第21話 初クエスト出発前夜②お風呂

 メルちゃんはしっぽをフリフリしながら、スッポンポンで仁王立ちである。……なんとゆーか、おとこらしい――隠すものなど何もない! って感じでw

「あ、あの! ユーキさん、すいません! メルったら、もう!」

 脱衣所の方からクリムさんの困ったような怒ったような声がかかる。

「あ、あはは、びっくりしたけど大丈夫ですよ。メルちゃんはぬこにゃんと一緒に入れときますから」

「本当にすいません、お願いします」

 クリムさんは申し訳なさそうにそう言って、メルちゃんの着替えを置いて出て行ったみたいだ。

「じゃあ、湯船に入る前に頭と体を洗おうね。メルちゃんは自分で頭を洗えるのかな?」

 ふるふると首を横に振るメルちゃん。

「そっか。じゃあ、俺がメルちゃんの頭を洗うから、メルちゃんはぬこにゃんの頭を濡れタオルで拭いてくれる?」

「うん!」

 メルちゃんは元気よく返事をする。

 ぬこにゃん、メルちゃん、俺という順番で縦に並んで、後ろの人が前の人の頭を洗う形で座る。……ぬこにゃんだけ至れり尽くせりだな!

 シャンプーやリンスなんてものは当然ないので石鹸で髪も洗う。普段何気なく使っていたけれど、石鹸やシャンプーってどうやって作られているんだろう? 身近なものだけど何も知らないことに改めて気づく。

 メルちゃんのサラサラの金髪と側頭部から頬にそって垂れている耳を泡立てて優しく丁寧に洗っていく。メルちゃんの髪は細くきめこまやかで柔らかい。ワンコの耳はこんなふうになってるのかぁと思いつつ、水が耳の中に入らないように注意しながら洗う。

「メルちゃん、かゆい所はないですか?」

「うん!」

 おしりのしっぽがフリフリと嬉しそうに振られているので大丈夫みたいだ。しっぽの動きで大体の感情がわかるのは便利だね。ちなみに、メルちゃんのしっぽは人間でいうところの『尾てい骨』のところから生えている。人間にしっぽが生えていた名残なごりが『尾てい骨』だという話を聞いたことがあるから、当たり前なのかもしれないけれど……興味深い。そしてモフりたい。だが、我慢する――紳士だからね!

 メルちゃんもぬこにゃんの頭をタオルで拭きながら、「かゆいところはないですか?」と早速俺の真似をしている。

「メルちゃん、頭の石鹸を流すから目をぎゅっとつむってね~」

 うん、と言って両手で両目をふさぐメルちゃん。

 手桶でお湯を汲んで、頭と耳の泡を丁寧に流していく。洗髪完了だ。

「はーい、じゃあメルちゃんとぬこにゃんは背中の洗いっこゲームをして体を洗って下さい。二人共ちゃんとできるかな?」

「「できるー!」」

 二人は楽しげに答えると早速さっそく石鹸を手に取る。

 うむ、チビスケ達はゲーム感覚に誘導するのが一番だ。そうすれば喜んで体を洗うからね!

 ぬこにゃんとメルちゃんにお互いを洗いっこするように言って、俺は俺で自分の頭と体を洗う。

 きゃっきゃっとにぎやかに洗いっこする二人がちゃんと洗えているか様子を見つつ、自分をゴシゴシと洗っていく。

「よーし、体を洗い終わったらお湯に入るよ~」

 泡をお湯で流し、三人一緒に入る。ぬこにゃんを抱っこしてゆっくりと慎重にお湯に入れてやる。流石に深さのある湯船はちょっと怖いのか、ぬこにゃんは緊張気味だ。メルちゃんはへっちゃらでドブンと入る。やっぱり猫と違って犬は水に対する忌避感きひかんがあまりないんだろうか。

 何はともあれ、数日ぶりのお風呂である。

 湯船に浸かるとじんわりと温かさが体の芯に染み込んでくるようで、自然とふぅ~っと吐息がもれた。

「にゃふ~」

 風呂の底に足がついて安心したのか、目を細めながらぬこにゃんも吐息をもらす。

「わふ~」

 メルちゃんも真似して吐息をもらす。

「はぁ~、久しぶりのお風呂は生き返るな~」

 俺はニャンコとワンコに囲まれて入るとびきりのやし風呂を堪能するのだった。


  ◇


 さて、久しぶりのお風呂で汗を流した後は、お待ちかねのご飯だ。

 今日は俺とぬこにゃんに続き、更にラビー君を加えての賑やかな夕食だ。

 お婆ちゃんが奮発ふんぱつしてくれたのだろう。食卓には、色彩豊かなサラダ、根菜の煮物、具沢山のお味噌汁に五目御飯、異世界産のナスやきゅうりもどきのお漬物(今日はマタタビのお漬物は自重じちょうしたんだと思う)、謎のモンスター肉の唐揚げや肉じゃが、大きな焼き魚などなど、昨日よりも沢山の料理がほかほかと湯気を上げて並んでいる。めちゃくちゃ美味しそうだ。お婆ちゃん一人でこれだけの料理を作るのは大変だったと思う。本当にありがたいことだ。

