第32話 会ってはならない出会い

 アルバトロスが共和国に俺たちを送り込む準備をしている間、俺は一旦ライムの祠に戻ろうと思う。

 

 そろそろカタリナの知恵熱が下がっている頃だ、そして何より俺はイングリットに会いたかったのだ。

 それというのも姿かたちが瓜二つだが性格がきついキャスリンが四六時中側にいるというのもあって、性格の穏やかなイングリットが恋しくなったのかもしれない。

 

 人が恋しい? 昔の俺が聞いたら大笑いするか呆れるかのどちらかだな……だが今は本心からそう思っている。

 自分が不死なのを言い訳に俺はあまりにも人との出会いを蔑ろにしてきた。

 それがどうだ、最近は望むと望まざるを問わず人と良好な関係性を築けているではないか……以前の頑なだった俺が滑稽に思える程にな。


「ちょっとあんた、どこに行こうっていうの?」


 部屋で座って靴紐を縛っているとキャスリンが話しかけてきた。


「ああ、アルバトロスの準備完了まで少しばかり時間があるんでな、一度本拠地に戻ろうと思ってる」


「本拠地? この街では無いの?」


「そうか、お前には話してなかったな……はっきりした場所は言えないが別にあるのさ」


 そして俺がリュックを背負い部屋から出ようとすると……。


「まさかあんた、私をここに残して行く気?」


「ああ、お前の警備はアルバトロスたちに頼んであるから心配するな」


「そうじゃなくて、そこに私も連れて行きなさいって言ってるのよ!!」


「はい?」


 何だ? キャスリンの奴どういった風の吹き回しだ?


