第23話 ウッサー村へ向けて

 ワンダル村を出てなだらかな道をウッサー村へ向けて歩き出す。村の周辺は見通しのいい草原地帯で、道も踏み固められており特に歩くのに苦労を感じることもない。ウッサー村までは休憩もはさみつつ歩いて五、六時間ほどということなので、順調にいけばお昼過ぎくらいには着けるはずだ。

 三人プラス一匹の少人数パーティの俺達は、俺とぬこにゃんを真ん中にして右にクリムさん、左にラビー君という並びで歩く。いざという時にすぐにフォローに入れるように俺が真ん中だ。

 みんなの装備は片手剣と小型盾バックラーで、鎧はクリムさんが元俺所有の・・・・・レザーアーマーを、ラビー君は自前の少しくたびれた厚手の服とフード付きマントだ。ぬこにゃんは猫魔槍ねこまそうニャンギヌス、鎧はお気に入りの紅い三銃士風装備だ。

 そして俺自身の装備は今現在、あまり目立たないように某有名服飾メーカーとのコラボの『ユ○クロ装備』を着ている――まあ、装備といっても見た目は洋服だけど……。この格好でもそこそこ強いけど、村を出てからクエスト用に装備を変更する。何にしようか少し悩んだが、アシスト重視でいくことにした。ガチ装備で俺だけ無双むそうしても意味ないし。

 装備武器はやっぱり片手剣――『武器を出した状態でもアイテムを使用することができる』片手剣だ。これがミソである。味方がダメージを負った時にすぐさまアイテムで回復したり、閃光弾で敵をひるませたりすることができるからだ。そして盾でガードをすることもできる。『ハンタークエスト』でも入門武器として推奨されている使いやすい万能型の武器だ。ただ攻撃力が低いので、火力を出すには特殊連続技などの熟練が必須になる武器でもある。

 そしてもちろん、俺が装備するのはただの片手剣ではない。砂漠に生息する特殊モンスターの素材から作られた業物わざもので、状態異常攻撃の『麻痺』属性を持っている。刃の所に牙状のギザギザのついたなかなかに凶悪な形状フォルムの剣で、こんな剣を持っている人を見たら俺だったら絶対に近づかないw

 防具のほうはパーティ支援系スキルの『全体化』をもった装備にする。『全体化』スキルは、自分が飲み食いした回復やバフ・・効果のアイテムをパーティ全体におよぼすことができるというものだ。ちなみに『バフ効果』とは、自分や味方の能力を上げる効果のことで、攻撃力アップとか防御力アップとかが一般的だ。逆に能力を下げるものを『デバフ』という。

 この『全体化』スキルを持つ鎧の中で、更に『状態異常攻撃強化』『早食い』スキルを発動することができる人気の装備がある。いわゆる接待せったい装備と呼ばれるもので、初心者さんと一緒にプレイするときに大変喜ばれる装備だ。つまり『状態異常攻撃強化』でモンスターの麻痺を狙いつつ、『早食い』で回復やバフ効果のアイテムを素早く使用し『全体化』でパーティ全体を支援するというコンボが成立するのだ。

 ガシャン、という効果音とともに装備が切り替わる。

 朝の少し肌寒い風に揺れる白い羽飾りのついた青いつば広帽子、昇り始めた太陽の光を受けて空よりもなお青くはためくサーコート。鮮やかな青色の三銃士風装備。そう、この鎧はぬこにゃんの着ている鎧と色違いのオシャレ装備なのだ!

「にゃっ! 私とおそろいだ~♪」

 ぬこにゃんが横に並んで嬉しそうに自分の姿と見比べる。

「わあ! 素敵ですね!」

「か、かっこいい……」

 クリムさんとラビー君は驚きつつも感嘆の声をもらす。

「ありがとう、しばらくはこの格好でいきますね。よろしくお願いします♪」

 俺は帽子に手をかけてそれっぽく気取って一礼してみせる。

「「は、はいっ……!!」」

 なぜかクリムさんとラビー君は顔を赤くしながら声をハモらせて返事をした。

「じゃあ、行きましょう!」

 ご機嫌のぬこにゃんを横に連れ、俺は笑顔で朝陽の昇る草原を軽やかに歩き始める。


 …………。


 ………………。


 ……………………歩くの飽きた。


 元気な体で歩くのは気持ち良かったが、さすがに数時間も歩くと飽きた!

