第8話 練習用ダンジョンを攻略せよ(前編)

 「アクセル、あなた私を笑い殺すつもり?」


 ライムは植物を操って作った椅子に腰かけ涙目で俺を見る。


「ごめん、あなたの顔を見てたらまた思い出したわ、アハハハハハッ!!」


 畜生、散々笑ってくれちゃって……今に見ていろ次こそは。


「でもさすがにあの体たらくは笑い事じゃないわ……こんなんじゃ一つ目のクエストすら攻略は難しいわよ、フフッ……」


 笑いながら笑えない話しをするんじゃない、俺がみじめすぎるだろう。


「ではこうしましょう、あの練習用ダンジョンは好きに使っていいから一度も死なずに最深部に到達するまで挑み続けなさい、それまで本番の試練はお預けよ」


「なっ……」


 ライムの奴、いくら何でも俺を舐めすぎだろう、何故俺が『完遂者』と呼ばれているか……それは何度も死んで徐々に情報を蓄積、学習することで時間をかけてでもクエストを攻略してきたからだ。

 攻略期間と死亡回数に制限が無いのならこんなダンジョン楽勝だぜ。

 現に入り口に槍のトラップがあるのはさっき分かったしな。


「そうそう、言っておくけどあのダンジョンは挑戦するごとに内部構造やトラップの位置が変わるから」


「何……だと……?」


 こいつ、どこまでサディストなんだ……のっけから俺の戦法を否定してきやがった。


「まあ精々頑張んなさいな、もう遅いから私は寝ます」


 ライムの座っていた椅子が後ろに倒れながら幅を増していく……なんとベッドに早変わりしたのだ。

 俺たちが居るこの緑に囲まれた不思議な空間は、外とは完全に隔離されている上、ぼんやりと明るいせいで時間の感覚が分からない。

 ライムの言葉通りなら今は夜更けという事になる。


「あなたもその辺に寝転がるといいわ、ここは温かいから芝生の上でも寒くないはずよ、ではお休み……」


 言うが早いかライムはくぅくぅと気持ちよさそうに寝息を立て始めた……くそっ、いい気なもんだ。

 しかし今日は一遍に色々な事が起こり過ぎた、興奮状態の所為でまだ眠くは無いが今から練習用ダンジョンに再チャレンジする気にもならないので、俺も休むとするか。

 明日からは少しでも早くダンジョンを攻略してライムの鼻を明かしてやる。

 俺は芝生の上に乱暴に倒れ込み、大の字に転がった。

 おおっ? 確かにライムの言った通り芝生がそこはかとなく温かい、まるで極上のカーペットだ。

 眠くなかったはずの俺もいつの間にかまどろみの中に沈んでいった。




「ほら、起きなさい!! いつまで寝ているの!?」


「むにゃ……?」


 あれ? ここはどこだっけ?


「寝ぼけているの? ほらさっさと起きなさい!!」


「ぬわっ!?」


 寝ている態勢のまま芝生が俺の身体を持ち上げながら伸び始める。

 そして片方だけが一気に伸び斜めになったせいで俺は地面に転げ落ちた。


「ったく、酷いモーニングコールだな……」


「寝坊するあなたが悪いんでしょう? 私の朝は早いのよ」


「それは長く生きているからか? 俺のばあさんもよく日が昇る前に起きていたもんだよ」


「何よ、私が老けていると言いたい訳?」


「別に~~~? お前がそう思うならそうなのかもな?」


「ムキーーーッ!!」


 昨日散々笑ってくれたお返しだ、これくらい些細なものだろう。




「朝ごはんは適当にその辺の果物を食べて頂戴、倉庫にも人間の食べ物があるけどお腹を壊しても私は責任を取らないからそのつもりで」


 昨日は気づかなかったが、よく見るとそこかしこに赤や黄色の果実が実っている。

 しかしどれも今まで見たことのない形をしているな、本当に食べられるのかこれ?

 試しにキュウリに似た細長くて赤い果実をもいで、恐る恐る丸かじりしてみた。


「んんっ!? 美味い!! (美味い!!)」


 脳内にエコーが掛かるほど甘くて美味かった……独特の風味があるがこれはこれで全く問題なく食べられる。


「ここの果物は全て私が品種改良したものなのよ、市場には出回ってないから有難くいただく事ね」


 どこまでも恩着せがましい奴だ、だがそう言われても食べるのは止めないがな。


「よし!! 今日こそはこんなダンジョン、軽く攻略してやるぜ!!」


 腹ごしらえを終えた俺はリュックに道具を詰め込み洞窟の前に来た。

 今度は既に松明に明かりを灯し左手に持っている。


「いってらっしゃーーーい、死ぬんじゃないわよーーー」


 後方からライムの茶化しの入った見送りの声が聞こえるが無視無視。

 まずは一歩目……上下左右に視線を配りトラップを警戒する。

 どうやら何もないようだな……入り口にも槍のトラップが無かったところを見るとライムが言った通り挑戦するごとに内部構造が変化するダンジョンというのは本当の様だ。

 しかしそれが本当なら一回ごとの挑戦を大切にしなければならないという事だ。

 一々死に戻っていては途中まで進んだ苦労が水の泡だ。


「よし、かなり進んだな」


 後ろを振り返ると入って来た入り口が微かな光の点に見える程奥に来た。

 今のところ真っ直ぐの一本道だった、どこにも枝道は無かったはず。

 ただ嫌な予感はする、一本道は裏を返せば挟み撃ち系のトラップや洞窟の幅と同じ何かが押し寄せた場合避ける手段がないという事だ。

 考えても仕方ない、俺は更に歩みを進める。

 

「うん? 何だ?」


 今微かに振動を感じた、気のせいか?

 いや、確かに振動している……しかもそれはどんどん大きくなっている、何かが近付いているのか?

 ゴゴゴゴと音まで聞こえてきた、これはまさか!!


「やっぱり来たーーーー!!!」


 悪い予感が当たった、前方から洞窟の幅いっぱいの大岩が俺目がけて転がってきた、それも物凄い速さで迫った来る。


「バカヤローーーー!! こんなの避けられるかーーー!!」


 踵を返し全速力で引き返すが大岩の速度は俺の脚よりも早い。

 案の定、俺は大岩に轢かれ血を吹き出しながら押しつぶされる。

 だがここまでこの大岩を避けるためのくぼみなどは無かったはずだ。

 それとももう少し早く奥に進んでいたら開けた場所があったとか?

 まさか慎重に進むあまり時間をかけ過ぎたのか? ああ、意識が遠のく……。


「お帰りーーー、昨日よりは頑張ったわね」


「うるせえ……」


 ライムの嫌味に悪態をつくも、それ以上しゃべる気にはなれなかった。


 まさか練習でこれ程の難易度とは、今日に至っては舐めたつもりはなかったのだが……俺は本当に試練を受ける事が出来るのだろうか。

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