第13話 欲望の宴

 俺は今いる所から少し後ろへ離れ、女装、じゃなかった助走をつけて窓に飛び込んだ、そしてイングリットたちが居る部屋の中で前転して止まった。


「きゃあああっ!!」


 女の子たちが悲鳴を上げるが無理もない、脅かすつもりはなかったが時は一刻を争う。


「待ってくれ!! この先に行ってはいけない!! 君たちは騙されている!!」


 裏声と女言葉を使うのも忘れ、ライムの顔をした俺はイングリットたちに訴えかけた。

 

「何を言ってるんですアクアさん、神子みこに選ばれるという事は私達修道女にとってとても光栄なことなのですよ? 入信したばかりのあなたには分からないでしょうけど」


 カタリナは何を馬鹿なといった呆れた表情で、俺のいう事に全く耳を貸してくれない。


「アクアさん、朝から何なんです? いきなり私を教団から連れ出そうとしたり、神子みこの儀式を邪魔しようとしたり……私に恨みでもあるんですか?」


 今朝の件もあり、イングリットもここぞとばかりに俺を責める。


「違う!! そんなつもりは……!!」


 やらかした……人は自分の信じるものを否定されるとそれが仮に間違っていたとしても反発し、意固地になり人の話を聞き入れなくなるのだ。

 ふと脳裏に野盗のリーダーの言葉が甦る。

 確か信者の信仰心を否定したり貶したりするなと言ってたっけ。

 今の状況がまさにそれだ、折角奴が金貨の対価として俺に言ってくれた忠告を忘れてしまってこの有様だ。

 こうなってしまった以上、説得はもはや意味をなさない。


「何事です!? 今の大きな音は一体!?」


 お局様登場……まさに最悪の展開だ。


「アクアさん、やはりあなたは教団を探りに来た異端者だったのですね……聞けばアクアなんて新入りはいないそうじゃないですか」


「へへっ、ばれたか……」


 それはそうだろう、今までばれなかったのが不思議なくらいだ。

 俺は変身マスクを取って素顔を晒す。


「きゃあああっ!! 男!! 男よ!!」


 三人の少女は両手や脚で身体を隠すような仕草をする……だが今更だな、俺は君たちの一糸まとわぬ姿を既に拝んでいるのだよ。


「あなたたちは急いで司祭様が待つ祭壇へ向かいなさい!! この男は私が相手をします!!」


「はい!!」


「あっ!! そっちには行くな!!」


 俺の声に耳を貸さず、三人の少女はひと際立派手な装飾の扉を開けて部屋の外へと出て行ってしまった。

 くそっ、これではみすみすケダモノの檻に兎を放り込むのを許してしまった様なもの。


「人の心配をしている暇は無いわよ、あなたはもうここから生きて帰れないのだから」


 ブルックは見る見る全身が鱗に包まれていく……目がぎょろりと大きくなり瞳孔が縦長になる、口が耳まで裂け牙が伸びチロチロと長い舌が出入りする、そして両脚は一つに合わさり太くて長い尻尾に姿を変える。

 ブルックは蛇女ラミアだった。


「へぇ、教団の幹部がモンスターだったなんてな、ってことは司祭様とやらもそうなのか?」


「下手な誘導尋問ね、この私がそんな事を教えるとでも思った?」


「へへっ、駄目か」


 中々ガードが堅いな、しかしその言い草はほぼ司祭が人間ではないという事を雄弁に語っている……まあ正体は分からないけどな。


「久しぶりに男を食べられるわ~~~!! 覚悟しなさい!!」


 男日照りの年増女のようなセリフを吐きながら俺に突進してくる蛇女……中々の速さだが、練習ダンジョンで嫌というほど鍛えられた俺にはナメクジ程度の速さにしか感じない。

 俺は蛇女とすれ違い様、ミドルソードを目にも止まらぬ速さで抜刀、すぐさま鞘へ納めた……所謂『居合』というやつだ。

 以前東の方を旅した時に路銀を稼ぐ見世物としてサムライという変わったいで立ちの異国の剣士が披露していた剣技なのだが、格好良かったのでいつか真似しようと思っていたのだ。

