がる。


「あっ……ああっ……あああああーーーーーっ!!!」


 目の前が真っ赤になる……もう自分を抑えられない!!


「うわああああああっ!!!」


 俺は気がふれたように弓を番え連続発射する。


「フフン、私に金属の攻撃は効かないのよ、さっきの攻撃で見たでしょう?」


 しかし矢は初めの数本こそレモンの身体に弾かれていたが、次々に彼女の身体を貫いていった。


「かはっ……なぜ? なぜ金属の矢が私に刺さるの? 私の防御術は金属の攻撃からの絶対防御のはず……」


「俺に聞かれても知るかよ……しいて言うなら俺の怒りがお前ご自慢の防御術を上回ったんだろうさ」


「あはっ……あはははははっ!! これが痛み!! これが命のやり取りなのね!! 魔女になって初めてのこの感覚……最高だわ!! これが生きている証、死ぬという結末!! ごふぁっ……」


 狂ったように喚きながらレモンは天を仰ぎ、やがて大量に吐血し仰向けに倒れた。


「倒したのか……?」


 諸悪の根源の魔女を倒したのにもかかわらず俺の心は全く晴れなかった。


「カタリナ……」


 イングリットが倒れているカタリナの傍らで魂が抜けたように座り込んでいる。

 カタリナの表情は目を見開いたままだったので指で瞼を下ろしてやった。


「済まない……カタリナ……本当に済まない……」


 俺の目から留めなく涙が溢れた……こんなに泣いたのは不死者になって初めてでは無かろうか。


『何をそんなに落ち込んでいるのかしら?』


 どこからか聞き覚えのある声が聞こえる、この声はライムか?

 その直後、ホールの中心辺りの空間がぐにゃりと歪み、現れた極彩色の渦の中からライムが現れた。


「レモンが死んだから結界が消えてね、こうして私も祠からここへ空間を繋げることが出来たわ」


「お前っ!!」


 俺は思わずライムの胸倉を掴んでしまった、カタリナが死んだのにこの飄々とした態度が許せなかったのだ。

 これが八つ当たりなのは分かっている、分かってはいるのだ。

 俺はハッとし、すぐにライムから手を放した。


「ちょっとちょっと、カタリナをそのままにしておくつもり? ちゃんと首を嵌めてやらないと」


 俺が胸倉を掴んだことも意に介さずカタリナに近づき、首を真っすぐになる様に押さえつけた。


「う~~~ん、あれ? みんなどうしたの?」


 なんと、カタリナが目を覚ましたではないか。


「なっ……なっ……何で!?」


「落ち着きなさいアクセル、前も言ったかもしれないけどカタリナはあんたの血肉が身体に混ざったことによって半不死者になっているの、心臓が抉り取られるか首が引きちぎられるかでもしない限り彼女は死なないわ」


「そうだったのか……ありがとうよ」


「まったく、世話が焼けるわね」


 珍しくライムが俺にほほ笑んだ……これは明日は槍でも降るんじゃあるまいな?


「これで私の出した試練は最終試練を除いて全て攻略したわね」


「待てよ、俺はまだ戦争を終わらせるっていう条件を満たしてないぞ?」


「いいのよ、あれは裏で糸を引いていたこの魔女をあんたに倒させるための口実みたいなものだから」


「まさかここまで手際がいいなんて驚いたわ、期限の半年は長すぎたかしら?」


「偶然とラッキーが重なったからな、期限よりも死亡回数制限の方がきつかったよ」


「そう、でもあと二回も残すなんて頑張ったと思うわよ?」


「おいおい、どうしちまったんだ? 今日は随分と優しいが何かあったか?」


「いいえ? あなたが試練を乗り越えたから労ってるんじゃない、おかしいかしら?」


「いや、そうじゃないが、お前の事だから裏があるのかと思ってな」


「アクセルって本当に性格が悪いのね」


「それはお互い様だ」


 随分と久しぶりだなこうやってこいつと憎まれ口を叩くのは。


「さあみんな、ここから帰るわよ?」


 ライムが自分の出てきた極彩色の渦を指さす。


「これって、本当に祠と繋がってるんですか?」


 イングリットが恐る恐る渦を眺める。


「もちろん、そうでなければ私がここから出て来る訳ないでしょう?」


「済まないライム、お前だけ先に帰っててくれないか? まだ戦争を終わらせるという条件を果たしていない」


「どうして? 試練は終わったって私が判断したんだからもういいのよ?」


「そう言う訳にもいかないんだよ、関わっちまった奴らの手助けもしなきゃいけなくてね」


「そう、それなら私は一足先に待ってるわ……最終試練、忘れるんじゃないわよ?」


「分かってるって、必ず戻るから待ってろ」


 ライムと別れ、俺たちは塔の螺旋階段を急いで降りるのだった。

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