第20話 初クエスト出発前夜

「あらやだ! 可愛いっ!」

「まあっ! 猫妖精さん! とっても立派になっちゃって!」

「あらあら! ほんと! 素敵な衣装ね!」

 井戸端の小さな広場のところで、ぬこにゃんを見つけた近所のおばちゃん達が集まってきてちょっとした騒ぎになった。鮮やかな三銃士風の衣装をまとったぬこにゃんの雄姿ゆうしが目立っていたのだ……可愛いは正義なので、仕方ない! ( ゚∀゚ )

 ふんすっ♪ と嬉しそうに胸を張るぬこにゃん。……いつもの人見知りは何処行った?

「よく似合ってるわねぇ。あら、ぬこにゃんちゃんの鎧もそうだけど、クリムちゃんもしっかりした仕立ての鎧を着ているわね!」

「そうそう、聞いたわよ! クリムちゃん、ハンター試験を受けるんだって?」

「おばちゃん、心配だわ。いいかい、ちゃんと無事に帰ってくるんだよ?」

「危ないと思ったら依頼クエストなんて放っぽって逃げりゃいいんだからね!?」

「あ、はい、ありがとうございます!」

 おばちゃん達はクリムさんがハンター試験の依頼クエストを受けていることをすでに知っているらしく、皆心配して次々と声をかけてくる。そして、俺達にも。

「あなた達も気をつけて、怪我しないように帰ってくるんだよ? くれぐれもクリムちゃんのことよろしく頼むよ!」

「男の子が女の子を守ってあげるんだよ? しっかりね!」

「無事に帰ってくるのが一流のハンターってもんだからね! 必ず帰ってくるんだよ?」

 なんかすっごい心配されてる。フラグ立ててんのか!? ってぐらいみんなから無事に帰ってこいって言われてるよ! まあ、パーティーメンバーが人間の俺と兎亜人のラビー君だから頼りなく見えるんだろうけど……逆にプレッシャーだよっ!!

 ラビー君はおばちゃん達の勢いに押されて小さくなっている。ちょっと可哀想だよ。ウサ耳少年は女の子ワクでもいいんじゃないかな? ……まあ、そうなると必然的に俺がみんなを全力で守らないといけないわけだが。

「あなた達が無事に帰ってくるように、猫妖精さんにお願いしとこうかしらね」

「飛竜から無事に逃げられたっていうし、ご利益りやくあるんじゃないかしら?」

「そうね! そうしましょう!」

 『猫妖精の幸運』の話がどれほど信憑性しんぴょうせいがあるのか知らないけど、いくらなんでもクエストに行く本人にご利益をお願いするのはどうなんだろうか? (・∀・;)

 早速、おばちゃん達は自家製の焼き菓子などのおやつやお漬物などをぬこにゃんに渡して、「みんな無事に帰ってきますように」とか言いながら次々にお祈りしていく。

 ……何これ、新手の宗教? ぬこにゃん教!? どうしよう、うちの子が新世界の神になるっ!!

 ぬこにゃんは両手いっぱいに貢物みつぎものをもらってホクホク顔だ。

 俺はおばちゃん達にお礼を言い、必ず無事に帰ってくることを約束する。

「帰ってくるにゃ!」

 ぬこにゃんも無事に帰ってくることを宣言する。――うむ、神の御神託ごしんたくである。

 もう一度、ぬこにゃんと一緒におばちゃん達にお礼を言って広場を後にする。

 ちょっと歩くとすぐに葉っぱの形をした『テレサ薬師店』の看板が見えてきて、少しほっとした気分になる。まだ一日しか泊まってないけど、なんか田舎のお婆ちゃんの家に帰ってきた感じがするんだよなぁ。

 「ただいまぁ」とクリムさんがドアを開けると、すかさず「おかえりなさあいっ!」と嬉しそうに叫びながらメルちゃんが突撃する。そして続けざまに俺にも突撃してくる。お留守番で寂しかったのかもしれない。千切れんばかりにしっぽを振って全身で嬉しさを表現している。これはもうモフらずにはいられない! これかぁ、これがええのんかぁ! とメルちゃんの頭を撫でくり回す。もうワッフワフだw 癒やされるわ~(*´∀`*)

 メルちゃんを撫でていると、ぬこにゃんも「にゃう~」と見上げてきて撫ぜろと要求してくる。ヤキモチさんか?

「わああ! ぬこにゃんちゃんの服、しゅてき!」

 ぬこにゃんの衣装に気づいたメルちゃんが声を上げる。『素敵』って言いたかったんだと思うが、少し呂律ろれつが回ってないw

 玄関先で騒いでいると、お婆ちゃんが台所から顔を出してにっこり微笑む。

「おかえり、みんな。もう少ししたら晩御飯の用意ができるからねえ。先にお風呂に入ってしまいなさいな」

 …………お?

 おおー! お風呂!? お風呂に入れるっ!? 毎日お風呂に入りたい日本人としてはありがたい!

 異世界では風呂に入ることができなくなると覚悟していたけど、こちらでもお風呂に入る習慣があって良かった! まあ、水汲みや湯を沸かすための燃料の問題もあってそうちょくちょくは入れないみたいだけど、お風呂があるだけでもありがたい!


