第33話 魔女

 「済まないな、騒がしくて」


 深夜、みんなが寝静まってからライムの元を訪れた。

 彼女はこちらを向く気が無いらしい、仕方なく俺は彼女の背中越しに話しを始める。


「いいわよ別に、あんたが居なくなったここはまるで葬式みたいに静まり返っていたわ……特にイングリットはね、久しぶりに騒がしいくらいどってことないわよ」


「そうか……ところでお前に聞いてもらいたいことがあるんだが」


 イングリットとキャスリンの喧嘩で、あの場でライムに報告出来なかった事があったのだ。

 俺の勘だがあの騒ぎが無かったとしても俺以外には答えないだろう事柄……。


「キャスリンの王冠を奪った女の話しをしたよな、あれは恐らく魔女だ……」


 ライムの身体が一瞬だがぴくんと反応した。


「お前さ、以前自分は『蔦の魔女』と呼ばれていた話をしてくれた事があったよな、それに不死の実験をしていた魔女の話しも……」


「よくそんな前の話しを憶えてるわね、不死者はゾンビと違って記憶力はいいのかしら?」


「はぐらかすな、俺があの魔女にあった時、お前に初めて会った時と似た感覚を覚えたんだ……それってやはり魔女特有の存在感というやつじゃないのか?」


「………」


 ライムは答えない、しかし今彼女から情報を聞き出さなければいけない気がしていた……今を逃せばもうこんな機会は巡ってこない、そんな気が。


「実は旅の途中で俺は自分の過去を断片的に思い出したんだ……幼い頃に両親を失い俺自身も死にかけた馬車の事故……それを境に俺の不死身が始まったと思うんだ」


「……その根拠は? 何でそう思うのよ?」


「俺に薄れゆく意識の中、何やら話しかけてきた人物が居たんだ……内容までは思い出せないんだがいくつか質問をしてきた気がする、それから意識が戻ると身体は傷一つ無くなっていたんだ……これって不死を研究していた魔女の仕業ではなかったのかと思うようになったんだ」


「はっ、そんな朧げな記憶を信じるの? きっと死にかけた時に幻聴ないし幻覚を見たのよ」


「確かに以前なら俺もそう思ったろうな、だが魔女の存在を目の当たりにして考えが変わった、全てが繋がった気がしたんだ」


「あーーー分かった、分かったわよ……私が何か言わないとこの話しは終わらないんでしょう? あんたのしつこさには負けたわ」


 暫く考え込んでから諦めたのか、両手をグンと伸ばし椅子ごと俺の方に向き直った。


「魔女ってのは不老長寿なの、私もひっくるめてね……だから時間を持て余して怠惰に過ごす者、好きな事に没頭する者の大体二つに分かれるのよ」


「じゃあライムは好きな事に没頭する方か?」


「違うわよ、どちらかと言うと前者に近いわ……昔はあんたの言う通りだったかもしれないけど、長く生き過ぎるとやはり悟ってしまうのよ、いつまでこんな事を続けなければならないんだろうって」


「少し分かる気がする、だからこそ俺は死ねる元の身体に戻りたかったんだ……何事も終わりがあるから頑張れるのであって、それは人生も同じだってな」


 今、俺の話しを聞いてライムの瞳が一瞬潤んだ様に見えたが気の所為だったか?


「フン、たかだか三百年しか生きていないくせに生意気ね」


「千年生きてるお前には釈迦に説法だったな」


 釈迦って誰だ?


「話を戻すわ、その好きなことに時間を使う魔女たちに『不死になる方法』の研究が流行った事があったの……不老長寿の存在だっていずれは死ぬ、だから文字通り永遠の命を求めたのね」


