第34話 大混戦

 「くそっ!! ボギー、絶対に馬車を止めるなよ!!」


「へい!! 旦那!!」


 俺は幌馬車の後ろから弓を放ち王国の追手を狙い撃つ。

 しかし揺れる馬車の荷台から矢を射るのは難しく、全く当たらない。

 俺の弓を番える動作の隙を突いて数騎の騎馬兵が馬車に迫る。

 これでは捕まるのも時間の問題だ。


「いやっ!! 来ないでよ!!」


 カタリナが馬車の積み荷の木箱を騎馬兵に向かって投げつける。

 それは見事にヒット、食らった兵士は落馬し地面を転がっていく。

 接近されてしまった時はかえってこういう原始的な戦法の方が弓より有効な場合があるな。


「カタリナ、お前やるな……」


「えへへ、パパに褒められちゃった……どんどん行くよっ!! それっ!!」


 満面の笑みを浮かべるカタリナは味を占めたのか次から次へと積み荷を放り投げ騎馬兵を撃退していく。

 しかし始めこそ有効だったが、案の定投げる物が無くなってしまった。

 接近していた奴らは退けたが、追手はまだ十数騎残っている。


「アクセルちょっと!!」


「今度は何だ!?」


 キャスリンに呼ばれ馬車の前方に移動する、すると今度は別の騎馬の一団がこちらへやって来るではないか。


「あの軍服は共和国軍よ!!」


「何!?」


 後ろからは王国軍、前からは共和国軍の挟撃とは。


「やれやれ、モテモテだな俺たち……」


「こんな時になに馬鹿なこと言ってるの!! それどころじゃないでしょうが!!」


 こんな時だからこそ軽口も利きたくなるもんだろう。

 しかしどこの陣営もキャスリン女王獲得に躍起だな、つくづく俺みたいな底辺冒険者が首を突っ込んじゃいけない案件であったと実感するぜ。

 だがここは覚悟を決めるしかない。


「ボギー!! このまま共和国軍を突っ切れ!!」


「マジですか!?」


「ああ、マジだ!!」


 自国とは言え馬車を止め王国軍に捕まるのは避けたい、中立地帯での立ち回りで俺は目を付けられているからな……ならばダメ元で共和国軍に突っ込んで強行突破するしかない。

 こうなったら全ての陣営を敵に回してでも俺がやりたいようにやるだけだ。


「うおおおおおっ!! そこを退けーーーーーーっ!!」


 俺は御者席、ボギーの横に立ち剣を振り回す。

 こけ脅しでも何もしないよりはマシだ。


「あれ……?」


 俺の剣幕に恐れをなしたのか共和国軍はあっさり道を開けた、それどころか俺たちの後ろに付いてきた王国軍と交戦状態に突入したではないか。


「どうなってやがる……?」


 状況が掴めぬまま馬車は進むが、前方でバリケードが張られていることに気づいた。


「どうしやす旦那!?」


「駄目だ、急いで減速を!!」


 バリケードは木材を組んだ大掛かりな物で、前方に槍の様な突起が付いている。

 あれに対して強硬突破を掛けようものなら馬が串刺しになってしまう。

 くそっ……ここまでか?


「アクセルさん!!」


「大丈夫だ、お前だけには手を出させない」


 不安そうなイングリットを宥め俺は幌馬車から降りる。

 そして俺たちを取り囲む共和国兵に対して剣を構える。

 すると兵士を掻き分け一人の男が前に出てきた。


「まあまあそう怖い顔をなさらずに、こちらに交戦の意思はありませんよ」


「あんたは?」


「これは申し遅れました、私は共和国軍守備隊長のレガートです」


 いかにも青年将校といった成りの男はそう名乗った。

 しかし交戦の意志が無いとは一体?


「失礼ですがあなたはアクセル様でしょうか?」


「何で初対面のあんたが俺の名前を知ってる?」


「ある人物から聞いていたのですよ、間もなく王国側からあなたが来ることをね……その人物はアクセル様、あなたを連れてくるように私に命じました、ご同行願えますか?」


「嫌と言ったら?」


 俺のその言葉を聞いた途端レガートはとても爽やかな笑みを浮かべてこう言った。


「困ったお人だ……あなたには最初から拒否権は無いのですよ?」


 彼の後ろに控える共和国兵が一斉に抜刀、弓を番える。


「パパをいじめるなーーー!!」


「やめろカタリナ!!」


 今にも飛び掛りそうな勢いのカタリナを制する。


「分かった応じる、だがこちらにも条件があるぞ」


「どうぞ仰ってください、善処しましょう」


「俺以外の奴らには手を出さないで欲しい、非戦闘員ばかりなんだ」


「いいでしょう、ですがキャスリン様だけはそう言う訳には参りません、私共で身柄を預からせてもらいます」


「くっ!!」


「よい、アクセル」


 キャスリンが颯爽と俺の前へ出る。


「私は帝国の女王キャスリンなるぞ!! その名に賭けて逃げも隠れもせん!!」


 堂々と啖呵は切っているが、彼女の身体は小刻みに震えていた。

 ああ、なんて俺は無力なんだ……結局キャスリンの事を守ってやるどころか逆に守られてしまっているではないか。


「これはご無礼を、それではどうか我々とご同行を願えますかな? お前たち、ご案内して差し上げろ」


「はっ!!」


「キャスリンさん!!」


 あんなに仲が悪かったイングリットがキャスリンに声を掛けるが、

 キャスリンは共和国兵に囲まれ連れていかれてしまった。

 一瞬だけこちらに向けられた顔には悲しみの混ざった笑みが浮かんでいた、そして


(ありがとう……)


