第25話 アルバトロス経済特区

 「見えてきましたよ、ここが我々の拠点『アルバトロス経済特区』です。


 馬車の窓から見えるのは真新しい建物が多数並ぶ美しく近代的な街並みだった。

 外は既に夕暮れ、それなのにその街は明かりが灯り人が大勢行きかっていた。


「うわーーー、綺麗な所ですね!! あの道を挟んで立っている明かりの灯っている柱は何なんです?」


 イングリットが窓に張り付き食い入るように街の景観を眺めている。


「あれは街灯と申しまして、輝煌石きこうせきと呼ばれる自然発光する石を先端に組み込むことで夜でも松明要らずで外を歩けるのです。


 松明と聞いて俺のトラウマが蘇る。

 それはそうと俺には街があるこの場所に違和感があった。


「おい、ここには村が無かったか?」


 そう、この場所は俺が不死で無くなる方法を探るために出た旅で最初に訪れた村があった場所。

 大層過疎化が進んでいた上、レッサーデーモンに支配されたりと散々な目にあわされていたあの村だ。


「はい、仰る通り……ですが我が社が復興の為にひと肌脱ぎましてね、

 冒険者ギルドの支所も誘致して、治安の維持とあらゆる経済活動が自由に行える商業都市を目指したのです」


 元・野盗のリーダーで今や大社長であるアルバトロスは顔色一つ変えず淡々と語りだす。


「お前、凄いな……」


「恐れ入ります……」


 これぞまさに底辺からの成り上がり……ここまでの成功者が他に居るだろうか。


「さあ着きました、私どもはこの建物に居ますからアクセルさん方は街の見物でもどうです?」


「俺は別に……」


「行きましょう!!」


「えっ?」


 瞳を爛々と輝かせ、俺の左腕にしがみ付くイングリット。

 これは俺が嫌だと言ってもしつこく言い寄って来るパターンだな。


「分かった分かった、付き合ってやるよ」


「やったっ!!」


「ウガッ!!」


 右腕にはカタリナがぶら下がっている。


「もちろんカタリナも一緒にな」




 俺たちは三人で煌びやかな街の中へと繰り出した。


 街の中心に位置する広場には、見たことも無い食べ物の屋台が軒を連ねる。

 大道芸人が芸を披露し人だかりが出来ていたりと、とにかく賑やかだ。


「楽しいですねアクセルさん!!」


「そうか、良かったな」


 クレープとかいう生クリームとチョコレートとフルーツがびっしり詰まった食べ物を頬張りご満悦のイングリットとカタリナ。

 二人とも顔の周りをクリームだらけにしている。


「次はあれ食べたいです!! ケバブ? 聞いたことがありませんが美味しそうですよ!!」


 イングリットは次の屋台に俺を引っ張っていく。


「いらっしゃいませ!!」


 元気よく挨拶する店員、あれ? この店員、見覚えがあるぞ?

 思い出したパン屋の店員だ、俺が何度も死んで蘇るのを目撃してしまったあの……。


「どうかしましたお客さん?」


「いやなんでも無い」


 俺は顔を背けつつやり過ごした、ここで騒がれたら堪ったものではない。


 俺には興味が無いが、一般的にこれ程魅力的な街は無いだろう。

 何もかもが新しい清潔で豊かな街……目の前を通り過ぎる人々は皆穏やかな表情をしている。

 だが何故か分からないが俺はこの情景に言いようのない不安というか、淋しさというか、儚さを感じるのだ。


 きっと長く生き過ぎて感覚が麻痺してきているのだろう、なるべく時代に取り残されない努力はしてきたつもりだが、過去の亡霊である俺にとっては生きづらい世の中になってきているのかもしれない。




