第30話 失われた王冠
「何で私がこんなボロ布を纏わねばならないのだ……」
「仕方ないだろう、お前のその恰好が目立つんだから、そうそう王冠も外しておけよ」
「王冠もか!?」
「当たり前だ、どこの世界に王冠を被った一般女性が居るんだよ!!」
王冠を被り、派手な装飾の鎧を着ているキャスリンを連れて街中を歩くのはいくら何でも目立ちすぎる。
そのため彼女をマントで覆い服屋へ急ぐ。
「あたしこの街に来るの初めて、凄い綺麗な街だね~~~」
「そうだろう、この街はつい最近ここまで大きくなったんだ、中立地帯にずっと住んでいたリリアンには珍しいだろう?」
「うん!! やっぱりアクセルさんに付いて村を出てよかった!!」
「それよ、お前さ勝手に出て来て両親は心配してるだろう?」
「ううんそれは大丈夫、あたしは孤児だから……村のみんなに育てられたんだけど、いつまでもお世話になってちゃいけないと思って……」
ぐっ、予想外に重い話しになった。
それはさておき、俺たちは無事アルバトロス商業特区に戻ってきた。
馬車に追いすがる王国兵を俺の矢で追い払いながらなんとか振り切った。
それからは独走状態、馬がへばって給水に止まった以外はほぼノンストップでここまで来れた。
街に到着後ボギーと別れ、この目立つ女王様に服を買うために移動中だ。
「おおっここだ、女性服専門店」
華やかで煌びやかな看板のいかにも女性が喜びそうなお店だ。
キャスリン、リリアンと一緒に店に入る。
こいつは……場違いなところに来てしまったな。
店内にはずらりと色とりどりの女物の服がハンガーに掛かっており、ショウウインドウには希少そうな宝石や金がふんだんにあしらわれたアクセサリーが飾ってある。
俺には縁のない絶対に一人では来ない店……少し眩暈を覚えた。
「うわ~~~、綺麗なお洋服がいっぱい!!」
瞳を輝かせてはしゃぐリリアン。
「フム、中々悪くない店だな……」
キャスリンが商品を物色しながらつぶやく。
「いらっしゃいませ!! 何かお探しでしょうか!?」
ピンクのスーツを着た品の良い女性店員が話しかけてきた。
「この店で一番高い服はどれだ? この私が着るのだ、それ相応の価値のあるドレスを出せ」
「ちょっと待て、今はそうじゃないだろう? 目立たない服を買いに来たんだ」
こいつ、自分の置かれている状況がまだ分かってないらしい。
逃避行中に高価な上、派手で歩き辛い服を買ってどうするよ。
「あの……」
「ああ済まない、日常生活で着る機能的な服を見せてくれないか?」
「はい、でしたらこちらです」
案内されたコーナーはごく一般的な、庶民が着る服が並んでいる。
「なんだ面白みがない」
「仕方ないだろう?」
「興が削がれた、貴様が服を見繕え」
「何?」
俺に女の服を選べだと?
自慢じゃないが生まれてこの方、彼女すらまともにいたことが無い俺に?
正直どれを選べばよいか分からない。
しかしこんな落ち着かない店にいつまでもいられない。
ここはキャスリンと顔がよく似ているイングリットが着たら似合いそうな服を選んでみるか。
「これなんかどうだ?」
俺は山吹色が美しいワンピースを選んだ、イングリットが着ていたピンクのワンピースにデザインが少し似ている。
「ふーーーん、もうそれで良い……さっさと買ってくるがよい」
「いや、ここで着替えるんだよ
すみません、これを買います……着て行ってもいいでしょうか?」
「ありがとうございます!! さあお嬢様はこちらへどうぞ!!」
店員の案内で試着室に入るキャスリン。
鎧を脱ぐゴトゴトという洋服屋ではあり得ない音を立て着替えが始まった。
「済まぬ店員、服の着方が分からないのだが……」
「お手伝いします」
「ウム、頼むぞ」
恐らく帝国の生活では服を一人で着替えることなどなかったのだろう。
こいつはこいつで今の状況は大変なんだよな。
「どうだ? おかしなところは無いか?」
試着室のカーテンが開くと、自信満々にポーズを決めた山吹色のワンピースを着たキャスリンが立っていた。
「ああ、似合ってるぜ」
「キャスリンお姉ちゃん綺麗……」
俺の服のチョイスに間違いはなかった……そもそもイングリットというモデルが居るんだ、似合わないはずがない。
「それでこちらはどうしましょう……」
脱ぎ捨てられた鎧を見て困り顔の店員。
「持ち帰りで……」
「ありがとうございました!!」
俺はリュックに鎧をしまい込み、店員に見送られながら三人で店を出た。
「なあ、この鎧、捨てていいか?」
「何を言う!? それは由緒正しき王家の鎧だぞ!! それを捨てるだと!?」
「仕方ないだろう? この鎧があると色々と面倒なんだよ……重くて嵩張るし、売ったら売ったでそこから足が付く……それで王国兵に見つかったら俺たちは終わりだ」
