第11話 信仰の町

 野盗の情報をもとに北の町の前までやってきた。


 遠巻きに見える町は高い塀で囲われており中を伺い知ることは出来ない。

 唯一の出入り口も重そうな大扉によって閉じられており、その前には見張りの僧兵が立っている。

 これはどう見てもよそ者を歓迎という雰囲気ではないな、門前払いも有り得る。

 しかしこんな所で手を拱いてもいられない、何とかして町の中に入らなければ水晶の少女を探し出すことは出来ない。

 何か手は無いか……俺が考えあぐねていると町の外から頭からローブをすっぽりと被った恐らく女性と思われる数人の一団が門に差しかかる。

 ローブの女性の代表と思われる人物が門番と何やら話をしているな……その後門番はすんなりと門の扉を開け、女性たちを町の中へと通したのだった。

 なるほど、あれは同じ教団の信徒だから特に取り調べもなく門を通したんだな。

 これはあれを試してみる価値があるかもしれない。


 俺は背負っているリュックを下ろし、中から一枚の大きな布を取り出す。

 ライムの祠の倉庫にあった物なのだが、ライム曰く人の念によって自由に色や柄が変わる代物らしい。

 俺はさっき見た女性の一団が被っていたローブの色と柄を頭に思い浮かべ布を握る……するとどうだろう、布の色が見る見る変わっていきそのローブそっくりに変化したではないか。


「へぇ、こいつは凄い」


 試しに頭から被ってみる……顔を隠すように深めに被ればそう簡単に見破られないだろう。

 次に町へ戻って来る団体があったらそれに紛れ込んで潜入を試みよう。

 だが運悪く、その日はもう訪問者はいなかった。

 今日は近くの森で野営して明日改めて挑むとしよう。




 翌日の早朝。


 俺は敢えて町の前から離れた、昨日女性の一団が来たであろう方角に様子を見に行ったのだ。

 道は森の中に続いている、ばったり誰かに出くわさないように慎重に中に入った。

 水音が聞こえるな、足を進める程音は大きくなっていく。

 近くに川でもあるのか? そう思い茂みを抜けるけると、視界に入って来たのは滝であった。

 規模はそこまで大きくない、滝つぼは大き目な浴場ほどある。

 そしてその中で一糸まとわぬ女性たちが水浴びをしていた。

 思わず茂みに隠れる俺、これでは完全に覗き魔だ……その気がなかったとはいえこれは男として恥ずべき行為だ。

 しかし楽しそうな黄色い声が耳には入ってくる、俺は何ともいたたまれない気持ちになった。

 恐らくこれは『禊ぎ』というやつだな……沐浴をして身を清めることで神に仕える資格を得るというものだ。

 しかし彼女らはいつここへ来たのだろう、もしや俺が寝ているまだ日が昇る前に既に来ていたのか?

 

 「さあ、皆さん、そろそろ上がりましょう……教会に戻ったらお勤めですよ」


「はい!!」


 代表と思われる女性の指示で一斉に滝つぼから上がる女性たち。

 断っておくが俺は背を向けていて一切女性の裸を見ていないからな? 

 これは俺の名誉の為に敢えて言っておく。


 身体を布で拭き、例のローブを纏った女性たちが列をなしておれが潜んでいる茂みのすぐそばを通り過ぎていく。

 これはいい、俺もあの布を纏って後ろに付けば町に入れる。


「ちょっとイングリット、しっかりフードを被らないとブルック様に叱られるわよ」


「ごめん、カタリナ……フードに髪が絡まってしまって……」


 最後尾の二人の少女が何やらもたついている。


 うん? あの長い髪に見覚えのある美しい顔……間違いない、彼女は水晶の君だ。

 そうかイングリットという名前か……居場所と名前が一変に分かるなんてこれは大収穫だな。

 ここで彼女が見つかったのは実に幸運だ、もうあの町の中に入る理由がない。

 あとは隙を見計らって彼女を連れだすのが得策だろう。

 問題があるとするならば、この少女イングリッドをどう説得するかだが。


「イングリットさん、ちょっといいかな?」


 俺はなるたけ声色を作り裏声でひそひそとイングリットに話しかける。

 女性ばかりの中、野太い声で話して周りに怪しまれないためだ。


「あなたは? 見ない顔ですけどどなた?」


「訳あってあなたには私と一緒にある所へ行って欲しいの……突然こんなこと言われて戸惑うだろうけどお願い」


 オエッ、我ながら女言葉が気持ち悪い……だがここは我慢我慢。


「そんなこと出来るわけがないでしょう!? あなたは一体何者なんです!?」


「ちょっ……そんなに大声を出したら……」


 イングリットが声を荒げたせいで周りの修道女が一斉に振り向く……これは実にまずい。


「ちょっとイングリットさん!! 何を騒いでいるのですか!?」


 さっきの滝つぼで指示を出していた女性がこちらに向かって歩いてきた。


「あっ、ブルック様……この子がおかしなことを言うものですからつい……」


「あなた、見ない顔ね……それにこんな背の高い子、修道院に居たかしら?」

 

 ブルックと呼ばれたお局様風の女性が俺のフードに隠れた顔をのぞき込む。


「今日の朝から入信しましたアクアでーーーす」


 我ながら苦しい言い訳だ、何だよアクアって。


「そんなはずは無いわ、それならそれで司祭様から私に連絡があるはずよ……ほら、フードを取って顔を見せなさい」

 

 万事休す……俺はゆっくりとフードに手を掛けた。

 そして一気にはぐり頭と顔が露出する。


「あら、女の子だったのね……てっきり男が私たちに悪戯するためにまぎれ込んだのかと思ったのに」


 見たか、あの変化する布でマスクを作り予め顔に被っていたのだ。

 モデルはライムの顔を念じた訳だが、それに応じて髪の毛が生えてきたのには驚きだったが。

 しかもしっかり肌の質感もあり布を被っているようには見えないときている。


「何故連絡が届かなかったのかしら……帰ったら司祭様に確認するわ」


「はい、よろしくお願いします」


 ブルックは列の先頭へと戻り、修道女の列が再び歩き始める。

 正体がばれなかったことにほっと一息。

 しかしイングリットの視線はとても冷たいものだった。

 俺を睨んだ後、ぷいっと顔をそむける。

 あらら、嫌われたなこれは。


 臆病な性格が功を奏しなんとかこの場を乗り切った。

 だが一度怪しまれてしまったイングリットをどう説得しよう。

 これは確かにハードな試練だ。

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