第31話 暗躍する女
「まずはリリアンを探すぞ!!」
キャスリンの王冠を盗んだのがまだ誰かは断言できない、しかしリリアンが巻き込まれたか関わっている可能性が高いのだ、彼女を探すのが俺たちが一番にやるべきことだろう。
「ちょっと、私はどうすればいいのよ!?」
「お前はホテルの中を探してくれ!! 俺は外に行く!!」
おたおたしているキャスリンを置いて俺は階下へと降りる。
一階のロビーに丁度見知った顔がある、スキンヘッドのブービーだ。
「おいお前、これくらいの背の女の子を見なかったか?」
俺は自分の胸辺りに手を置きブービーに尋ねた。
「やあアクセルさん、それ位の子なら朝早くに出ていきましたよ」
「何か言ってたか?」
「まだ薄暗かったんですけど、早くに目が覚めたから散歩に行くって言ってたかな……それっきり帰ってないですけど」
「外か……それでその子は何か持ってなかったか?」
「へい、何やら布に包んだ物を抱えてましたね」
「ありがとうよ」
俺は銀貨を一枚弾いてブービーに渡した。
くそっ、リリアンが一人で王冠を盗んだという仮説が現実みを帯びてきた。
もう日が昇ってしまっている、逃げた方角も分からないのに今からリリアンに追い付けるか?
すると向かう先から言い争いの声が聞こえる……どちらも女性の声だ。
「あの、放してください」
「だめよ、あなたのような幼い子が街を独り歩きなんて……それにあなたアクセルさんのお連れでしょう? 心配したらどうするの? アルバトロスは他の街に比べれば治安はいい方だけどそれでも危険なのよ?」
何と、ジェニーがリリアンを捕まえて説教しているではないか。
これは偶然とはいえ不幸中の幸い、ジェニーグッジョブ!!
「リリアン!! ジェニー!!」
「あっアクセルさん、いい所に来てくれたわ、この子がね? あっ!!」
リリアンが俺の顔を見た途端、ジェニーの腕を振り切り逃走したのだ。
「何がどうなってるの?」
「すまん、後で説明する!!」
茫然と立ち尽くすジェニーに構わず俺はリリアンを追いかける。
あんなにちっこいのに何て素早さだ、しかし段々距離は詰まっている。
リリアンを射程距離に捉えた俺は横っ飛びに彼女に飛びついた。
「捕まえたぞ!! 観念するんだな!!」
「離して!! 離してよぅ!!」
傍から見ると完全に男が少女を襲っている絵図らだが、そんなことは言ってられない。
俺はリリアンを立ち上がらせ正対するようにしゃがみ込み、彼女の両手首を掴んで目を見る。
「なんでこんな事をしたんだ?」
「……頼まれたから」
観念したのかリリアンは少しづつ語りだした。
「頼まれた? 誰に?」
「それは……」
「あらあら、ダメよ? そんなにペラペラしゃべっちゃ……」
そこまで言いかけたところで突然、知らない女の声が割り込む。
「誰だ!?」
話しかけられるまで気が付かなかった……。
こんな感覚、以前どこかで感じたことがあるぞ……。
リリアンのすぐ後ろにその女は立っていた、そしてリリアンの頬をねちっこく撫でまわしている……その時のリリアンの顔は恐怖そのものだった。
頭の先端が尖ったつばの広い帽子をかぶり、その艶めかしいプロポーションを強調する身体に張り付いたロングドレス……色は全て限りなく黒に近い紫だった。
女のいで立ちは見る者の不安や焦燥感を煽って来る。
これではまるで伝承や絵本に出てくる魔女そのものだ。
「これは貰っていくわね……もしもこの王冠を取り戻したいと思っているなら共和国に来なさい」
そう言うと魔女風の女は地面から立ち上る闇の渦に身体を包みその場から一瞬にして消えうせた。
「待て!!」
しかしとっくに女の姿は消えている。
「ごめんなさい!! ごめんなさい!! あの人が王冠を盗んでくればあたしを自由にしてくれるって言ったから!! あたしはまだ死にたくない!! 死にたくないよ~~~!!」
堰を切ったように号泣を始めるリリアン、きっと俺に出会う前に既にあの女に魅入られてしまったのだろう……
何とかなだめ、こうなってしまった経緯を聞く……数日前、あの女が中立地帯のリリアンの前に現れてこう言った、『王冠を盗んでくれば中立地帯から連れ出し自由にしてやる、しかしそれが出来なければ殺す』と……契約と言うより脅迫に近い約束を強いられていたのだ。
「あの女も目的を達したのだからお前に手を出すことはもう無いだろう、望み通りお前は自由だ」
「アクセルさん……うわあああん!!」
俺の胸に飛び込み泣きじゃくるリリアン。
しかしあの女、こんな幼気な少女を使ってまで帝国の王冠を欲しがるとは、一体何が目的だ?
状況が状況だけにキャスリンを置いてきてしまった、彼女は彼女で保護対象だこのままにはしておけない。
俺はリリアンをおぶると急いでホテルへと駆けていった。
「どう? リリアンは見つかった?」
ホテルにはキャスリンがいた。
良かった、留守の間に何かあったのでは面倒を見ると豪語した俺の立場が無い。
「御覧の通りだ」
俺の背中で寝息を立てているリリアンを見せる。
「良かったわね」
「だけど王冠は……」
「歯切れが悪いわね、話しを聞かせなさい」
俺は先ほどあった魔女風の女とのやり取りをキャスリンに話した。
「なあキャスリン、あの王冠はそこまで重要なものなのか? 金銭的な価値が相当なものなのは分かるが……」
「これだから平民は困るわね……王冠は正当な王位継承の証、あの王冠を頭に頂いていないものは仮に王位継承権があろうとも側近や国民に王として認めてもらえないもの」
「なるほど、それではお前が居なくなった帝国では前言ってたグスタフとやらが実権を握っていても王冠が手元にない以上、王にはなれないってことか」
「あら、少しは分かって来たじゃない」
「じゃあ何故共和国側の魔女? が王冠を欲しがったんだろうな、共和国が王冠をちらつかせて帝国との交渉に使うとか?」
「その線も捨てきれないけど分からないわね、真意があるのか、ただの愉快犯か……」
「愉快犯だ? そりゃ傍迷惑な……だが何故そう思った?」
「理由が無いのが理由って場合も考慮したまでよ、だってその魔女、必ずしも共和国に組みしていると確定した訳じゃないでしょう?」
「確かに……」
さすが学のある女王様だけはある、一般常識的な知識は欠落しているくせにこういった分析には長けているんだな……少しでも軍略的な事に興味を持っていればグスタフの謀略に嵌らなくて済んだものを。
「どちらにしろ王冠は奪還しなければならない、しかしどうやって共和国へ行く?」
「それは我々にお任せを……」
そこへ現れたのはアルバトロスだった。
「申し訳ございません、挨拶に伺ったのですがお話しが聞こえてしまったので……」
本当か? 怪しいな。
「何か手はあるのか?」
「ここアルバトロス商業特区は謂わば治外法権……他国と取引をするのに王国の許可を取る必要はございません……ですから共和国と取引するのも自由、その気になれば帝国とだって取引可能ですよ」
「改めてすごいなお前……」」
「恐れ入ります」
「それじゃあ方法は任せるから俺たちが共和国に潜入する手はずを整えてくれ」
「畏まりました、五日ほどお時間を貰います」
まだ俺たちは手詰まりになっていない様だ、こうなったら下手なプライドは捨てて人の助けを受けてでも戦争を終わらせる……そしてついでに俺の試練も成し遂げてやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます