第29話 大脱出

 俺は再び見張り小屋から周囲を見渡す。

 すると共和国側に動きがあった。

 

 兵士たちが複数の丸太を横にして担いできた、奴ら中立地帯の塀を突き破る気だ。

 一方王国側も兵が集結し、包囲を固めている。


 まずいな……連携していないとはいえ両勢力が一斉に動けばこんなちっぽけな中立地帯などあっと言う間に陥落する。

 そして俺とキャスリンは捉えられるか殺されるかの二択という訳だ。

 いや、捉えられて処刑されるも追加して三択だな。

 しかも俺たちに決定権は無いときたもんだ。


 こりゃあダメかもな、万策尽きたってやつ?

 って、諦めたら駄目だろう、こうなったら奴らが攻めてきた隙を突いて抜け出すか?

 それとも徹底抗戦か……。


「アクセルさん、これ」


 リリアンに筒状のものを手渡された。


「これはなんだ?」


「遠眼鏡っていうんだって、これを使えばもっと遠くまで見えるんだよ」


「へぇ、どれどれ」


 ほう、確かにこれは凄い……遠くの景色がまるで手に取る様にまじかに見える。


「アクセル貴様、遠眼鏡も知らんのか? これだから平民は」


「うるさいな、使う機会が無かっただけだ、お前のような金持ちじゃないんだよ俺は」


 キャスリンが俺に軽口を叩いてきた、今までの仕返しのつもりなのだろう。

 一瞬ムッとしたがそれだけ軽口が叩けるようになれば大したものだ。

 俺は改めて遠眼鏡で更に奥の景色を見渡す。

 あれ? 王国側のあそこに見えるのは馬車か? 御者はボギーじゃないか。

 あいつまだこんな所に居たのか?

 いや待てよ、これは使えるかも……。


「あそこに知り合いの馬車がいる、何とか連絡を取ってみようと思う」


 キャスリンが俺から遠眼鏡をひったくる。


「馬鹿な!! あんなに離れた人間とどうやって連絡を取るというのだ!?」


「まあ待て、俺に考えがある……リリアン、紙と書くものはあるか?」


「待ってて、取って来る!!」


 リリアンは猿の様に素早く見張り小屋から下りていく……そしてすぐに戻ってきた。

 

「大したもんだな、お前将来はいい冒険者になれるぜ」


「ホント!?」


 受け取った紙に羽ペンで要件を書く、そして細く折り畳み矢の先端にその紙を縛り付ける。


「矢文だと? この距離を射抜けるというのか!?」


「まあ見てろって」


 練習ダンジョンに挑むにあたってライムの祠の倉庫から弓矢を貰ったことがあった。

 初期装備としてずっと持っていたがやっと使う機会が来たのだ。

 俺は斜め上方に弓を構え、矢を射る。

 矢は放物線を描き落下していく、しかしボギーの居る馬車まではかなり遠い。


「それ見た事か!! 全然届かないではないか!!」


 遠眼鏡をのぞき込んだまま俺の肩を掴み揺する。


「まだだ、よく見てろ」


「何だと!? 弓が……」


 落下した弓は地面に刺さる前にすれすれで水平に飛び始めた。

 実はこの弓と矢はライムの特別製で、目視した対象物を念じればその場所まで飛んでいくという優れモノだ。

 やがて立っているボギーの足元に突き刺さった、驚いて腰を抜かすボギー。

 だがすぐに矢文に気づいたらしく矢から取った紙を広げている……いいぞ、ボギーに対しての好感度が少し上がった。


「リリアン、俺の合図で王国側の出入り口を開けられるか?」


「うん、大人たちに頼んでみるよ!!」


 再びリリアンが梯子を下りていく。


「おいキャスリン、俺たちも準備だ、急ぐぞ」


「もう、私に命令しないでよね」


 半ば呆れていたが、とうとう諦めたのか俺の言う事を素直に聞いた。


「よし、配置に付け……さっき言った手筈通りにな!!」


「分かってるわよ!!」


 王国側の出入り口は跳ね橋になっている、俺たちはそこから少し奥に位置どっている……キャスリンには前もって次の行動は伝えてある。


「どいたどいたどいたーーーーー!!!」


 ボギーの叫び声と馬車の馬の蹄の音が聞こえてくる、かなりの勢いだ。


「よし!! みんな頼む!!」


「おう!!」


 中立地帯の人々が塀を兼ねた橋を降ろす……そこへベストタイミングで馬車が滑り込んできた。


「旦那!! 急いで!!」


 救援物資の箱を次々と放り出しボギーが怒鳴る。

 実は救援物資が届くからとここの人々を説得して協力してもらっていたのだ。


「乗れ!! キャスリン!!」


 先に馬車に乗った俺はキャスリンに手を差し伸べる。

 一瞬躊躇した態度を見せるが、意を決したかのように俺の手を強く握った。


「いいぞ!! 出してくれ!!」


「うぃっす!!」

 

 大急ぎで馬車を反転させ入って来た橋を駆け抜ける。


「轢かれたくなければそこをどけーーーー!!!」


 俺も矢を放ちながら王国兵をけん制する。

 開いた門から入ろうとした王国兵も混乱しており、意外とあっけなく包囲を

突破してしまった。


「あ~~~あ、これで俺もお尋ね者か……」


「済まぬ……お前を巻き込んでしまった」


「本気で言ったんじゃねぇよ、気にするな」


 荷台の中で膝を抱えて落ち込んでいるキャスリンの肩を叩く。


「すっごくスリルがあったね!! 楽しかった~~~!!」


「おい!! 何でリリアンがここに居る!?」


「だってアクセルさん方に付いていったら退屈から解放されると思って」


 俺は深いため息を吐く……何でこんなことになった。


「付いて来ちまったモンは仕方がない、次の街までは連れて行ってやる」


「やったーーー!!」


 リリアンは取り合えずアルバトロス経済特区までは連れて行こう、そこからは社長に保護してもらって中立地帯に送り返してもらうか。


 問題はキャスリンの方だな……こちらは簡単にはいかない。

 半ば衝動的に彼女を助けてしまったがこれから一体どうする?

 最近の態度からして力になってくれるかは分からないが、ライムに助力を乞うしかないか。


 まずはこのままアルバトロス経済特区に潜み、移動の機会を伺おう。

 恐らくは王国軍がキャスリンの捜索に動き始めるだろうからな……何かしらの準備は必要だ。

 またアルバトロスを頼るしかないのが心苦しいがお願いするしかない。

 しかしおかしなものだな、ソロを信条としていた俺が最近では色々な人と交流を持ち、お互い頼り頼られたりしているなんてな。

 一年前の俺からは考えられない事だ。

 だが消して悪い気はしない、俺も少しは人間らしくなれたのだろうか?

 いや不死になってしまっただけで人間を止めたつもりは毛頭ない。

 試練が終わればこの関係も終わってしまうのだろうか、それはちょっと寂しいな。


「なに感傷に耽ってるのよ、人にはあんだけ叱咤しておいて……こうなったらあんたには最後まで私の面倒を見てもらいますからね?」


 気が付くとキャスリンの顔が眼前にあった、近い近い……。


「おう!! 任せておけ!!」


 内心と裏腹に俺は胸を張る、こうでもしないと心が落ち込む一方だからな。

 俺たちの奇妙な逃走劇は始まったばかりなのだから。

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