第26話 デュアルミッション

 「………」


「どうしたんですか? 入らないんですか?」


 俺たちはライムの祠の前まで来ていた。

 既に俺たちの帰還を察知して蔦は入り口を形成しておりすぐにでも中に入れる状態になっている。

 しかし俺が一歩を踏み出せない理由……それは知恵の実を探しに行く際、ライムの試練を放置してしまったからだ。

 激しい言い合いになった訳では無いが快く送り出されたわけでも無い……その時の蟠りが俺の足を重くしているのだ。


「大丈夫、ライムさんも気にしてないですって……さあ入りましょう?」


 イングリット、こいつ俺の心が読めるのか? いや、思いきり顔に出ていたのだろうな……こうなったら覚悟を決めるか、俺はイングリットに軽く背中を押されながら蔦のトンネルを抜けた。


「一体どの面下げてここへ戻ってきたのかしら?」


 ライムは開口一番、辛辣な言葉を投げかけてきた。

 顔こそにこやかだが、こめかみには血管が浮き出ている。


「やっぱり怒ってるじゃないか」


「えーーーーっ……」


 ヒソヒソ声でイングリットに苦情を告げる。

 ここで謝るのも癪だ、別に俺は悪い事をしたと思ってないからな。

 なら成果を強調してこの件は帳消しにしてやる。

 そのまま持って帰って正解だったぜ。


「ジャーーーン!! 『知恵の実』だ!! 恐れ入ったか!!」


 俺は敢えて普段は絶対やらないテンション高めの口調で、取り出した知恵の実をライムに見せる。

 手に入れてすぐカタリナに食べさせることも考えたが何かあっては一大事、食べさせるならライムの前と決めていたのだ。


「そう、良かったわね」


 冷たい返事で返された……もう少し喜んでくれてもいいじゃないか。


「それで? 知恵の実はそれだけ? 確か私の分も取ってくるって話じゃなかったかしら?」


 痛い所を突いてくる。


「これ一個だけだよ、これを俺にくれた知恵の樹は枯れてしまったし、南の孤島は島自体が海に沈んだんでな……」


「そう……あいつ、死んだんだ……」


 この口調からするとライムと知恵の樹は知り合いだったのだろう……そうでなければライムが以前、知恵の実を在庫していた訳が無いからな。


「いいわ、実はあなたたちに譲ってあげる、でも種だけは私に頂戴」


「分かったよ、じゃあカタリナに食べさせるぞ?」


 カタリナの前に知恵の実を差し出す……いつもなら食べ物と見るやすぐさまかぶりついたものだが、今は何故かそうしない。

 色々な角度から実を凝視し、匂いを嗅ぎまくっている……何かを警戒しているかのようだ。

 ライムを横目で見ると黙って頷く。


「大丈夫、これはお前の身体に良い物なんだ、さあお食べ」


「ウガッ?」


 小首を傾げていたカタリナだったが、恐る恐る実に手を伸ばし遠慮がちに一口噛り付いた。


「!!」


 驚いた表情をしたかと思うと今度はガツガツと勢いよく食べ始めた、その食いっぷり、余程美味い実なのだろう。


「ストップストップ!! 種は食べちゃダメだ」


 放っておくと種までかみ砕きそうだったのでいい所で食べるのを止めさせた。

 カタリナは心底残念そうな顔をしていた。


「ほらよっ!! ご所望の種だ」


 俺は種をライムに向かって投げた、受け取ったライムはその種をまじまじと見つめる。


「ここでは育った事は無かったけれど、もう一度だけ栽培してみようかしら」


 そういってそっと懐にしまった。

 

「所であなた、また死んだ様ね……これで試練が始まってから二回目かしらね」


「不覚にもな……今更だがどうして俺の死んだ回数が分かるんだ?」


 そう、実は不思議に思っていたのだが、俺の冒険に同行して見張っているわけでもないのにどうして俺が死んだことが分かるのか。


「私には見えるのよ、死の痕跡が……そうでもなければあなたに死亡回数の制限なんてしないわ」


「そりゃあ御尤も……」


 やっぱりこいつはただ者じゃなかったか。


「試練でもない事で回数を減らしてしまうなんて本当に愚かね」


「言い訳はしないよ、これも覚悟の上だったからな」


「はぁ、もういいわ……こんな重たい空気、息が詰まりそうだわ」


 ライムは肩に手をやり、首を数回左右に動かした。


「じゃあ今日からまたあんたには試練を受けてもらうわよ!! 今度のは前と違ってより一層厳しいものになるから覚悟することね!!」


 以前の明るくて捻くれたライムに戻った。


「望む所だ!!」


 こちも力強く返事を返す。


「良かったぁ……」


 心底胸を撫でおろすイングリット、俺とライムの緊張感漂うやり取りに委縮していたのは彼女も同じだったようだ。


「では早速試練の内容を言い渡すわよ」


「おう」


「次の試練、それは……『生命の種を探す』ことと『帝国が起こした世界戦争を止める事』とことよ……」


「何!? 一度に二つ!? しかも世界戦争を止めろだって!?」


 何という無理難題だ……もしかしてライムの奴まだ怒ってる? それともこれは俺に対しての当てつけか?


