第17話 意外な助け舟

 翌日の朝。


 俺が旅立ちの準備をしていると、ライムが俺の背後から近づいてきた。

 昨日の事が気まずいのか、顔を合わせずに話しかけてきた。


「本当に南の孤島に行くんだ……」


「ああ、カタリナがああなってしまったのは俺に原因がある……せめて俺がしてやれる事はやってあげたいんだ」

 

 俺の傍らに控えているカタリナに視線を移しながらライムに答えた。


「そう、そこまで思っているのなら引き留めないわ」


「何だ? お前、俺を止めに来たのか?」


「試練の話しよ、残り日数に余裕があるからと油断して後で後悔しても知らないわよ?」


「目的の物を手に入れたらすぐに戻って来るさ、心配するな」


「………」


 ライムはそれっきり黙りこくってしまった……機嫌を悪くしたか。


「なあ、ところで知恵の実の特徴を教えてくれないか? どんな形をしているかとか、どんな樹になっているかとか……」


「ふん、そんなの島に着けば分かるわ……」


「おい、そりゃあ無いだろう!! ライム!! おいライム!?」


 ライムはそっぽを向いてこの場から立ち去ってしまった……何だよもう。


「仕方ない、取り合えずこれからの事は歩きながら考えよう」


 俺は装備品と食料が詰まったリュックを背負い立ち上がった、歩みを進めるとカタリナも黙ってついてくる。

 最初はカタリナを置いていこうと思ったのだが、彼女は意地でも俺について来ると聞かない……会話は出来ないがボディランゲージで意思は伝わってきた。

 彼女のための冒険でもある、仕方なく俺はカタリナの同行を許したのだ。


「ちょっと待ってください!!」


 再び背後から声を掛けられた、今度はイングリットだ。


「どうしたイングリット、お前まで完全装備で」


 彼女を見ると完全に冒険に旅立つ気満々の装備で固められていた。


「決まってるじゃないですか!! 私も付いていきますからね!!」


 朝から見掛けないと思ったら隠れて準備していたのだな。

 やるじゃない。


「過酷な旅になるぞ? 大丈夫か?」


「そんなこと言っても駄目ですからね、私だけ仲間外れにしようとしてもそうはいかないんだから……」


 昨日凹みまくっていた人間と同一人物なのかと疑う程、イングリットのテンションは高かった。


「まあ、置いていかれたらあのライムと二人っきりだし気まずいよなぁ」


「そんなんじゃありません!! ライムさんはいい人ですよ!?」


「別に言い繕わなくてもいいんだぜ? ここにライムはいないんだし」


「本当に性格が悪いんですねあなたは……ライムさんはわざわざ昨日私に言いに来てくれました、私はライムさんやあなたの悲願達成のためには居てくれないと困る存在だって」


「何? ライムめ、俺の居ないところでイングリットにそんな事を言っていたのか?」

 