 俺、もともとインドア派だし。

 ゲームでは気にも留めなかったけど、何時間も歩くというのはかなりしんどい。現代日本の人間で数時間も歩き続けるという経験は、登山や遠足にでも行かないかぎりあまりないと思う。ましてやここはモンスターのいる世界だ。日本人が想像する一番近い感覚だと、野犬や熊が出没する危険な場所を注意しながら歩いて行くという感じだろうか? ……いや、それより遥かに危険だよね、だって飛竜ワイバーンとかいるし!

 ゲームではボタン一つで村から村へ移動できたけど、リアルはそうはいかない。これは相当大変だ。よく考えたら『ハンタークエスト』では気球や飛行船で移動していたんだよなぁ。何気にすごい移動手段だ。こっちの世界にあるのかな飛行船? あるといいな飛行船!


   ◇


 太陽が中点に差しかかるころ、お昼休憩をすることになった。ウッサー村まではあともう一息らしい。周りの景色は林が点在する丘陵地帯へと姿を変え始めていた。ここまで特にトラブルも無く、とても長閑のどかなものだった。

 ちょうど木陰になるところに皆で腰を下ろし、お婆ちゃんが作ってくれたお弁当を取り出す。

「にゃふふ♪」

 ぬこにゃんは早速さっそく俺の胡座あぐらの上に陣取り、焼き魚の身をぎっしり詰めてもらった特性おにぎりを嬉しそうに取り出している。

 みんなでおにぎりをぱくつきながらホッと一息だ。

 俺も謎肉のそぼろが入ったおにぎりをかじりながらラビー君に話しかける。

「ウッサー村まではあと少しなんですか?」

「は、はい。も、もうあと一時間くらいだと思います」

 ラビー君はそわそわとした感じでおにぎりを食べながらそう答えてくれた。両手でおにぎりを持って小さな口で食べる姿はまさに小動物って感じだ。

 クリムさんもおにぎりを片手に話に加わる。

「ラビー君はウッサー村の出身なんですよね? どんな感じの所なんですか?」

「え? あ、あの、実はボクの出身はウッサー村ではなくてナガミミ村というところだったんです。で、でも村が大型モンスターに襲われて、親類のいるウッサー村に両親と命からがら逃げてきたので……。だ、だからまだ二ヶ月くらいしか住んでは居ないのですが、静かで良い村です。む、村の人も親切ですし」

「そう……だったんですか、村が……」とクリムさんが気遣きづかわしげにつぶやく。

 俺は咄嗟とっさに何と声をかければいいのかわからなかった。自分の住んでいる村から逃げ出さなければいけない状況って相当なことだと思う。

「……その大型モンスターは討伐されたんですか?」

 クリムさんの問にうつむきながら首を横に振るラビー君。

「ええ!?」

 俺は思わず声を漏らしてしまった。村を襲ったモンスターが二ヶ月経った現在も討伐されないままだということに驚いた。それはアカンだろー!

 何とも言えない沈黙が落ちる。

 二ヶ月も放置されている理由は何だろうか? 単純にどこかへ行ってしまっただけならいいけど……。ハンターの手が足りないとか、モンスターが凶悪で対処できないとかだと最悪だな。

 ……だからこそラビー君はハンターになって自分で何とかしたいと思っているのかもしれない。

 すごいな、と思った。ゲーム感覚の俺と違い、ラビー君は文字通り命懸けでハンターを目指しているのだ。

 突然、ラビー君が真剣な顔をして立ち上がる。そして、耳をピンと立てて音を探るように周囲を見回し始める。

 それに続くように俺の胡座あぐらの上に座っていたぬこにゃんもスッと立ち上がる。

「ぬこにゃん?」

 ぬこにゃんは周囲を探るように耳をピコピコと動かしている。

 そして、ラビー君が緊張した面持おももちで武器を構えながら声を上げた。

「な、何か来ます!」

 その言葉に俺とクリムさんも、食べかけていたおにぎりを水筒の水で喉に流し込みながら慌てて立ち上がる。間をおかず俺の耳にもガサガサと草をかき分けるような音が聞こえてきた。街道脇の林の奥の方から何かがこちらへ向かってくる気配を察知する。

 みんなが緊張した面持ちで武器を構える中、そいつらは林の中から姿を現した!

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