 みんな待ちきれないとばかりに、すぐに席につく。ぬこにゃんはもちろん俺の膝の上だ。

「遠慮しないで、たくさん食べなさいねえ」と言ってお婆ちゃんは微笑む。

 皆一斉に唱和する。

「いただきますっ!!」

「はい、召し上がれ」

 運動した後に食べるご飯はほんっと~~~に美味しかった。ベッドに寝たきりで食べる食事とは比べ物にならない。俺だけでなく、クリムさんやラビー君も皆、たくさんの料理を前に嬉しそうに手を伸ばしている。

「ユーキ~、お魚~っ!」

 ぬこにゃんが待ちきれずに、俺の膝の上に立ち上がりテーブルに乗り出して催促してくる。

「はいはい、お腹ペコペコだもんな~」

 俺は焼き魚の乗った皿を取り、軽く醤油をかける。途端に醤油のこうばしいかおりが立ち昇り、思わず口の中につばが溜まる。ぬこにゃんが一層身を乗り出す。

 魚の身をほぐし、箸にとってふ~ふ~っと冷ましてやろうとしたところに、ぬこにゃんが待ちきれないとばかりにかぶりついてくる。

「にゃちっ、あちちっ!」

 おまいわw

 熱がりながら、それでもはふはふと美味しそうに食べるぬこにゃんに呆れつつ、俺も負けじと自分の口へ箸を運ぶ。んまい!

 ぬこにゃんと自分の口へ交互に素早く箸を運びつつ、夕食を堪能する。

 みんながバクバクとすごい勢いで食べるので、お婆ちゃんが目を丸くして言った。

「まあまあ! 頑張って沢山作ったかいがあるわねぇ」

 俺はお婆ちゃんの声を聞きながらみんなの食べる姿を見て、ある重要なことを思い出していた。


 ――そうだ、『ハンターめし』があった!


『ハンターめし』とは何か?

 それはハンターがクエスト出発前に食べる食事である! ――そのまんまですね?

『ハンタークエスト』にはクエスト出発前に食べる『ハンターめし』というものがある。みんなで円卓を囲んで、ご馳走ちそうをすごい勢いで食べるという演出があったのだ。今、みんなで食べている様はまさにそんな感じだった。

 この『ハンターめし』、なにげにクエストのクリアを左右することもあるぐらいに超重要な要素だったりする。

 それというのも、『ハンターめし』を食べることによって三つの恩恵が得られるからだ。

 第一に何と言っても一番重要な体力アップ。通常の体力が一〇〇とすると、その値が最大で一五〇にまでアップする。実に1.5倍だ。体力が多ければハンターの生存率が上がり、クエスト成功率が格段に上がるのは自明じめいだろう。はっきり言って、このためだけに『ハンターめし』を食べると言っても過言ではない。

 第二にスタミナアップ。これも体力と同じく最大で一五〇までアップする。『スタミナ』は走ったり、回避やガード、一部の特殊行動にかかわるもので、ハンターが自在に動き回るための重要なステータスである。

 第三に『めしスキル』の発動。そのまんま『ハンターめし』を食べて発動するスキルなので『めしスキル』である……わかりやすい!

 発動するスキルは料理の食材や旬など様々な要素によってランダムに決まる。スキルの種類は多岐にわたっていて、確か一〇〇種類近くあったはずだ。挙げていくとキリがないが、攻撃力アップや防御力アップなどオーソドックスなスキルの他に、クエストクリア報酬が増えたりする『金運スキル』や残り体力1で生き残る『ド根性スキル』などがある。とんでもないものだと、体力とスタミナが三〇に減少した状態からスタートという『不運スキル』なんてものがあったりする(ハンターめしを食べ終わった途端に苦しみ、お腹を押さえて倒れる演出まである)。これは通称、『ゲリめし』とか『ゲリ弁』と呼ばれている……ひどいw まあ、これはあるスキルと併用することで初めて意味を持つスキルなのだが、リアルでは絶対にやりたくないな!

 そんなわけで、重要なシステムである『ハンターめし』に関する状況は一体どうなっているのだろうか? ゲームのときは全く考えなかったことだが、リアルのクエストとなると行き帰りの行程も含めて数日間に及ぶ日程になる。これってどういう扱いになるんだろう? クエスト出発直前に食べたものが『ハンターめし』に該当するんだろうか? そもそも発動するのだろうか? 検証する必要がある。

 俺はぬこにゃんの口に焼き魚を入れてやりながらステータス画面をこっそりチェックするのだった。

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