第35話 黒い霧

 「何だこれは?」


 連れてこられた共和国の首都は街全体が黒い霧に覆われていた、おかげで街並みは全く確認できない。


「この黒い霧には入らないでください、命を落としますよ」


 レガートが俺たちの前に腕を出し制止する。


「あそこに塔が見えるでしょう? あそこに魔女はいます」


 はるか遠くに黒霧から頭を出す塔の先端だけが確認できる。


「こんな触れると死んじまう霧の中、どうやって先に進むんだ?」


「さあ、あの魔女が言うにはあなたならここを通れるという事でしたが……」


 まさかその魔女は俺が不死者だと知っているのか? 確かに俺なら霧の中を進み死んでも生き返り、また少し進み死んだらまた生き返るを繰り返せば目的の塔に辿り着くことが出来るだろう……しかし今の俺はライムの試練によって死亡回数に制限が掛かっている。

 仮に残っているあと二回の死亡回数を消費したところで、この距離を通過できるとは到底思えない、つまりこのままでは先に進めない。


「あの、アクセルさんちょっといいですか?」


「なんだイングリット?」


「私、アクセルさんが留守のあいだ冒険のお役に立てる技術を身に付けたくて祠でライムさんに術を習ってたんです……どうやら私には少しだけ風を操る素質があったらしくてそれを使い熟す練習をしていました」


 そう言ってイングリットが右掌を上に向けると、そこに小さなつむじ風が出現した。


「へぇ、大したものじゃないか」


「これでこの黒い霧を掃えないでしょうか?」


 正直俺の見立てでは彼女の風の術では力不足だ、しかし俺の役に立ちたいという健気さを邪険にしたくない。


「じゃあ一度試してみてくれないか?」


「はい!! 念のため皆さんは離れてください!!」


 元気よく返事をしてイングリットは霧に向かって両手を突き出す。

 言われた通り俺やカタリナ、レガートは後ろに下がった。


「風よ、我を阻むものをその力をもって取り除け!! ストーム!!」


 イングリットの両掌から空気が渦を巻き、前方に突き進む、その先は黒い霧が引き裂かれた空間が現れた……しかしある程度の距離までしか霧を掃う事が出来ず、時間経過と同時に次第にその空間も閉じていく……効果が短いのでこれでは先に進むこともままならない。


「ああ……すみません、今の私にはこれが精一杯の様です」


 落ち込むイングリット、しかし今の現象を目の当たりにし俺はあることを閃いた。


「なあイングリット、今の風の術はあと何回使えそうだ?」


「えっと、三回くらい……かな?」


「使用間隔は? 連続使用はできるのか?」


「詠唱に時間を取られますし、二、三分は置かないと次の術は使えないかも」


「移動しながらは? 走りながらとか」


「そんなに早くは走れませんが移動しながらも使えると思いますが」


「そうか」


「あの、それがどうかしたんですか?」


「ああ、俺にいい考えが浮かんだ」


 ぶっつけ本番になるがこれは試す価値がある。




「どうだイングリット? 少しは回復したか?」


「はい、少し休んだおかげでもう一回くらいなら余計に術を使えると思います」


「そうか、デカした」


 馬車の中に戻りイングリットに飲み物を与え休憩させた、風の術は今回の作戦の要、使用回数が多いに越した事は無い。


「いいか、これから俺たちがやることを説明する、カタリナも聞いてくれ」


「はーーーい!!」


「まずイングリットが風の術を俺の弓矢に掛ける」


「はい」


「そして俺がその矢を放ったらカタリナはイングリットを抱えて俺と一緒に霧が晴れた道を走るんだ」


「うん!!」


「その先でも走りながら俺の弓に風の術を掛けてくれ、そしたらまた俺が矢を放って道を作るから以降はそれを術の使用回数限界まで繰り返す、分かったか?」


「はい!!」

「うん!!」


「じゃあ始めるぞ!!」


 馬車から降り、位置に付く、まずはおれの弓と矢にイングリットの風の術を掛けてもらう。


「風よ、………」


 彼女の添えられた手から俺の弓に力が流れ込んでくるのを感じる……弓と矢は薄い緑色の光を纏い輝きだした。

 いいぞ、まずは第一段階は成功だ。

 だが問題は次だ、俺が想像した通りの結果が出るかどうか。


「やるぞ!! カタリナは準備を!!」


「うん!! 任せてパパ!!」


 カタリナがイングリットを両腕で抱え上げる、所謂お姫様抱っこの体制だ。


「ふっ!!」


 俺の指先から放たれた弓は高速で黒霧を引き裂いていき道を作る……さっきのイングリットが単体で放った風の術よりも遠くまで霧が晴れている。


「今だ、急げ!!」


「いくよーーーー!!」


 身体能力の高いカタリナは猛ダッシュを掛ける、おいおいあまり先行し過ぎるなよ?