 先に俺とぬこにゃん、次にラビー君、最後にクリムさんという順番でお風呂に入ることになった。一番風呂なんてと遠慮したが、疲れをしっかりとって明日に備えて下さいと押し切られた。

 タオルと着替えまで用意してもらって脱衣所に案内され、至れり尽くせりで恐縮してしまう。でも、お風呂は本当に嬉しい。

 ところで、猫は水浴びをする習慣がない。もともと猫はキレイ好きで、自分の匂いを消すために常に毛づくろいをするのでそんなに汚れないのだ。むしろ水に浸かったりすると皮膚の油分が取れてしまって体調を崩したりすることがあるらしい。

 まあ、ぶっちゃけ大概の猫は水に濡れるのが大嫌いである。だから猫をお風呂に入れるのは大変なことだったりする。よその猫のお風呂話を聞くとなかなか壮絶なものがある。無理に捕まえて洗おうとすると、この世の終わりのように鳴き叫んで暴れるらしい。最悪、爪で引っかかれて血だらけになるなんてこともあるそうだ……こわっ! ちょっとした事件だよ!

 それに比べて、うちのぬこにゃんはわりとお風呂好きである。多分、拾った時にこごえ死にかけてたのを、お風呂で洗って温めてやった経験があるからだろう。お風呂に対して悪いイメージがないのだと思う。

 家で俺が風呂に入っていると、たまーに脱衣所に侵入してきたりしていた。

 風呂場のドアのスリガラスによぎる黒い影! 「にゃ~」という中に入れろ、という催促の鳴き声! 猫とはいえこちらは真っ裸なのでちょっと焦る。

「キャーッ! の○太さんのエッチー!」と思わず言いたくなる……し○かちゃんの気持ちが少しわかる気がするよ!

「にゃんだ~、お前もお風呂入りたいのか?」

 風呂のガラスドアを開けてやりつつそう声を掛けると、ぬこにゃんは小さくにゃ~と返事をして入ってくる。そして、風呂場に来ると何はともあれまず洗面器の前に座ってこちらを見上げる。……水の催促である。なんで猫って風呂場の洗面器からわざわざ水飲むの好きなんだろ?

 洗面器に水を入れてやりつつ、ぬこにゃん用に小型のタライがあるのでそこにお湯を張ってやる。

 水をぴちゃぴちゃと飲んで満足すると、タライの湯面をちょんちょんと前足で少し様子を確かめた後、おずおずと湯船につかる。

 鍋猫ならぬタライ猫だ。タライの縁に頭を載せて気持ちよさそうに目を細めてくつろいでいる姿は人間とほんと変わらないんだよなぁ。

 そんなことを思い出しつつ、俺は脱衣所に入る。ちなみに俺とぬこにゃんの装備はステータス画面からボタン一つで外せるので一瞬で脱衣完了である。まあ、ゲームの仕様で俺はインナー姿だけど。


 腰にタオルを巻き、ぬこにゃんとお風呂場に入る。

 事前に風呂の仕組みや入り方を聞いたところ、実にファンタジーなシステムだった。風呂を沸かす燃料は薪ではなく『炎熱石』という石が主流らしい。それを聞いて、『ハンタークエスト』で『炎熱石』の採取運搬クエストがあったのを思い出した。火山地帯のクエストで、持っているだけで体力に徐々にダメージを与える『炎熱石』を、モンスターに邪魔されながら拠点まで運ぶという面倒くさいやつだ。

 ゲームの中では武器防具の作成素材の一種としてしか認識していなかった『炎熱石』だけど、風呂を沸かす燃料として使われているとは思わなかった。

 風呂は大人二人が余裕で入れるくらいの大きさでうちの風呂より大きい。洗い場のすみには椅子が三つに手桶やタライ、石鹸などが置かれている。

「風呂に入る前に身体を洗おうね~」

 そう言って俺は椅子を二つ取ると、ぬこにゃんも座らせる。手桶でお湯を汲んでぬこにゃんの背中にゆっくり掛けてゆく。猫は耳や顔に水がかかるのが大っっ嫌いなので注意しながら掛けてやる。まあ、うちの子は平気みたいだけど。

 そして、毎回思うんだけど……猫やハムスターって水に濡れると、ほんっとに可哀想なぐらいにしぼんでみすぼらしくなるんだよなぁ。濡れた毛が張り付いて体積が半分ぐらいになって、細い体があらわになるのだ。えっ!? ちょっ、お前、こんな細かったの!? マジで!? ってなる。頭だけフサフサなまま体が細くなるので、落書きで書く『棒人間』みたいな感じなのだ。残念感がハンパない!

 石鹸を泡立ててやさしく洗っていく。本当は猫用のシャンプーがあればいいんだけど、仕方ない。ぬこにゃんは目を細めて大人しいもんだ。

 なんか風呂場の外で揉めているような声が聞こえてくる……?

「ダメよ、メルー」

「メルはぬこにゃんちゃんと一緒に入るーっ!」

「あ、こら、メル!?」

 ドタバタとなにやら脱衣所の方で騒がしい音がして……

 バーン! と扉を開け、メルちゃんが元気よく風呂場に乱入してきた!

 もちろん真っ裸である。


 ようじょ キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!

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