 一通り町を見て周ってからアルバトロス商会の建物に戻ってきた。

 事務所に入った途端見覚えのある赤毛で眼鏡のスーツを着た女性に会った。


「あれっ? お前、ジェニーか?」


「あら、アクセルさん久しぶりね」


「どうしてここにいるんだ?」


「社長に引き抜かれたのよ、でも実際来てみて分かったけどここは前のギルドと比べて破格の待遇よ」


 成程、ヘッドハンティングって奴ね。


「ジェニーさんはとても優秀ですよ、能力のある人材にはそれに相応しい活躍に場を提供しなくてはね」


「社長……」


 ポンと肩を叩かれたジェニーが頬を赤らめる、どうやらまんざらでは無い様だ。


「ところで街はどうでしたか? 楽しめましたか?」


「はい!! とっても!!」


「ウガッウガッ!!」


「それは良かった」


 アルバトロスの質問に俺を差し置いてイングリットとカタリナが元気に返事をする。


「今夜はもう遅い、ホテルを取ってありますのでもうお休みになられては?」


「ホテル?」


 案内さえて付いた先は立派な外観の建物だった。

 アルバトロスに促され中に入る。


「いらっしゃいませ……これは社長、お帰りになられたのですね」


「ええっ、こちらのお三方を最上級のお部屋に案内して」


「畏まりました」


 このホテルとやらの従業員に部屋の扉の前に案内される。

 なんだホテルとは宿屋の事か。


「ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 丁寧なお辞儀をした後、従業員は去っていった。

 中に入った俺たちは部屋の広さと清潔さに圧倒された。

 豪華な装飾の天蓋付きベッドが三つ並び、お高そうな調度品が設置され、これではまるで貴族の部屋だ。


「うわーーー!! 綺麗なベッド……すっごいカフカですよ!! しかもいい匂い……」


 すぐさまベッドに寝そべりテンションの高いイングリット。


「ウガッ!!」


 カタリナはベッドの上に勢いよくダイブする。


「おいおい、壊すなよ?」


 しかし野宿やおんぼろ宿に慣れた俺にはこの豪華で綺麗すぎる部屋はどうも落ち着かない。


「凄い凄い!! このお部屋、お風呂がありますよ!? これは……トイレ!?」


「何?」


 部屋に風呂とトイレがあるだと? そんな宿屋、聞いたことが無い……何という贅沢。


 夜も更け、ベッドに入ったがこの雰囲気に最後まで慣れる事が出来ず、結局一睡もできない俺であった……もちろんあとの二人はぐっすりと熟睡していたのは言うまでもない。


 しかしこういうのもたまには悪くないか……何だか家族旅行みたいだ。


 人生も冒険も常にソロだった俺にとってここ数か月の出来事は貴重な体験の連続だった。

 ライム、イングリット、カタリナ、アルバトロスとその子分たち……人と関わるのも悪くないと感じ始めていることに俺自身驚いている。


 だがこの関係にも必ず終わりが来る……不死の俺はいつまでも生き続け、周りのみんなは次々と俺の前から居なくなる。

 それが嫌だったから人と親しい関係を極力築かないようにしてきたのだ。

 かといって今の関係を捨て去ることは今の俺には難しい問題になり始めている。

 ここは是が非でもライムの試練を乗り越えて、周りの人たちと同じ時間を過ごしたい……そんな穏やかな日々を送りたい。

 多くの人々から見て俺の願いなんてごく些細なものだろうが、俺にとっては世界を蹂躙する大魔王を打ち倒すより遥かに難易度が高いのだ。


 次の日。


「我が商会は武器は元より情報も扱っています、何かお困りの事がありましたらご利用ください、格安で提供しますよ」


「分かったよ、またな」


 アルバトロスに別れを告げ俺は踵を返す。


「アクセルさん!! イングリットさん!! カタリナさん!! また来てくださいね!!」


「さようなら~~~~!!」


「ウガウガッーーーー!!」


 ボギーとブービー、ジェニーも手を振って旅立ちを見送ってくれる。

 イングリットに至っては少し涙ぐんでいた。


 また会う日まで……心の中でそう思い、俺たちはライムの祠に向けて旅立った。

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