 と唇が動いていた。


 俺は身体の奥底から熱いものが湧き上がっているのを感じた、これは怒りだ。

 しかしここで俺が考えなしに暴れてしまってはキャスリンのせっかくの行動が無駄になってしまう。

 深く深呼吸をし、怒りを押さえつける。


「おい、レガートと言ったな、俺は何をすればいいんだ? 俺に何かをさせたいんだろう? だからこんなに用意周到に待ち伏せをしていたんだからな」


「これはお話しが早い、あなたはあのお方が仰っていた通りの頭の切れるお方の様だ」


 レガートは拍手をしながら俺を褒めるが、逆に馬鹿にされている気分だ。


「初めに申した通り私共はあなた方と敵対する気は毛頭ありません、我々の申し出を受け入れてくれるのならあなた方に危害を加えないと誓いましょう」


 そういえば聞こえがいいが、逆に捉えると言う事を聞かなければ殺すと言っている様なものだ。


「勿体付けるな、さっさと言え」


「まぁそう焦らずに、王国軍に追われてお疲れでしょう? こちらへどうぞ」


 用意してあった馬車に乗せられた俺たちはしばらく移動した後、一軒の大きな屋敷に到着した。


「ここは国外からのご来賓をおもてなしさせて頂く迎賓館になっております、まあ今となっては使われない屋敷になってしまいましたが、さあお入りください」


 俺たちはアルバトロスの高級ホテルと比肩する豪華さの屋敷内へ案内された。

 そしてレガートにソファーに座るよう促される。


「なんで俺たちがこんな手厚い歓迎を受けなきゃならないんだ?」


「それは勿論あなた方が国賓級のお客人だからですよ」


「そういうならキャスリンもこちらに連れてくればいい、あいつこそが国賓だろう」


「キャスリン様にはあなた方とは別におもてなしをしています、ご心配なさらずに……それにあなた方を一所ひとところに置いては逃げられる可能性がありますので」


 結局は人質じゃないか。


「それにしたって意味が分からないな、俺はお前らにこんな扱いを受ける謂れは無いと思うんだが」


 俺が共和国に入ったのは今日が初めてだ、当然知り合いもいないし冒険者としての名声がここまで知れ渡っている筈もないのでこの扱いははっきり言って不気味以外の何物でもない。


「それはそれ相応の依頼をするのですから当然です」


「そろそろ話してもらおうか、その依頼とやらをな」


「そう急ぐまでの事ではないのですが、あなたは大層せっかちなご様子……では申し上げましょう……アクセルさん、あなたには共和国首都に陣取り我がもの顔の魔女を討ち果たしてもらいたいのです」


「何だって!?」


 待て待て、話しが全く見えないぞ? 確かに俺たちはキャスリンの王冠を奪還するために魔女を追って共和国まで来たが、まさか共和国側から魔女討伐の依頼を受けるとは想像もしていなかった。


「魔女はお前たちと手を組んでいたのではないのか!? 実際あの女は帝国の王冠を持ち去り手元に置いているんだぞ!?」


「それは誤解です、我々が魔女と手を組むなどあり得ません!! こちらとしても大変被害を被っているのです!!」


 ああ、これは可能性としては考えられた事だったな、ただそうでは無いだろうと無意識に選択肢から外していた事だった。

 間違いない、あの魔女は生粋の愉快犯だ、世界を混乱させ楽しんでいるのだ。

 わざと人間の国家間の軋轢まで利用して問題を複雑化して、それを解決しようと挑む人間が苦しむさまを上から見下し愉悦に浸っているのだろう。


「しかし腑に落ちないな、なぜ俺を待っていた? なぜ自分たちで魔女を退治しなかった?」


「それは魔女がアクセルさんを名指しで要求したからですよ、勿論首都を奪還するために何度も戦いを挑みましたとも、しかしそのすべてが返り討ちに会いました……我々では無理だったのです

 こうなってはもうあなたにすがるしかないのです」


「そうは言われても俺だって伝説の勇者じゃないんだぜ? 共和国軍が敵わないそんな奴の相手が俺に務まる訳が無いだろう」


「それでもあなたが出向けば何かが起こるのではと我々は期待しているのです」


 別にこいつらがどうなってしまうかなんて興味は無いが、魔女に苦しめられているという一点においては利害が一致している……どうなるかまでは責任を持てないがやるだけやってやろうではないか。


「分かった、その依頼受けよう」


「本当ですか!?」


「だがお前たち共和国にも協力してもらうからな?」


「それはもちろん!!」


 こうして俺たちと共和国は手を組み魔女に挑む事とになってしまった。

 

 しかし、どうしてこうなった?

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