第18話 嫉妬の塊

 俺の目の前には元・野盗の三人組が帽子とスーツに身を包み立っている。


 彼らとの最初の出会いは、薄暗い林道で俺から金を奪おうと襲ってきたのを返り討ちにしたことだったっけ。

 二回目はライムから与えられた試練、まだ誰かもわからなかったイングリットの肖像画から彼女の居場所を割り出してもらった……この時は情報屋として彼らと接した。

 一応二回目からは良好な関係を築いていると俺は思っているのだが、彼らは俺の事をどう思っているのかは分からない。

 それこそ彼らにしてみれば悪い意味で俺の世話になったのだから。

 もしかしたら最初に痛い目を見せたことをまだ根に持っているのかもしれない。

 その場合、船の用意をしてくれるという彼らの申し出は俺をだますための嘘かもしれないのだ。

 今の見掛けなら信用してもいい気がするが、さてどうする俺?


「本当に船を用意できるんだな?」


「ええ、もちろん」


「いくらだ?」


「他でもない旦那の依頼ですからね~~~金貨三枚でどうでしょう?」


 むむっ、微妙に高い気がする……三人がギリギリ乗れるくらいのボートなら銀貨五枚くらいじゃないのか?


「高いとお思いですか? 出航はあなたの自由、送り迎えも我々が担当します……人件費込みと考えていただければ妥当だと思うのですが……」


 俺はそこまで守銭奴ではないと自負している……人より長く生き、冒険者活動で稼いだ金は人並み以上だろう。

 よし、いいだろう……ここは奴らの言う通りに払ってやろうじゃないの。


「分かった、頼むとしよう……二日後、南の岬で落ち合おう」


 男の手の上に財布から取り出した金貨を三枚落とす。


「承りました、では二日後に……」


 そういってお辞儀をし、三人組は俺たちの前から去っていった。


「見るからに怪しい人たちでしたけど、前金で払ってしまって本当に大丈夫なんでしょうか?」


「今から船の当てを探してもすぐに調達するのは難しいからな、ここは奴らに賭けてみようじゃないか」


「ウガッ」


「そうか、カタリナは信じてくれるか」


「えっ、アクセルさん、カタリナの言ってる事が分かるんですか?」


「いんや? よくあるだろう、犬猫に話しかけてから言って欲しい返事を自分で言っちゃうやつ」


「なんだ、がっかり……」


 イングリットは肩を落とす。

 

「付いてこい、今日の宿泊先に向かうぞ」


「えっ? もう決めてあるのですか?」


「ああ……」


 これから俺たちが目指す目的地は南の岬だが、実は南の方角に限ってこの先に宿泊できるほどの規模の町や村が無い。

 今はまだ日が高いが、必然的に今晩はこの街に宿泊することになる。

 しかしよく考えるとこの街には半年前まで俺が住んでいた部屋があるはず。

 もしまだ空き家だった場合、宿代が浮くのだが。

 取り合えずそこへ向かう。


「久しぶりだな俺の家……どうやらまだ売られていなかった様だ」


 長期の冒険で家を空けることが多いから、冒険者の物件はそう簡単に売却されない暗黙に了解がある……留守中は冒険者ギルドが管理してくれているからな。

 しかも俺は明確に売却の意思をせずに街を出たわけだから家が残っていてもそう不思議ではない。

 