「あんたは私の面倒を最後まで見ると言ったはず、それなのにその私を蔑ろにして自分だけ里帰りですって? そんな事許されるとでも思う?」


「だから他の人間にだな……」


「他の人間に警備されるなんてまっぴら御免だわ、昨日今日出会ったばかりの人間に命を預けるなんてもっての外!」


「それを言ったら俺もそう変わらないと思うんだが……」


「四の五の言わないで!! いいから私も連れて行きなさい!! いいわね!?」


「分かったよ……」


 まったく、一度言い出したら聞かないなこの女王様は……こんな気性でよく穏健派だなんて言えたものだ。

 だが付き合いは短くともこいつの弱い所も見てしまっている……またライムの大目玉を食らうだろうが、キャスリンも連れて行ってやるか。



「あらアクセルさん、こっちは馬車の準備出来てるわよ? ってなんでキャスリン様が一緒なの? 確かうちでお守りする事になっていなかったかしら?」


「済まんジェニー、こいつも連れていく事になった」


「そういう事よ、良きに計らいなさい!!」


 俺とキャスリンはボギーが御者を務める馬車に乗り込む。


「ジェニー、リリアンのこと宜しく頼むよ」


「任せておいて」


 リリアンは一度この街にある施設に預けることにした……俺のような風来坊に子守は無理だ。

 馬車が出発する……俺たちは一路、ライムの祠を目指す。




「お前さ、そこに行ったらきっと腰を抜かすぜ?」


「どうして?」


「言うと思うか? その時のお前の驚く顔を拝むために秘密だ」


「相変わらず性格が悪いわねこの男は、でも前もってそんな事を言ったら私は警戒して驚かないかもしれないわよ?」


「俺が思うにそれは無理だね」


「どうしてそう言い切れるの?」


「まあその時を楽しみにしておけよ」


 幌馬車の中、俺とキャスリンは他愛のない会話に花を咲かしていた。

 そんな俺たちに背中越しにボギーが話しかけてきた。


「お熱いですね~~~お二方はまるで恋人同士の様ですぜ?」


「誰がこんな奴と!!」

「誰が恋人同士ですって!?」


「すっ、すんません」


 同時に否定されボギーはたじたじだ。

 それ見ろ、おかしなことを言うから今度は沈黙が場を支配した。

 キャスリンは時折俺に視線を向けるがすぐに逸らしてしまう。

 俺も場が持たず剣の手入れを始めた。


「着きやしたぜ!!」


 馬車は森の前で止まった。


「ここが目的地? 何もないじゃない」


「俺だけの本拠地じゃないんでね、まじかまでよそ者を近づけられないんだ」


「ふ~~~ん」


「ここからは歩きだ、結構距離があるから覚悟しろよ?」


「わっ、分かったわよっ」


 自分で付いてくると言ってしまった以上、文句は言わないか。

 それくらいの分別は付くようだな。

 俺が森に分け入るとキャスリンは黙って付いてきた。


 いつもの様に蔦の壁まで来ると、独りでに入り口が開く。

 そこに二人で入っていった。




「アクセルさ……ここをあんたのハーレムか何かと勘違いしてない? よくもまあ次から次へと女を連れ込めるものね……」


 ライムが心底呆れかえった表情で俺を迎える。


「久しぶりに会ったのにご挨拶だな、これはお前が出した試練がらみでもあるんだぜ?」


「じゃあ何だっていうの?」


「このお方はな、帝国の女王様なんだぞ!!」


「へぇ~、これがねぇ……」


 これ呼ばわりかよ……さすが世を捨てこんな所に引きこもっているだけあって、相手が女王でもお構いなしか。

 値踏みするようにキャスリンを眺めるライム。

 キャスリンが内心ムッとしているのが感じ取れる。


「この子さ……」


 ライムがそう言いかけた時、パタパタと忙しない足音が迫って来るのを感じる。


「アクセルさんが戻って来たんですって!?」


 足音の主はイングリットだった、余程急いで来たのか息を切らせている。

 そして瞳を潤ませて俺の方を見つめて来るではないか。


「そうそう、この子イングリットにそっくりよねって言おうとしてたのよ」


 ライムがそう言い終えた途端、イングリットとキャスリンの視線がぶつかる。

 お互い目を見開き、口も開いていく。


「アクセルさん!! 誰ですかこの女!? 私に化けるなんて!! 騙されてはいけませんよ!! きっと夢魔の類のものです!!」


 イングリッドが駆け寄ってきて俺の左腕を力いっぱい引っ張った。


「アクセルお前!! 私というものがありながら既にこんな女を囲っていたのか!? それも私に似ているなど趣味が悪いにも程がある!!


 そういってキャスリンは俺の左腕にしがみ付き、イングリットと睨み合いを開始した。

 しかしキャスリンの言い分は滅茶苦茶だ、お前よりも先にイングリットと出会ってるんだぞ。

 いつから俺とお前ってそんなに親密な関係になったっけ?


「あーーーー、もううるさい!!! 痴話喧嘩はよそでやれーーーー!!!」


 あっ、とうとうライムの堪忍袋の緒が切れた、さすがの剣幕に二人は口を噤んだ。




「……という訳で今に至った訳だ」


 例の蔦のテーブルと椅子の部屋、そこで俺は旅立って戻るまでにあった事柄をみんなにこと細かく説明した。

 それだけで数時間を要し、今の俺はヘトヘトであった。


「へぇ、アクセルって不死身なんだ……」


「なりたくてなったんじゃないぞ、気が付いたらそうなっていた」


 本当なら無関係なキャスリンに教えるつもりはなかったが、試練の事は切っても切り離せない話しなので彼女に不死身がばれてしまった。


「気持ち悪いだろう? だがお前さえよければこの戦争が終わるまでは協力したいんだがどうだ?」


「別に構わないわよ、あんたが不死身だなんて関係ないもの……それにあんたはあんたでしょう? 逆に私が協力できることはするから何でも言って頂戴!!」


 妙に優しいなキャスリン、そう思っていると痛い視線が飛んでくる……イングリットが得も言われぬ恐ろしい表情でこちらを睨んでいた。


「私と離れている間に随分と親密な関係をお築きになていたようで……いっその事ご結婚なさってはいかがです?」


 始まったイングリットの嫉妬モード……これが始まると途端に性格がねちっこくなるんだよなぁ。


「良いのか? では本当にアクセルを私のものにするがそれでよいな? イングリットとやら」


「よい訳ないでしょう!? アクセルさんと私はあなたより長い時間を共に過ごして、この間なんて寝所でハグまで行ったんですからね!!」


「おい、みんなの前でそういう事言うな!!」


 ああ~~~こうなってはそう簡単には止まってくれないぞ?


「ハグ? そんなもの挨拶だろう、その程度で良ければいくらでもできるぞ」


 キャスリンが俺を引き寄せ抱き着いてきた、柔らかい双丘が俺の胸に当たる。


「なっ!! そのみっともない脂肪の塊をアクセルさんから離しなさい!!」


「何を言う!! お前にはその脂肪の塊すら満足に無いではないか!!」


 顔は同じなのに確かにイングリットの方が胸がささやかだ。

 しかしそれを言っちゃあお終いだ。


「キーーーーーーッ!!」


 未だかつてない程にイングリットがヒステリックになった、これはまずい。

 いよいよ俺が身を挺してでもこの大喧嘩を止めなければ……。


「パパ……?」


 部屋の外から聞き慣れた声で聞き慣れない単語が聞こえてくる。

 声がする方を見るとそこには入り口から半身を乗り出しているカタリナが立っていた。


「やっぱりパパだーーーー!!」


 俺と目が合うなり、カタリナは俺に向かって全身でダイブしてきた。


「カタリナか!? お前、しゃべれるようになったのか!?」


「うん!! ママがね? カタリナがお利口にしていればパパが返って来るって言ってたの……そしたら本当に帰って来てくれた」


「パパ? ママ? 誰の事だ?」


「……パパはあなたの事ですよ、アクセルさん」


「じゃあママは……」


 イングリットは黙って手を上げる……顔は火が出そうに真っ赤だ。


「なっ、アクセル貴様!! 既にこの女と結婚してこんなに大きな子供がいたのか!? 見損なったぞ!!」


「違う!! そんな訳あるか!! さっきまでの話しの流れでどうしてそうなる!? よく見ろ、あんな若い妻にこんな大きな子供が居るわけないだろう!!」


「いま妻っていったわね!? やはりそうなのね!?」


「あーーーー、もう!! いい加減しろ!!」


 キャスリンはどうも頭に血が上ると冷静な判断が出来なくなるようだな、肝に銘じておかなければな。

 ふとイングリットに視線を移すと、何とニタっと笑顔を浮かべていた……今の事で自分にアドバンテージが付いたのを確信したのだろう。


「馬鹿らしい……私は寝る……」


「おいライム~~~」


 女は怖い……。

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