 俺にはイングリットの重要性なんて一言も言ってなかったのに。


「そうですよ~~~、私は最重要人物なんです」


 フフンと鼻を鳴らし、ドヤ顔で胸を張る。


「そうかよ、なんならここに残ってライムとよろしくやっていればいいじゃないか」


「あれ~~~? 自分だけ仲間外れにされたものだからいじけているんですか?」


 悪戯っぽい笑顔を咲かせながら俺の顔をのぞき込んできやがって……イングリットって見かけによらずいい性格してるよな。

 俺はあからさまに不機嫌そうに口を尖らす。


「今のは冗談ですよ、私はアクセルさんとは一度ゆっくり話しをしてみたかったんです」


 イングリットは急にしおらしくなり、遠い目をしていた。

 この子、表情がころころ変わるな……まるで猫の目の様だ。


「旅の間は時間がたっぷりあります、いっぱいお話ししましょうね」


 満面の笑みを俺に向けてきた。

 その時ライムが言っていた俺の運命の人の話しを思い出す、そのせいでちょっぴり彼女を意識してしまった。


「ところでまずはどうするんです? 南の孤島ってくらいだから渡るには船が要りますよね?」


「そういやそうだな……」


 まだまだ陸路を南に進まなければならないがそのうち船は絶対必要になる。

 もしかしたら定期船が出ていたりするかもしれないが、行き当たりばったりに期待しては余計な時間を失いかねない。


「少し寄り道になるが、俺がもと住んでいた街に冒険者ギルドがあるんだ、そこに寄って情報を調べたい……場合によってはそこで船の手配が出来るかもしれないしな」


「まあ、それはいいですね!!」


「ウガッ!!」


 胸の前でポンと手を叩くイングリットに釣られてカタリナも声を上げる。

 そういう事で俺は久し振りに東の街に戻ることにした。




「相変わらずの賑わいだな……半年くらいじゃそうそう変わらないか」


 この町は周りの小さい町や村から人や物が集中しやすいので、この近隣では一番大きく、そして栄えていた。

 そして一番人の往来のある街の中心地に冒険者ギルドはあった。


「ここが冒険者ギルドですか……何だか物々しい感じがしますね」


「そうかい? まあ厳つくてむさ苦しい男たちが詰めかける場所だしな」


 扉を開けて中へと入る。


「おう、アクセル!! まだ生きてたか!! 最近見ないからおっちんじまったのかと思ったぜ!!」


「そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ!!」


 入り口付近であった昔馴染みと拳をぶつけ、お互い憎まれ口を叩く。


「何ですかあの無礼な人は!!」


「そういうなよ、あれが俺たち冒険者の挨拶なんだよ」


「あれがですか!?」


 イングリットが驚いている、まあ修道院ではまずお目に掛かれない光景だろうな。

 さらに奥へと進むとそこにはカウンターがある、俺はそこの一つに腰掛け、そこに居る赤毛で眼鏡をかけた女性に声を掛ける。


「ようジェニー、久しぶり!!」


「アクセルさん!? お久しぶりね!! 半年ぶりくらいかしら!?」


「ああ、少し遠出をしていたからな、元気だったか?」


 それえから少しジェニーと会話を楽しんでいると、わき腹に鈍い痛みを感じる。


「いててて、何だ!?」


 その痛みの原因はイングリットが俺を抓っていたからだった。


「何だよイングリット?」


「何をデレデレしているんです、早く本題に入ってください」


 ったく、人が折角久しぶりにこのギルド独特の雰囲気を楽しんでいるというのに……。


「ところでジェニー、南の孤島ってあるだろう? そこへ行くのに本土と島の間に連絡船とかってあるか?」


「えーーーっと、今調べるわね……うーーーん、残念ながら無いみたいね」


「他に行くとしたらどんな方法がある?」


「自分でボートなどを用意するしかないわね、もしかしてアクセルさん、そこへ行こうとしてるの?」


「ああ、ある物を探しにな……」


「あなたも物好きね、あの島はギルドへの依頼もないし、ここ数年渡った人を聞いた事が無いわ」


「そうなのか」


 おいおい、ボートから用意しないとダメなのかよ……これは思ったより面倒なことになりそうだぞ。


「邪魔したな、俺は行くよ」


「あっ、ちょっと待ってアクセルさん」


「うん?」


 立ち去ろうとした俺をジェニーが引き留める。


「最近の事なんだけど、冒険者ギルドの出張所を西の村に作りたいって人達が訪ねてきたことがあったの」


「ほう、そんな事が……それで?」


「その代表って人がアクセルさんに世話になった事があるって言っててね、一応アクセルさんの耳に入れておこうと思って……」


「そうか、よく知らせてくれたね」


 俺はジェニーに銀貨を一枚渡す。


「気を付けてね」


「ああ、ありがとうよ」


 俺たちはギルドの建物から出た。


「あの、さっきの話しは何だったのでしょうか?」


 外に出るなりイングリットが俺に質問してきた。


「何って?」


「だからアクセルさんに世話になったとかなんとか……」


「ああ、冒険者を長くやってたらよくある話しさ」


「アクセルさんはやはりいい人なのですね!! 今まで色んな人を助けてきたのでしょう!?」


「う~~~ん、どうだろう? いいかイングリット、世話になったって言葉には凡そ二つの意味があるんだが……」


「ええっ? 困っている人の世話を焼いた以外に何があるっていうんです?」


「……君はあんな教団に居た割に随分と真っ直ぐに育ったんだな」


「いいえ~~~、それほどでもありませんよ」


 頭を押さえ照れるイングリット……嫌味のつもりで言ったんだがどうやら伝わってい無い様だ。


「いいか? 仮に俺が仕事などで悪党を叩きのめしたり悪事を暴いて連行したりした場合にもやられた相手は俺に対して世話になったって言葉を使う場合があるんだよ……」


「う~~~ん? イマイチ意味が分からないのですが……それって逆じゃないですか?」


「そうか……いや、君はそういうのは無理に覚えなくていいわ」


「?」


 こういう純粋な娘に裏社会の言い回しなんてわざわざ教えることもあるまい。


「もう行くぞ」


「あっ、ちょっと待ってくださいよ!!」


 情報は得た、あとは南の孤島の本土側の対岸に直に行ってみてから考えよう。

 そう思った矢先、俺たちの前に帽子とスーツを着た三人の男たちが立ちはだかった。


「何者だ?」


 俺はイングリット、カタリナを庇うように前に出て男たちと対峙した。

 まさかこいつらがジェニーの情報にあった俺を知る男か?


「失礼ですが冒険者アクセルさんとお見受けします……『完遂者』アクセルさん、ですよね?」


 白いスーツの男が俺に話しかけてきた、俺の情報を知っているとは……帽子を目深く被っているので顔が良く見えない。


「そうだが、何か用か?」


 いつでも反撃できるように剣の柄に手を近づける。


「アクセルさん、お久しぶりです、私共をお忘れですか?」


 男が帽子を取る、すると顔を表したのはあの林道で俺を襲った野盗のリーダーではないか。


「お久しぶりです旦那!!」


 後ろに控える二人も帽子を取ると、モヒカンの痩せっぽちは普通に髪を下ろし身体も肉付きが良くなり普通の体型になっていた。

 そして一番驚いたのは禿げの太っちょだ、なんと体型がすっきりスマートになり、スキンヘッドながらかなりのイケメンになっていたのだ。

 彼らに一体何があったのだろうか。


「アクセルさんに金貨をもらった後、博打で一山当てましてね……それを機に野盗から足を洗ったんですよ……そしてその資金をもとに隣村に冒険者ギルドの出張所を開こうと思いまして、いまこの街の冒険者ギルドと交渉中なのですよ」


「そうだったのか……」


 他人事とは言え人生何があるか分からないな、俺はあまりいい方向へは行っていないというのに。


「それはそうとどうしたんだ? わざわざ俺を探してたんじゃないのか?」


「そうでした、本題に入りましょう……アクセルさんがお困りとの噂を耳にしましてね……なんでも船をお探しとか」


「どうしてそれを?」


「さきほどギルドでお話しを伺ってまいりました」


 ジェニーめ、金に目がくらんで俺の情報をこいつらに売りやがったな?


「私共なら良い出物をご用意できると思うのですが、どうしょう?」


 それこそ渡りに船のいい話しだが、野盗出身のこいつらを本当に信用してよいものだろうか……。

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