第24話 開戦
シーファントム号に乗り込み南の孤島の沈没から命からがら脱出した俺たち。
魂が抜けてしまったような脱力感に見舞われた俺は、甲板に設置してあるリクライニングチェアに横たわり空を見上げぼーーーっとしていた。
何とこの客船、甲板上にプールまである……しかし今は泳ぐ気になんてとてもなれない。
人間相手ではなかったとはいえ、依頼を達成出来なかったのは久し振りだった。
手に持った知恵の実をしげしげと見つめる……知恵の樹が命と引き換えに生み出した果実。
もしかしたら俺がこの実を欲したから、あの島を訪れたから知恵の樹は命を落とし、島の崩壊につながったのではないか……ふとそんな考えが俺の頭の中を巡る。
「………」
人の気配を感じる、その人物は何も言わず俺から少し離れた後方に位置し立ち尽くしていた。
「どうしたイングリット?」
俺は振り向かずに話しかける。
「えっ、どうして私だと分かったんですか?」
「気配だよ……三人組や船員たちならもっと足音が大きくて重いし、カタリナだったらドタバタと騒がしいだろう? そのどれにも当てはまらないのはお前だけだ」
「あははっ、消去法ですか……」
力なく笑う……何となくがっかりとした雰囲気が伝わってくる。
「まさか俺の様子を見に来たのか?」
「はい、帰りの船に乗ってからアクセルさんの元気が無かったので……」
「お前に慰められるなんて俺も焼きが回ったな……」
「酷ーーーい!! 折角アクセルさんの為に恥を忍んでこんな格好をしたっていうのに!!」
「はっ? どういう事だ?」
イングリットの言い回しが気になり、俺は彼女の方を見る。
「お前、その恰好……」
イングリットは真っ赤なビキニの水着を着ていた。
たわわに実った胸、女性らしい曲線のウエストからヒップにかけてのライン。
なんて煽情的なんだけしからん……俺は慌てて視線を逸らした。
「あっ、目を逸らさないでしっかり見てくださいよぅ」
「馬鹿っ!! 嫁入り前の女が裸同然の恰好で男の前に出るなよ!!」
「でも男の人はこういう姿の女の子を見て元気が出るんでしょう? じゃあ見てくださいよ!! 私はアクセルさんに元気になって欲しいんです!!」
前かがみになって迫って来るイングリット。
胸の谷間が迫って来る……これは確かに元気になるな、
「お前、どこからそんな情報を!?」
「あの人たちからですけど……」
イングリットの指さした先には、元モヒカンとスキンヘッドが船の構造物で半身を隠しながらこちらを見ているではないか。
俺の視線に気が付き、慌てて二人は姿を隠す……あいつら後でとっちめてやる。
「あの人たちは関係ないでしょう? さあ気の済むまで私を見つめてください!! さあさあ!!」
こいつ、おかしなスイッチが入ってる……ここは何とか逃げる方法を考えなければ……。
「ウガーーーーッ!!」
元気いっぱいの叫び声をあげてカタリナ登場、何と彼女も水着を着てきたではないか。
彼女の水着は紺色のワンピースタイプ、何故か胸に『かたりな』と書かれたゼッケンが縫い付けてあった。
一体誰の趣味だ!? 責任者出てこいや!!
「ウッガーーー!!」
カタリナは走り出しプールに向かってダイブ!! 物凄い水柱を上げた。
その水は全部、俺とイングリットに浴びせられた。
ちょっと待て、イングリットはともかく俺は服を着ているんだぞ。
「もう!! カタリナったら!!」
イングリットは目に入った水を拭っている……チャンスだ!!
俺は大急ぎで船内に逃げ込んだ。
カタリナのお陰で服がびしょびしょだ、しかし便利なことにこの服は勝手に乾くようになっているのだ、これもライムが装備品に掛けた元に戻る祝福のお陰だな。
ほら、そうこうしているうちにもう乾いている。
しかしイングリットもカタリナもやり方はズレているが、俺を元気づけようとしてくれたんだな……そんなに俺、この世の終わりみたいな顔してたか?
まあさっきのドタバタで落ち込んでいるのが馬鹿らしくなった、ここらで区切りをつけるか……いつまでもクヨクヨしてられないしな。
数時間後……本土の船着き場に到着した、今回は南の岬ではなく、南西寄りの港に寄港したのだ……これにはしっかりとした意味がある。
「私共の拠点まで一緒に参りましょう、そこからならアクセルさん達も都合がよろしいのでは?」
南の島の探索でかなり時間を使った、少しでも早くライムの祠へ戻るため彼らに馬車で送ってもらう算段だったのだ。
「何から何まで気を遣わせてしまって済まないな」
「いいのですよ、これからも我々『アルバトロス商会』を御贔屓に」
「お前たちの会社はそういう名前だったんだ」
聞けばこのアルバトロスとはリーダーの男の名前らしい……意味は『アホウドリ』、本名かどうかは分からない。
因みにモヒカンだった男の名はボギー、スキンヘッドの男の名はブービー。
会話中にアルバトロスの元に彼の部下らしいスーツの男が来て、耳打ちをして去っていった……一体何だろう?
「おや、これはきな臭くなってきましたねぇ、これから忙しくなりますよ」
「商売熱心だな、まあ頑張れよ」
俺には商売の事はさっぱり分からない、興味もないので特に話しを聞かなかった。
そして俺たちは用意されていた四頭立ての大きな馬車に乗ってアルバトロス商会の拠点がある街へと向かう。
「馬車の中ならもう誰にも聞かれませんね、実はアクセルさんのお耳に入れたい情報があります」
「さっき耳打ちされてたアレか?」
「流石、察しがよろしいですな」
「俺に商売の話しをしても理解できないぞ?」
「いいえ、これから話す内容はこの世界の人間である以上、誰も無関係ではいられないのですよ」
何だろう? とても嫌な予感がする。
「帝国が共和国連邦と王国に宣戦布告を行いました」
「何だって?」
帝国というのはこの大陸の北西に位置する軍事大国だ……そして共和国連邦は北東の複数の国家が寄り集まった共同体、王国は南に位置する王政国家だ。
因みに俺が今まで冒険していた土地は全て王国内であり、俺は王国民である。
「何で今になってそんな事に?」
帝国は以前から軍事力を行使し徐々に国土を拡大していた……しかし東には共和国連邦と南には王国がにらみを利かせている関係でここ十数年は小さな小競り合いこそあったものの比較的平穏だったのだ。
「帝国では王が崩御なされたようですね、そして次に王の座に就いたのは娘であるキャスリン王女、いえキャスリン女王」
「王女が王座に就いたのか? それで何故戦争になる?
俺は帝国民では無いが彼女の噂なら知っている……音楽や絵画を愛する穏やかな性格だと聞いているが……」
「有名な話ですからね、だからこそ胡散臭いのですよ……穏健派のキャスリン女王が何故戦端を切る決意をしたのか……」
「裏で誰かが糸を引いているとか?」
「それも可能性の一つですが、事はそう簡単ではないかもしれませんよ」
「じゃあお前はどう思ってるんだ?」
「戦争が起こって得をするのは帝国だけではないってことです」
「そうなのか……俺には理解できないな」
正直俺はもうこの話に付いていけなかった……正直世界情勢がどうなろうと冒険者活動さえできれば俺にはどうでもいい事だったからだ。
それに今は俺も取り込み中だ、それが終わってからでも世界の動きを知るのは遅くないだろう。
しかしこの俺の考えは見事に打ち砕かれる……まさかあんな形で俺の冒険に戦争が絡んでくるなんて今の俺には想像もつかなかったのだから。
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