 思った通り技術の向上した俺なら再現が可能だった。


「何かしたの? 残念、私には当たらなかった様ね」


「いや、そうでもないぜ? お前、気づいて無いのか?」


「えっ?」


 俺の方へ胴を捻じった瞬間、腹を境に彼女の身体の上半身と下半身はズルリと左右にずれていく。


 「そっ、そんなーーーー!!」


 腹から鮮血をまき散らし、蛇女は床に転がった。

 

「ふう……」


 こんなにあっさりモンスターを倒したのはいつ振りだろう。

 これも練習ダンジョンで身体が鍛えられたお陰……ってまさかライムが俺に長々と練習ダンジョンに挑戦させたのはこれが目的だったのか?

 いやいや、あいつに限ってそんな事は有り得ない、あいつは生粋のドSなのだ。

 

「きゃあああっ……!! いやああああっ!!」


 悲鳴!? 今はそんな事はどうでもいい、すぐさまイングリットたちを追いかけねば。

 俺は扉を蹴飛ばし、隣の部屋に躍り込んだ。


「みんな無事か!?」


「あっ……ああっ……あああっ……」


 イングリッドが放心状態で床に座り込んでいる。

 視線の先には司祭が立ち尽くし、傍らにはカタリナともう一人の少女が血まみれで倒れていた。

 カタリナは腹から夥しい量の出血をしているが、まだ僅かに息がある、しかしもう一人の娘は首を食いちぎられており既に絶命していた。


「おやおや、よそ者でしかも男が私の部屋に入るなど許しがたいですねぇ……」


 口元に着いた血を拭いながら司祭が俺を睨む……目が合った瞬間に俺の体中の毛穴が一斉に鳥肌を立てる。

 身体が恐怖で委縮している?

 こいつ、ただ者じゃない……恐らくこれも奴の能力の一つだ。


「この現場を見られたからにはあなた方にも死んでもらわなくてはなりませんねぇ」


 上半身を不気味に揺すりながらゆっくりとこちらへ歩いてくる司祭。

 しかし俺は身体が硬直していて思うように動けなかった。

 だが俺の後ろに居る少女イングリットだけは守り通さなければ……俺が上手く立ち回れなかったせいで犠牲を出してしまった、せめてこの子だけでもここから逃がさなくては。


「俺が司祭に切り掛かる、その隙に君は後ろの扉から逃げろ!!」


 しかしイングリットから返事がない、目を見開いたまま小刻みに震えているだけだ。


「くそっ!!」


 俺は言う事を聞かない膝を叩き、何とか動けるようになった足で跳躍し、イングリットに飛び掛り、ゴロゴロと転がりながら隣の部屋に移動した。


「一体何が……ひいいっ!? いやああああっ!!」


 衝撃で正気に戻ったイングリットであったが、血の海に横たわる蛇女の屍を見て再び悲鳴を上げた。

 そういえばそのまま放置していたんだったな。


「逃がさんぞ……」


 追いかけてきた司祭の身体が法衣を破きながら膨れ上がっていく……身体が黒色の体毛に包まれ、筋肉質の身体が剥き出しになった。


「こいつは巨人猿ジャイアントエイプ!! 」


 巨人猿とは巨大な猿のモンスターだ……その巨体に似合わず俊敏に動き、見た目通りの強大なパワーを持つ。

 しかし知能は人の言葉を解すが、そこまで利口ではないはずなのだが……俺のモンスター知識から言わせてもらえば、巨人猿にこんな悪徳宗教団体を操るような高度な知恵があるのは考えられない。


 だが事実は事実、こいつをどうにかしない限り、俺もイングリットも明日の朝日は拝めないという事だ。

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