第19話 昔語り
南を目指し街を発ってから半日が経とうとしていた。
「大丈夫かイングリット?」
「……はい、大丈夫です……」
歩きながら声を掛けるが、額に大汗を掻きながら息を切らす彼女はどう見ても大丈夫ではなかった。
「少し休憩しよう、カタリナ、戻って来い」
「ウガッ?」
狂戦士化してから段違いにタフになったカタリナはずんずん一人で先行するので呼び戻す。
すると主人に呼ばれた大型犬よろしく喜んで走ってきた。
「すみません、30分くらい前に休んだばかりだというのに……」
「気にするな、無理して倒れられたら元も子も無いからな」
俺はイングリットに水筒と、可愛い形で見た目も楽しい焼き菓子を与えた。
「んぐっ、あっ美味しい!!」
「とっておきだぞ? 街で評判のお菓子屋で売ってるものだよ、頑張った子にはご褒美だ」
「うぐっ……ふぇっ……」
「おい!?」
突然泣き出すイングリットに動揺を隠せない俺、何かやらかしてしまったか?
「アクセルさんはこんなに優しいのに、私ったら迷惑ばかりかけてもなんの役にも立てなくて、ごめんなさい」
数日イングリットと接してみて分かったが、彼女の精神はかなり不安定だ。
とても人懐こく明るく振舞ったかと思うと、急にネガティブな感情に囚われたり被害妄想に囚われたり、それとかなり嫉妬深いという事も……。
ここは少し毒を吐き出させよう、このままではイングリットの心が壊れてしまいかねない。
「少し話しをしようか、お前言ってただろう? 俺とゆっくり話しがしたいって」
俺はイングリットの横に並んで座り出来るだけ優しく微笑んだ。
「いいんですか?」
「スケジュールには余裕がある、少しくらい長く休憩しても大丈夫だ」
これは別に嘘ではない、三人組に船の出航の約束をしたのは明日、俺一人なら一昼夜で辿り着く距離だが、イングリットも一緒の上、冒険には予期せぬトラブルが付き物だからな、敢えてもう一日余裕を持たせたのだ。
「ありがとうございます!!」
話しを聞いてあげればイングリットの気も少しずつ和らぐはず、それ以上に俺たちはお互いの事を知らなすぎる、これは有意義な時間になる事だろう。
「私、孤児だったんです……物心ついた頃には既に両親はおらず、年老いた祖母の世話になっていました
でも成長するにしたがって祖母が本当の祖母ではない事に気が付いてしまいました
それから何かにつけ逆らうようになった私に手を焼いた祖母は、10歳の頃、あの教団に私を預けました。
最初は厳しい戒律と修業が嫌で嫌でたまらなかったのですが、それだけをやっていればそれ以外は自由でしたから……」
良い悪いは別としてやはり教団に精神依存していたのが大きいのかもしれない。
なにせ教団に居れば言いつけられた戒律さえ守っていれば咎められず、逆に褒めたたえられた事だろう。
人は自己を肯定されるとこの上ない喜びを感じるものだ、イングリットたちに当てはめればそれによって本人も気づかないうちに精神を隷属させられてしまい、従うこと自体が自己の喜びと錯覚、いや洗脳されてしまったのだろう。
本当ならその洗脳を解いてやらなければならなかったのを気づいてやれず、そのまま冒険に引っ張りまわしてしまったのだ、これは俺に責任がある。
「私には教団の生活が全てでした、神子に選ばれ神に娶られ天界へと誘われれば死後に永劫の幸福に包まれる……この教義に惹かれ、私は自分を磨くことに邁進しました、神子に選ばれる条件は容姿を美しく保ち教義を守る事でしたから
そこまでの状態になってしまったら周りの否定的意見など耳には入りません、だから初めてアクセルさんが私の前に現れて言ったことには嫌悪感しか抱けませんでした……まさかその後あんな事になるなんて」
あの司祭、いやエテ公は己の性欲と食欲を満たすために教義を悪用したのだな。
あの時は俺が乱入したので早々に少女たちを喰らう事に切り替えたようだが、もしいつも通り儀式とやらが執り行われていたらイングリットもカタリナもエテ公の慰み者になる所だったんだな。
「だから教会の前であなたが言った口上を聞いた時、私は雷に打たれたような感覚を覚えました、自分が信じるものには自分で責任を持て……それまでの私には自分といものが存在せずただ言いなりになっていた居たんだと、選ぶことに責任を持っていなかったのだと……だからそれに気づかせてくれたアクセルさんは私のヒーローなんですよ」
そこまで言った後、イングリットは満面の笑みを浮かべた。
今までで一番の笑顔、何の不純物も偽りも無い無垢なる笑顔だ。
「そうか、面と向かって言われるとちょっと照れ臭いな」
ヒーローなんて俺の柄じゃないが言われて悪い気はしないな。
「それじゃあ俺も少しばかり昔に話しをしてやろう、
お前も気づいているだろうが俺は死なない身体の持ち主、
「まあ、それは大変ですね」
「俺の最古の記憶は五歳の時、荒れ地に倒れている記憶だ……両親と一緒に乗っていた乗合馬車が崖から転落して多くの人が亡くなった、俺の両親も……」
「そうですか……」
イングリットが悲しそうな顔をする、もしかしたら先ほど語った自分の幼少期に重ねているのかもしれない。
「俺も腹に深い傷を負っていて意識が朦朧としていたんだが、気を失う瞬間誰かが俺に話しかけてきた気がしたんだよ……その後俺は後から来た救助隊に助け出され一命を取り留めた」
詳細にこの事を思い出すのはいつ振りだろう……二百五十年ぶりくらいか?
「よくご無事でしたね……お腹の傷は大丈夫だったんですか?」
「大きい傷だったからな、痕が残ったよ、ほら、この右の脇腹に……ってあれ?」
「ありませんね、傷……」
おかしい、あの当時はあったはずだ……時間が経つにつれて気にしなくなっていたとはいえ、傷が消えてしまっていたことに気づかないとは。
「アクセルさん、もしかしてその時じゃないんですか? 不死身になったの……」
「あっ、そうか……!!」
何故いままで気づかなかった? いや思い出せなかった?
釈然としないがそれ以外考えられない、傷が跡形もなく消えるのは不死能力が発動して死から舞い戻った時の特徴だからだ。
「そうなると俺に話しかけてきた人物が俺を不死者にした張本人ってことになるな」
「それって何かの手掛かりになりませんかね?」
「ああ、この冒険が終わったらライムに伝えることにするぜ」
まさかこんな雑談の中から有力な情報が浮かび上がるとは。
その、俺を不死身にしたと思しき人物を探し出せればそいつが俺の身体を元に戻す方法を知っているかもしれない……あわよくばライムならその人物について何かを知っているかもしれない。
これは試練を最後まで受けなくても解決するのではないか?
俺は淡い期待を心に抱いた……そう、まだその時は楽観的に考えていたんだ。
「そろそろ歩けそうか?」
「はい、お陰様で回復しました」
「じゃあそろそろ出発するか、カタリナ!! 行くぞ!!」
「ウガッ!?」
地面にしゃがみ込んで蟻の巣を木の棒で破壊していたカタリナが、俺の声を聴いて戻ってきた。
「もう少しだけ頑張ろうぜ、今日は野宿だが大丈夫か?」
「はい、今夜はわがまま言いません」
おどけて自分の頭をこつんと叩く。
そのイングリットの姿をたまらなく愛おしいと思う俺であった。
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