「そうよ、そもそもあんたが試練をほったらかすからスケジュールが押してしまったんでしょうが!! どっちの試練が先でもいいから残り期間中に両方を成し遂げなさい!!」


「そんな……」


 俺はガクリと膝をつく。

 最悪だ……これまでの経験上、生命の種の方は探索に数週間からひと月くらいで済むかもしれないが、世界戦争はシャレにならない……残りの期限をすべて使っても達成できるかどうか……。


「落ち込んでる暇は無いわよ、あんたにやる気を起こさせるために敢えて教えてあげるけど『生命の種』はあんたの不死身を解くために必要なものだからね?

 それとそのあとに最終試練があるから覚えておいて」


「今それを言うか?」


 こいつ、やはり生粋のSだ……やる気を起こすどころか更にやる気をなくすわ!!


「生命の種はどこにあるんだ?」


「私に聞かないでよ、それを調べるのもひっくるめて試練なんだから!!」


 ダメか、流れで口を滑らせるかもと思っていたのだが。


「分かったよ、明日から取り掛かる……」


「そう、今日は長旅で疲れたでしょう? ゆっくり休むといいわ」


 その労いの言葉……さっきの会話の後だと素直に聞けないな。

 ライムは俺たちに背を向けると奥へと引っ込んでいった。




「明日からどうするんです? アクセルさん」


「今は少しでも情報が欲しい、戻ってきて数日しか経ってないがアルバトロス経済特区に戻って情報収集を依頼する」


「あの素敵な街ですね!!」


「言っとくが遊びに行くんじゃないからな?」


「分かってますよぅ」


 お前、一瞬期待しただろう。


「そういえばカタリナはどうしてる?」


「こちらに来てからずっと寝てますね、どうしたんでしょうか」


 気になって寝床に行ってみる。


「ううっ……ウガッ……うがっ……」


 カタリナがうめき声をあげながら苦しんでいる。


「顔が真っ赤じゃないか!! うわっ、凄い熱だ!!」

 

 額を触ると掌の皮が火傷を起こしそうな発熱があった。

 急いでライムの元に駆け込む。


「ライム!! カタリナが熱を出して大変なんだ!! 何とか出来ないか!?」


「きっと知恵熱ね、知恵の実の作用で発熱しているのよ……そんなに焦らなくても放っておけば治るわ」


「そうか、良かった……」


「ただ、治まるまで一週間くらいかかるかもね……過去の私の経験からすると」


「何だって!?」


 これではカタリナを冒険に連れ出せない。

 これは戦略を練り直さなければならないな。


「それじゃあせめて俺たちがここを離れている間だけでもカタリナの様子を診ていてはもらえないだろうか?」


「お断りよ、何で私がそんな事をしなければならないの? 私はあんたの母親でも家族でも恋人でもないのよ? その子はあんたの眷属でしょうが、あんたが責任を持ちなさい」


 ぐうの音も出ない、確かにライムの言う通りだ。




「ライムさんは何て?」


「カタリナは一週間はあのままらしい」


「えっ!?」


「だからイングリット、お前はここに残ってカタリナを診てやってくれないか?」


「それは……」


「お前しか頼れないんだよ、頼む」


 複雑な表情を浮かべて考えを巡らせていたイングリットだったが意を決して口を開く。


「分かりました、本当はアクセルさんが無茶しないように付いててあげたかったんですが、どちらかというと私の方が足手まといですよね……」


 南の孤島での事を言ってるのか? 


「そんな事は無い、俺がお前の明るさにどれだけ助けられてきたか」


「アクセルさん……」


 イングリットが俺の胸に顔を埋めてきた。

 俺も優しく彼女の肩を抱きそれに答えた。


「アルバトロスには俺一人で行く、俺が戻るまで待っててくれ」


「はい……」


 なに、俺の冒険家人生は殆どがソロ活動だ、それが元に戻ったってだけさ。

 少し遠い街に行くくらい造作もない、お使いのようなものだ。


 次の日、俺は心配そうなイングリットに別れを告げアルバトロス経済特区へと向かうのだった。

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