第7話 地獄の予行演習

 「じゃあ早速その試練とやらを俺に与えてくれないか?」


 善は急げ、半年と言わずさっさと試練を済ませて俺は普通の人間に戻るんだ。


「軽く言うわね、さっきも言ったでしょう? 難易度が高いって……

 一度試練が始まれば期間の延長も死亡回数のリセットも認めないからね?」


「ぐむっ……」


 ライムの言う通り少し焦り過ぎていたか。


「ならどうしろっていうんだ?」


「試練の前に準備する時間をあげるって言ってるのよ……そうね、まずはその見すぼらしい恰好を何とかしてあげるわ」


 ライムが俺に向かって右掌を向け何やら呪文のようなものを唱えている。

 すると地面の芝生から糸らしきものが生えてきて俺の身体に纏わりつく。


「わわっ、何だこれは?」


「じっとしてて、すぐに終わるから」


 糸は俺の首の下までの身体を全て包むと、外側がはらりと散る。

 そして現れたのは紺色の服であった、しかも冒険に耐えうるしっかりした厚手の生地の。


「へぇ……これは凄いな」


 俺は手を広げて自分の服を眺める。


「見た目だけでなく破けたり燃えたりしても再生する私の特別製よ……

 希少な覇権蚕はけんかいこっていう羽虫の幼虫が紡ぐ糸が原料なの」


「そうか、ありがとうよ」


 確かに切られたり刺されたり燃やされたりしたら、身体は元に戻るが服はそうはいかないからな。

 こいつなりに気を使ってくれたんだ。


「武器や防具はこの倉庫の中の物を好きに使っていいからね」


 ライムは今度は左側にある蔦の壁に手を触れる、すると先ほどの様に蔦が両側に開き、奥に部屋が現れた。

 のぞき込むとそこには剣や槍、鎧に兜、松明やポーションの瓶が入った木箱などが所狭しと並んでいる……要するにこの部屋は武器庫ないし倉庫なのだろう。


「これは中々……それにしても賢人様が何だってこんなに冒険の道具を持ってるんだ?」


「もう、そう呼ばないでって言ったでしょう?」


「あっ、悪い……でもやはり気になるだろう? 自分自身では冒険しないのにこんなに武具や道具の貯えがあるのはさ」


「………」


 俺の質問に少し黙ってからライムはおもむろに口を開いた。


「私の目的達成のためよ、試練を与えたのだってあなたが初めてじゃない、以前にも数えきれないほどの人間に試練を与えて来たわ」


「それじゃあ人間に試練を与える事がお前の目的に至る手段って訳だ……まさかあんたも誰からか試練を課せられている口かい?」


「ノーコメント……」


「分かったよ、お互いの利害が一致してるんだ、これ以上余計な詮索はしないよ」


「賢い選択ね……アクセル、あなたは自分の事だけ考えていれば良いのよ」


「へいへい」


 俺にも事情がある様にライムにも事情があるようだ。

 しかも俺が頑張ることでライムにも恩恵があるのなら悪い気はしない。

 俺たちは運命共同体って訳だ。

 そんな事を考えながら俺は倉庫の物色を始めた。


「へへっ、どうよ?」


 頭を守る鉢巻状に巻けるヘッドガード、動きを制限しない程度の大きさと重量の胸当てチェストガード、前腕を守る籠手ガントレット、両足を守る脛当てレガース、武器は使い慣れた長さのミドルソード、あまり上手くないが空を飛ぶ敵対策に弓と矢を背負った装備をライムの前で披露した。


「恰好だけは一人前ね……いいわ、装備にも再生の祝福をしてあげる」


「ありがとうよ」


 これで服同様、装備品も復活するわけだ……これは助かる。


「それじゃあ早速その試練とやらを与えてくれないか?」


 俺は俄然上がりまくったテンションでライムに催促した。

 今ならそこそこの結果を出せそうな気がする。


「あんたね~~、その程度で私の試練を乗り越えられると本気で思ってるの?」


「おう、任せろ」


「はあ……」


 ライムは額を押さえかぶりを振る。


「これは特別サービスよ、あなたに予行演習をさせてあげるわ」


「予行演習?」


「かなり難易度を抑えた練習用のクエストよ、目的は最深部にある宝を取って来る事……練習だから半年の期間に入らないし、何回死んでもOKとするわ」


「へぇ、いいのかい? そんなのチャチャっと攻略してやるぜ?」


「やってみなさいな、出来るものならね……」


 冷めた視線で薄ら笑いを浮かべるライム。

 その顔は俺には絶対攻略出来ないと思ってるんだろう? 

 いいぜ、俺が本気を出したらそれなりに凄いってことを思い知らせてやる。


 ライムが正面の蔦を指さすとそこにぽっかりと口を開いた洞窟の入り口が現れた。


「さあ、行ってらっしゃいな」

 

「おう、少し待ってな、すぐに戻ってくるぜ!!」


 俺は根拠のない自信に満ちた瞳をライムに向け右手の親指を立てた。

 そしてそのままの勢いで洞窟の入口へと向かった。


「暗いな……どれ、松明を準備するか」


 持ってきた道具袋に手を突っ込み松明を取り出すと、胸の辺りに衝撃を感じた。


「あ……れ……?」


 地面から飛び出た槍が俺の胸の真ん中、心臓を貫いていた。

 

「おいおい……嘘だろう……?」


 まだ洞窟に一歩も足を踏み入れていないのに……そのまま俺は意識を失った。




「はっ……?」


 目を覚ますとライムが俺の顔をのぞき込んでいた。


「まさか洞窟にすら入れないなんて……こんなにどんくさいひと、初めて見たわ……アハハハハハッ!! ヒーーー!! お腹痛い!!」


 ライムは腹を抱えて前かがみになりながら大笑いし、しまいに芝生に倒れて笑い転げ始めた。


「~~~~!!」


 俺は恥ずかしさのあまり大の字に倒れたまま顔を真っ赤にしていた。

 完全に油断した……いや、正直練習用のクエストだからと舐めてかかっていたのだ。


 次こそは……俺は決意を新たにして試練に向き合う決心を固めた。

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