「むむっ致し方ない……処分は任せる……だが王冠は、王冠だけは残してはくれぬか?」
「それはむしろ持ってろ、王冠はただの飾りではないからな……お前を女王たらしめる大切なものなのだろう?」
「ああ……恩に着る……」
そんなに悔しそうな顔をするなよ……俺だって意地悪で言ってるんじゃないんだから……そこから暫く俺たちを沈黙が支配した。
「ところでアクセル、さすがに歩き疲れたぞ……今宵はどこのホテルに泊まるのだ?」
「そうだな……ここなんてどうだ?」
丁度この間見つけた安宿の前に来ていたのでそこを指さす。
「どこだ?」
「だから、こ・こ」
キャスリンが建物を見るなり顔色が見る見る青ざめていく。
「私にこんな馬小屋のような宿に泊まれと言うのか!? 私は絶対にご免だからな!!」
こいつ、どこにこんな外見の馬小屋があるんだよ。
っていうか宿の前で堂々と大声でこき下ろすんじゃない。
「あたしはここでもいいよ?」
「リリアンはいい子だねぇ……」
もう困った女王様だな……仕方ない、ここはアルバトロスを頼るか。
「これはこれはアクセルさん、先日はボギーがお世話になったそうで……」
アルバトロスは出会うなり俺に礼を言った。
その後ろでサムズアップしているボギー、昨日の事は何とか誤魔化してくれたようだな。
「悪いんだがホテルを手配してくれないか? 後ろの女王様が高級ホテルじゃなければ絶対に泊まりたくないと抜かすもんでな」
「ひっ、人聞きの悪い事を言わないでくださる!?」
「え~~~と、その女性はイングリットさんではないのですか?」
しまったな、結局こうなったか……このいきさつを語るとせっかくボギーが誤魔化してくれた事が無駄になっしまう……だがそうもいかない、許せボギー。
「実は……」
俺はここ数日の事をアルバトロスに話した。
「何故遠慮なんてなさったんです? 言ってくださればいくらでも協力させて頂いたものを……」
「いや、直前に生命の種の捜索を依頼しただろう? これ以上迷惑はかけられないなと」
「やれやれ、我々とあなたの関係はそんな薄っぺらいものではないでしょう?
もっと我々を頼ってください、もちろん報酬は頂きますが」
「分かったよ、それじゃあ早速……」
「ホテルの手配ですね? シェリーさん」
「はい、畏まりました社長……では皆さんこちらへ」
俺たちはシェリーに案内され部屋を出る。
「ボギー、ちょっといいですか? 話しがあります」
「へっ、へい……」
きっと彼はこれから根掘り葉掘り社長に尋問されるのだろう、本当に済まんな。
その後、以前俺たちが泊まった高級ホテルにキャスリンとリリアンはご満悦だった。
そして次の日。
「王国のホテルも中々だったな、悪くなかった」
「さいですか……」
ホテル内のサロンでキャスリンに会った。
すっきりした顔しやがって……。
前も言った通り俺はこういうお高い宿では熟睡できないのだ。
「あれ? ところでリリアンはどこ行った?」
「さあ、知らぬぞ? あの子供、私とはそんなに仲は良くないのでな」
何だろうこの胸騒ぎは……俺の勘が良からぬ事が起こっていると告げてくる。
「悪い、お前の部屋に入るぞ」
「何!? ちょっと待て!! 女の寝起きの部屋に入るでない!!」
キャスリンが呼び止めるのも聞かず、俺はキャスリンの宿泊した部屋に入った。
この部屋はツインでリリアンも一緒に泊まっているのだ。
「部屋には居ないか……まさか外に行ったのか?」
他におかしな点は無いか? キャスリンの寝ていたと思しきベッドはシーツが皴々になって片方に寄っているが、リリアンが寝ていた方は使用された痕跡が無い。
それに荷物が無くなっている、それもリリアンの物だけでなくキャスリンの物もだ。
「お前、王冠は持っているか?」
「今起きたばかりよ、まだ今日は見てないわね……それがどうしたの?」
「無くなってるぞ、王冠」
「ななな、何ですって!?」
これはどういうことだ? 考えられることはいくつかある。
その一……第三者、賊がホテルに侵入、リリアンをさらい、王冠を盗み去った。
しかし窓から侵入した痕跡は無い、土足で部屋に入ったならカーペットが汚れているはずだがそれも無い。
正面玄関から入ったなら従業員が気づくはず。
その二……ホテルの従業員に犯人が居る。
それはなるべくなら信じたくはないな、あのアルバトロスに管理するホテルだ、信用できる人間が揃っているはず。
その三……これが一番確率が高く、一番信じたくない事案なのだが敢えて言う。
リリアンが王冠を持ち去った……だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます