第9話 練習用ダンジョンを攻略せよ(後編)

 ライムの祠に来てから半年……俺は未だに練習用ダンジョンを攻略出来ずにいた。


 もしこれが本番の試練だった場合期限オーバーで試合終了していたことだろう……ところで試合ってなんだ?

 ひと月を過ぎたころからライムも俺を茶化す事は無くなり、最近では口も利いてくれなくなった。

 これは由々しき事態だ、もし俺が彼女の眼鏡にかなわない人間と判断されば見放され、人間に戻る話しも白紙に戻されかねない。


 ただ、俺も半年間に何の進歩もしていない訳では無い。

 身体能力の向上……特に足が速くなった。

 以前なら死んでいた大ダメージを受けても早々死ななくなった。

 もちろん死ぬ程痛いのを気力で耐えているのだ。

 そして僅かな気配や物音を感じ取る事が出来るようになった。

 しかしこれ程成長しても、入る度に構造が変わるダンジョンに翻弄され中々完全攻略とまではいかないのが実情だ。

 だが一度だけ最深部手前まで進んだことはある……青白く明かりが灯る部屋、そこには祭壇のような物があり、上には宝箱のような箱が置いてあった。

 あと一歩といった所で天井が崩落、俺はそこで圧死してしまった。

 あの箱の中には何が入っていたのだろう……恐らくあれを取って戻れば晴れて本物の試練を受けられるのだろうな。


「アクセル、ちょっといいかしら?」


 芝生に寝転がり物思いにふける俺にライムが久しぶりに話しかけてきた。


「期限は決めないって言ったけど、練習用ダンジョンには次で挑戦を止めて頂戴」


 ついに来た……俺があまりに不甲斐ないばかりに三下り半を突きつけに来たのだな。


「私もう飽きちゃったわ、初めの内はあんたがあまりにもあっさり死ぬもんだからおかしくって笑ってられたけど、こうも時間がかかるんじゃねぇ……」


「返す言葉もない……」


「だから、次の挑戦が成功しようが失敗しようが試練を与える事にするわ……あんたもその方がいいでしょう?」


「それは……」


「なぁに? あんたも待ちに待った試練を受けられるんだものその方がいいでしょう?」


 これはどう反応すればいい……見放されないのはいいが何かが俺の胸の中に引っ掛かる。


「今日はこれからダンジョンよね? 最後だけど気楽にやんなさい」


 そう言い残しライムは蔦のベッドにごろ寝して書物を読み始めた。

 もう俺のダンジョン攻略の成否など興味なしってか?

 いいだろう、この最後の一回で必ず攻略して見せよう。

 このままで終われるか、俺の二つ名『完遂者』の名に懸けて。

 

 俺は何度目かも忘れてしまったダンジョン攻略へと赴いた。

 

 松明を持ち一気に洞窟を駆け抜ける……落とし穴を飛び越え、壁から飛び出す槍を回避、それを速度を落とさず熟していく……向上した身体能力の賜物だ。

 これも全て今までの失敗が糧となったいる、俺の今までのチャレンジは無駄ではない。

 二股の分岐……右側からは空気の流れが少ない、これは通路が何かに塞がれている証拠、恐らくはあの大岩があるのだろう……俺はすぐさま左の通路を選んだ。

 天井から僅かに砂が降ってくる、これは落盤の前兆だ。

 更に加速して一気に駆け抜けると俺の背後に天井から大量の土砂が降り注いでいた、危ない所だった。

 この判断の速さも経験を積んだからこそだ。

 よし、今までにない程順調だな、しかしここで油断して失敗するのも嫌という程経験してきた、そう何度も同じ轍を踏んで堪るか。

 

 そしてとうとう最深部……一度だけ見た青白い部屋だ、あの祭壇もある。

 見たところトラップももう無い様だ、それもそうか宝がある部屋にそれを喪失してしまうようなトラップを仕掛けられるはずはない。

 だが主がライムである以上油断はできない、宝箱を開けた時に何かあるかもしれないので最後まで気は緩めない。

 蓋に手を掛け慎重に持ち上げる……箱に入っていたのは両手に収まるくらいの大きさの水晶玉だった。


「何だろうなこれ……綺麗ではあるがライムが占いにでも使うのか?」


 吸い込まれそうな透明度の水晶玉、しかし覗いている内に中に何かが映りだした。

 徐々に映像がはっきりしていく……それは一人の少女だった。


「女の子? 見たことが無い子だな、何だってそんなものが映る?」


 年のころは十代後半、髪の長い美しい少女……服装は僧侶か魔法使いか分からないが踝辺りまであるロングスカートのワンピースにローブを纏っている。

 俺が首を傾げていると今度は立っていた足元に魔方陣が現れ輝きだした。


「おいおい、今度は何だよ……まさか、トラップか?」


 魔方陣から立ち昇る眩い光に包まれ身動きが出来ない……しまった、最後の最後にぬかってしまったか、どうせ最後なら成功して終わりたかったのだがな。

 次の瞬間、俺はその場から跡形もなく消えていた。




「お疲れ様、ダンジョン攻略おめでとう、やればできるじゃない」


「あれ……?」


 芝生に倒れる俺に顔をのぞき込むライム……この半年間、幾度となく繰り返したシチュエーション。

 ただ違うのはライムの賛辞の言葉だった。


「俺は成功したのか?」


「ええ、そうよ」


「じゃあ最後の魔方陣は……」


「ああ、あれは帰還用の転移魔法を刻んでおいたの、トラップで塞がってしまったらあんた、自力で戻ってこれないでしょう?」


 そうか、最深部に到着して水晶玉を取って時点で終了していたのか……焦って損したぜ。


「そういえば水晶玉は……」


「ここよ」


 ライムの手に先ほど宝箱から手に入れた水晶玉があった。


「これは『絆の水晶タイズクリスタル』……この水晶を持った者と強い絆が結ばれた者が映るのよ」


「そうなのか? 実は俺が持った時は女の子が映ったんだが……」


「あら、それはもしかしたらあんたの運命の人かもね……あんたも隅に置けないんだ~~~」


「そんな訳ないだろう、俺は不死者なんだぞ……結婚なんてあり得ない」


「それなら是が非でも人間に戻らなきゃね、そのために私を訪ねてここまで来たんでしょう?」


「………」


 それはそうだが練習のためのダンジョンでここまで苦労したというのにこれ以上の難易度のクエストを俺が乗り越えられるのか? はっきり言って自信が無い。


「そうだわ!! あなたへの最初の試練はこの水晶に映った女の子を探し出してここまで連れてくること!! 決定!!」


「はぁ!? 何だその今思いつきましたっていう適当な試練は!!」


「文句を言わない!! 断るなら人間に戻る方法を教えないわよ!!」


「ったく我が儘だな~~~」


 どうやら俺はそのどこの誰だか分からない少女を探すのが最初の試練になったようだ。

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