「その魔女たちはどんだけ精神がタフなんだろうな……わざわざ死ねなくなる道を探すなんて」


「そうね、今の私にも理解できないわ」


「それで実際不死身になった魔女は居るのか?」


「さあ、成功したって話は聞いたことが無いわね」


 魔女という存在を俺なんかが理解しろと言うのがそもそも間違いなのかもな。

 しかも時間を持て余しているというのならキャスリンが魔女に対して言っていた、わざと騒ぎを起こしそれを見て楽しむという愉快犯説も信ぴょう性を帯びるというものだ。


「ライムの話しが聞けて良かったよ、これで意地でもあの魔女に会わなければならなくなった……ありがとうよ」


「あっ、アクセル?」


「何だ?」


「いえ、やっぱり何でもないわ、お休みなさい」


「おかしな奴だな、お休み」


 最後にライムは何を言おうとしたんだろう? まぁ、あいつの事だ、まだ隠していることがあるんだろう……だが今はこれでいい、とにかく共和国に潜入してあの魔女から色々聞き出してやる。




 翌日……俺はまたアルバトロス商業特区に戻る。


 今回はイングリットとカタリナも同行する、キャスリンと合わせて四人パーティーだ。

 本当はイングリットは今回も置いていくつもりだったのだが……。


「キャスリンさんが付いて行くのに私だけが留守番なんて納得できません!!」


 物凄い剣幕で俺に食って掛かるイングリット。


「だから言ってるだろう、お前を危険な目に合わせたくないんだって」


 今回は今までの冒険とは訳が違う、戦争か絡んでいるのだ。

 そこへ戦闘能力のない、か弱いイングリットを連れて行くのはどう考えても危険だ。


「ふふん、貴様のような素人の出る幕ではない、ここで大人しくしておれ」


 出た、キャスリンが余裕があるときだけ使う男言葉が。


「あなたの魂胆は分かっていますよ!? 私の居ないこの隙にアクセルさんを寝取ろうというんでしょう!?」


 ブーーーーッ!!


 俺は思わず吹き出してしまった。

 イングリット、どこからそんな下品な言葉を?


「寝取るなどとは人聞きの悪い……そもそもアクセルは貴様の物ではないだろう?」


「私とアクセルさんにはカタリナと言う娘がいるんです!!」


「ママ……?」


 カタリナの肩を掴んで自分の前に立たせる。


「はっ!! そんな戯言、誰が信じるか!!」


 また始めるの!? いい加減にしてくれないか……。


「分かった分かった!! 取り合えずイングリットも付いてきていいから……

 でも俺が危険と感じたら最寄りの街や村に置いていくからな?」


「はい!! ありがとうございます!!」


 ドヤ顔のイングリットと眉間にしわを寄せ険しい表情のキャスリンが睨み合うも、プイっとお互い顔を背け荷物の準備を始める。


 やれやれ、こんな針のむしろのような状態がこれからも続くのか?

 今から先が思いやられるぜ。




 森を抜け、迎えに来ていたボギーの幌馬車に乗り、俺たちは一路アルバトロ商業地区へ向かうはずが、馬車は東に向かって進路を取った。


「おい、アルバトロスに向かうんじゃないのか?」


「旦那、あれを見て下せぇ」


 ボギーに言われて向かうはずだった南を見ると、陸の起伏に隠れて人影が見えた、それも一人や二人ではない……かなりの数だ。


「あれは王国軍か?」


「そのようで、どうやらあっしが付けられしまったようです、すいやせん」


「いやお前のせいじゃない、俺が無理を言ったからだ、済まない」


 迂闊だった、祠には情報収集とカタリナを戦力に加えるという重大な要件があったとはいえ、時間短縮の為に馬車を使ったのが裏目に出たか。

 恐らく街での目撃情報タレコミがあったのかもしれない、俺もそうしているように金を積めば情報なんていくらでも集まるご時世だからな、街の人々を責めるのはお門違いだ。


「このまま共和国方面に向かいやす!! 少々荒っぽくなりやすがご容赦を!!」


「任せたぞ!!」


 ボギーは手綱を操り、馬に発破をかける。

 俺たちの方向転換に気づいた王国兵も馬にまたがり俺たちの追跡を始めた。


「おい!! 大丈夫なのかアクセル!?」


「俺に聞くな!!」


 キャスリンの焦りは分かる……これでは折角アルバトロスが準備してくれた潜入作戦が水の泡だ。

 共和国へは向かっているが全くの無策……俺たちはこれからどうなってしまうのだろうか?

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