第22話 出発の朝

 クエスト出発の朝。

 目覚まし時計もないのに日の出とともに自然に目が覚める。かつてないほどの超健康的な早寝早起きスタイルだ。まあ、ただ単に運動して、お風呂入って、晩ご飯いっぱい食べて、爆睡しただけだが。

 本日も平常運転のぬこにゃんはいつものように俺の胸の上に乗って寝ている……重い。なんで猫って人の顔を見下ろすような位置にわざわざ乗って寝るんだろうね?

 今日は擬人化(とゆーか変身?)していなくて、ちょっとホッとしたような、少し残念なような複雑な気持ちだ。

「お~も~い~よ~、ぬ~こ~にゃ~ん」

 とりあえずぬこにゃんの脇腹をこしょこしょして起こしつつ、ステータス画面を開く。『ハンターめし』の効果の確認のためだ。

 結論から言うと、昨日の晩ご飯で『ハンターめし』の効果は発動した。そして、今朝もその効果は継続中である。

 体力一五〇、スタミナ一四〇、『めしスキル』の『防御力アップスキル』と『射撃力アップスキル』、『ふんばりスキル』の効果が出ている。素晴らしい……ちなみに『射撃力アップ』は弓やボウガンなどの射撃武器の攻撃力アップ、『ふんばりスキル』は攻撃を受けた時ののけぞりを軽減するスキルだ。『ハンターめし』が有効ならば、クエスト前に食べるものはちゃんと考えたほうがいいかもしれない。昨日のレシピもメモっておこう。

 ――かぷかぷ。

 ステータス画面を見ている俺の手を捕まえて、いつものようにゴロンと寝転がりながら甘噛あまがみしてくるぬこにゃん。

「……痛てて、にゃろめ!」

 そのお腹に逆の手でわしゃわしゃと逆撫さかなで攻撃で反撃しつつ声をかける。

「こら~、起きれ~♪ 今日はすぐ出発するんだからな~」

「にゃ~♪」

 ゴロゴロ喉を鳴らしてじゃれついてくるぬこにゃんをしばらく堪能する……朝からめっちゃ癒やされるわ~(*´ω`*)

 十二分にモフった後、身支度を整える。部屋を出て広間に行くと、ちょうどみんなも起き出してきたところだった。

「おはようございます」

「あ、おはようございます!」

「お、お、おはようございます!」

 クリムさんもラビー君も緊張しているのか、少し気負っているような表情だ。まあ、緊張するなと言う方が無理だよね。例えるなら、初めて部活の公式試合とか大会に出場する日の朝って感じかな? いや、ガチで命の危険があるんだからそれ以上だ。スキルのおかげで大丈夫だとわかっているはずの俺だって少し緊張しているんだし。

「おはよう、みんな。顔を洗ったら朝ごはんよ」

 普段と変わらない様子でお婆ちゃんが台所から声をかけてくる。お婆ちゃんの隣でメルちゃんもおはようと挨拶してくる。二人で朝早くから朝食の準備をしてくれているようだ。手に持った皿の上には、目玉焼きと謎肉のベーコン、美味しそうな焦げ目のついたソーセージがジュウジュウと音を立てていた。

 結構しっかりめの量の朝食をとり、手早く出発の準備にとりかかる。

 懸念していた、朝食で『ハンターめし』の効果が上書きされる・・・・・・・・・ということもなく、むしろスタミナが一四〇から一五〇になって満タンになっていた。

 イマイチどういう基準で『ハンターめし』が適用されているのか不明だけど、今回は自分に都合がいい方向で発動しているので良しとしよう。回数を重ねていけば法則性や条件みたいなものがそのうち見えてくるだろう。


「あ、そうだ。クリムさんとラビー君にこれを渡しておきますね」

 俺はそう言いながら宝石のペンダントを二人に差し出した。薄いピンク色の宝石を使った素朴な感じの首飾りだ。ゲームではアイコン表示でしか見たことがなかったので、実物を見るのは俺自身も初めてだったりする。

 これは『アミュレット』――いわゆる、お守りだ。『ハンタークエスト』には武器と防具の他にこの『アミュレット』を装備することで、スキルの発動ができるようになっている。今回二人に渡したのは『防御力アップ』のスキルが発動するものだ。ゲーム序盤でお世話になるもっともシンプルでお手軽な装備アイテムの一つだ。レア度も低くそれなりにドロップするので、何個かアイテム倉庫に死蔵しぞうしてあった。

「わあ! 素敵な首飾りですね!」

 クリムさんが目を輝かせてアミュレットを見る。しっぽもブンブンである。

 ラビー君も目をパチクリしながら興味深そうに見ている。耳がピコピコと動いているのでまんざらでもないみたいだ。

「それはモンスターの攻撃から身を守ってくれるお守りなんです。だから邪魔にならないところに身につけておいて下さい」

「そんなすごいお守りなんですか!? でも、いいんですか? こんな高価そうなもの……」

 クリムさんはアミュレットを大事そうに手のひらに掲げながら遠慮がちに聞いてくる。ラビーくんも同じように隣でコクコクとうなずいている。

「もちろんです。命より大事なものなんてありませんから、遠慮しないで付けて下さい」

 俺がそう言うと、クリムさんはぱあっとヒマワリのような笑顔を咲かせる。

「ありがとうございます! 大切にします!」

「あ、あ、ありがとうございます!」

 クリムさんは本当に嬉しそうにアミュレットを胸に抱きしめ、そのしっぽは千切れそうなほど高速振動している。――クリムさん、喜びすぎだよ!

 逆にラビー君は緊張の面持おももちで、アミュレットを持つ手がすごくぎこちない。ゲーム的にはそれほどレア度が高くないアイテムなんだけど、そんなに過剰反応されると逆に申し訳ない気持ちになるね。

 まあでも、できる範囲の安全策は一通りやっておくことが鉄則だ。ゲームでもそうだったが、依頼自体は『グレイウルフ狩り』だとしても、クエスト進行中に野良のらの大型モンスターと遭遇するというようなイレギュラーが発生することがあったりする。まして現実では何が起こるかわからない。……異世界放浪中の身としてはつくづくそう思う。

 荷物は昨日のうちに準備してあるので、鎧を着ていよいよ初クエストに出発だ! お婆ちゃんとメルちゃんも村の門のところまで一緒に見送りに来てくれる。

 道すがら朝の早いご近所さんがこちらの様子を見て「気をつけてなぁ」と声をかけてくれる。それらに挨拶を返しながら歩く。

 門ではブルータさんまでわざわざ見送りに来てくれていた。

「おはよう、みんな」

 強面こわおもてに笑顔を浮かべて、門扉のところまで案内してくれる。初心者講習で受け持った者が、初クエストに出る時は必ず見送りに来るようにしているのだそうだ。マジで人徳者だよ。

「いってらっしゃい。無事に帰っておいで」

「いってらっしゃーいっ! 早く帰ってきてね!」

「無事にクエストを達成することを祈っているよ!」

 まだ薄暗い空の下、お婆ちゃんとメルちゃん、ブルータさんに見送られて俺達は期待と緊張を胸に抱きながらハンターとしての一歩を踏み出す。

「いってきます!」

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