「うわっ、さすがに半年以上留守にすると埃が凄いな」


 家の中に入り俺がテーブルの上を軽く叩くと周りに白く埃が舞う。

 夜が来る前にざっと拭き掃除くらいはしたいところだ。


「ウガーーーーッ!!」


 白い煙の様に埃が立ったのが面白かったのか、カタリナが勢いよく部屋の奥に行き、足をじたばたし始めた。


「わぷっ!! カタリナ止めて!! 目に入るわ!!」


「ゲホッ!! おい止めろ!! 埃を吸い込んでしまうだろうが!!」


 俺とイングリットが苦しむのをよそにカタリナは俺の命令が聞こえるまで、散々埃を散らかしまくってくれた。

 取り合えず換気するために部屋中の窓という窓を全開にした。


「よし、これで何とか片付いたか……」


「そうですね」


 イングリットと二人、箒や雑巾で部屋の掃除を終える。

 既に日が傾き始めていた。

 だがこれなら何とか三人が横になっても余裕がある。


「あのぅ、もしかして三人でここに雑魚寝するんですか?」


「そのつもりだが何か問題あるか?」


「誠に言いづらいのですが私、旦那様でもない殿方と一緒に同じ部屋に寝るのはちょっと……」


「あっ……」


 すっかり失念していたがそういう事になるか。


「そうか、じゃあ俺はそこの収納の中で眠るとするか」


 物置に使っていた収納部屋からものを出し邪魔にならないところに置いた。

 少し狭くて足を延ばせないが一晩くらいは我慢できるだろう。


「我が儘を言ってしまって申し訳ありません……」


 申し訳なさそうに頭を下げるイングリット。


「いいっていいって、そこまで気が回らなかった俺が悪いんだから」


 夜更け、各々が毛布に包まり眠りにつく。


「うん? 身体が動かない……まさか金縛りか?」


 暗闇の中、意識ははっきりしているが身体が全く動かない。

 何か強い力に絡みつかれているような感覚だ。

 開いた眼が段々暗闇に慣れてくる、唯一動く首から上……俺は恐る恐る身体の方を見た。


「なんだ、カタリナかよ……」


 カタリナが俺の身体に絡まる様に抱き着きクゥクゥと寝息を立てているではないか。

 俺はてっきり金縛りとばかり思っていたので原因が分かりホッとする。

 しかし本当に恐怖はここからだった、どこからか視線を感じた俺は、いま俺が寝ている収納部屋の入口のある足元に目を移した。

 すると目を皿のようにした髪の長い女が、抱き合うように寝ている俺とカタリナをガン見しているではないか。


「ぎゃあああああっ……!!」


 俺は慌てて飛び起き近くにあったランプを付けた。

 そして照らし出された女の正体はイングリットであった。


「なんだイングリットかよ……脅かすな……」


 マジに心臓が口から飛び出すかと思った、ここで死ぬような事があれば死亡カウントの無駄遣いになる所だったじゃないか。


「やっぱりアクセルさんはカタリナが大好きなんですね……お邪魔しました……」


 そういってイングリットは自分の寝床に戻り、こちらに背を向けふて寝を始めた。

 一体何だっていうんだ、一緒に寝たくないと言ったかと思えば、今度はカタリナと寝ていた俺に嫉妬するとか……未だ女心は俺にとって理解しがたいものだった。




「おはようございます」


「ああ、おはよう」


 次の日の早朝、昨晩に何事もなかったかのように明るく挨拶してくるイングリットの姿があった。

 既に彼女が用意してくれたのか、パンと紅茶がテーブルの上にあった。

 俺は眠い目をこすりながら紅茶を口に含む。


「カタリナの身体は気持ちよかったですか?」


「ブゥーーーーッ!!」


 いきなり何て事を聞くんだこの子は? 盛大に紅茶を吹いてしまったじゃないか。


「ウガーーーッ!!」


 一番遅く起きてきたカタリナがふざけて椅子越しに俺の背中に抱き着いてきた。

 それを見てもイングリットの表情は変わることが無かった、そうお面のように張り付いた笑顔のままで。


 まさかイングリットがこんなに焼きもちやきだとは思わなかったな。

 しかし教訓を得た、次からはちゃんと宿に泊まり人数分の部屋を取るという教訓を。

 その後、イングリットを宥めすかし、何とか昨夜の誤解を解き機嫌を直してもらった……ていうか何で俺がこんな事をしなければならんのだ。


 言っても始まらないか……俺たちは準備を終えると南の岬を目指して移動を開始する。

 これからは結構な強行軍になる、気を引き締めていこうと己に言い聞かせた。

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