「イングリット、次だ!!」


「はい!! 風よ!!」


 再び矢に風の力が宿る。

 しばらく進むと霧が両側から道を狭め始める、俺は一度立ち止まり再度弓を番える。


「はっ!!」


 奥に新たな道が出来る、そこを止まらずにひた走る。


「いいぞ、この調子なら何とか塔に辿り着けそうだ!!」


 二回繰り返し約半分の道のりを進んできた、これならイケる。

 その後も三回四回と繰り返し、とうとう塔の入り口が見える所までやってきた


「後は走り抜けるだけだ!! 頑張れ!!」


「うん!! あっ!?」


 カタリナがあと少しの所で道の凹凸につま先を取られ転んでしまった、投げ出されるイングリット。


「あぐっ!!」


 背中を強打してうめき声をあげる。


「大丈夫か!?」

 

 俺は二人に駆け寄る。


「止まっては駄目!! アクセルさんは先へ行ってください!!」


「馬鹿な!! こんな所にお前たちを置いていけるかよ!!」


 しかし霧はじわじわと周囲から押し寄せてくる、道を塞がれたらその時点でアウトだ。


「カタリナ!! 先に行け!!」


「分かったよパパ!!」


 足の速いカタリナを先行させる、だが彼女も間に合わないかもしれない、だが俺にはやろうとしていることがあった。


「目が回るだろうが我慢しろ!!」


「えっ、ええっ!?」


 俺はイングリットの両足を脇に挟みぐるぐると回し始めた、所謂ジャイアントスイングだ。

 いつものツッコミをしている余裕はない。


「カタリナ!! イングリットを受け止めてくれ!!」


 そう言いながら俺は掴んでいたイングリットの足を放すと、彼女は頭からカタリナの待つ塔の入り口に向かってすっ飛んでいった。


「きゃあああああっ……!!!」


「ママ!!」


 イングリットを受け止めた衝撃で後ろに倒れ込むカタリナ、これで二人は辛うじて黒霧の効果範囲から脱出できた。

 俺はと言うと周囲を完全に霧に囲まれてしまっている、今からはどうあがいても塔まで間に合わない。

 こうなれば少しでも距離を稼ぐために前に進もう、駆け出して前方に跳び、必死に手を伸ばす。


「アクセルさん!!」


 イングリットの悲痛な叫び声が聞こえる、しかし俺の意識は遠のいていった。


「はっ!?」


 俺が目覚めると目の前にイングリットの顔があった。

 どうやら俺は死んだ直後に二人に腕を引っ張らっれここまで連れてこられたらしい……ここは塔の入り口で、そこでイングリットに膝枕をしてもらっている状況だ。


「どうしてこういつもいつも無茶をするんですか!?」


「俺は不死身だがお前たちはそうじゃないだろう? 我ながらいい判断だったと思うんだが……」


「馬鹿……目の前であなたに死なれる私の気持ちも考えてください……」


 イングリットの顔が歪み、俺の顔に水滴が落ちてくる……涙だ。


「悪かった、悪かったよ」


「もう知らない!!」


「いやお前に見捨てられるのは困るな」


 彼女の頬に手を伸ばし涙を拭う。


『あ~~~ら、私を無視してイチャつかないでもらえるかしら?』


 塔から声が響いてくる、この声は魔女だ。


「何だ? 嫉妬してるのか?」


『それで挑発しているつもり? 私に掛かれば男なんてより取り見取りなんですけど?』

 

 こうは言っているが心なしか声が動揺で震えている。


「待ってろ、今そちらに行く……お前には聞きたいことが山ほどある」


『早くいらっしゃいな、私もあなたの身体には物凄く興味があるの……』


「何ですって!? おばさんもアクセルさんを寝取ろうというんですか!? 歳を考えてください!!」


『小娘……お前は無惨に引きちぎってやるから覚悟しな……』


 急にドスの聞いた恐ろしい声を発する魔女。

 イングリットは俺よりあいつを煽るのが上手そうだ。


 しかしとうとう三回目の死亡回数を消費してしまった俺……これから魔女と一戦交えるというのに本当に大丈夫なのだろうか?

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