第16話 クエストの準備③武具屋

 俺とぬこにゃん、ラビー君は、気のはやるクリムさんに連れられてベアッグさんのお店に向かう。

 クリムさんは時折、抱え込んでいる俺の渡した鎧をしきりにクンカクンカしている気がする……。

 犬亜人の習性なんだろうけど、……ちょっとやめてー!

 そんな匂わないで!? 直前まで俺が着ていたので心配になってくるよ! 女の子に臭いとか思われたら、俺、死にたくなるから! やめたげてーっ!

 一人胃を痛くする俺をよそに、一〇分ほど歩いた先にあるくだんの武具店に到着する。

 大きく重厚な石造りの建物で、正面の扉の上には年季の入った木製の看板がかかげられている。その看板には、剣と盾のシンボルマークの上に豪快なタッチで『ベアッグ武具店』と書かれている。

 クリムさんは、ここです! と呟くといそいそと店に入っていく。

 そのあとに続いて扉をくぐると、鉄と革の独特の匂いが鼻をつくと同時に、所狭しと置かれた様々な鎧や盾、武器が目に飛び込んでくる。なかなかの品揃えだ。やばい、ちょっとテンション上がる!

「こんにちは~、ベアッグさん、いますか~?」

 俺がキョロキョロしている間に、クリムさんがそう声を掛けると奥に飾ってある鎧の間から小山のような人物がぬぅっと現れる。

「おう、いるぜぇ」

 現れたのは二メートルはあろうかという髭面ひげづらの巨漢……耳の形から察するに多分、熊亜人だ。ちょーデカイ! 俺の足にぬこにゃんがヒシっとしがみつく! 第一種警戒態勢だ!

「おや、クリムちゃんじゃないか? 珍しいな、うちに来るなんて」

「はい! お久しぶりです、ベアッグさん! 実はハンター試験に挑戦するので新しい鎧を調整して欲しいんです!」

 クリムさんの姿を見つけると、ベアッグさんはそのガタイとは裏腹にとても人懐っこい笑顔で迎えてくれる。

「へぇ、クリムちゃん、ハンター試験に挑戦するのか? そっちの連れはパーティメンバーかい?」

「こんにちは、ユーキといいます」

「ぬこにゃんだよ!」(もちろん俺の後ろから)

「あ、あの、ラビーです」(もちろん俺の後ろからですよ?)

 俺達を見て、目を丸くするベアッグさん。

「こりゃあ、随分ずいぶんと変わったパーティだな。俺は武具職人のベアッグ、武器防具のことなら何でも相談してくれ。よろしくな!」

 職人さんは偏屈で気難しいというイメージだったけど、ベアッグさんはとても気さくな感じだ。俺達みたいな駆け出しハンターを見下したりするようなこともないみたいだし。

「ほいじゃあ、クリムちゃんの鎧を調整すればいいんだな! 他のもんは適当に見ててくれ。何かあれば、俺か奥にいる息子に声を掛けてくれればいい」

 クリムさん以外の俺達は、作業の間は邪魔になるだけなので店内の見物をすることにした。

 俺は店の中に飾られた武器や防具を一つ一つ順に見ていく。

 正真正銘しょうしんしょうめいリアルの、無骨で重量感のある武器や防具を見ているとなんか知らんがワクワクする。こういうのは男子特有のものなのだろうか?

 もちろん武器防具のステータスをチェックするのを忘れない。片っ端からチェックしていく。

 ……ふむ。

 …………ふむふむ。

 半分ほど見た限りでは、ほとんどがゲームの初級装備ぐらいのステータスの品物だ。いくつか中級装備相当のものがあるかな~っていう感じだ。残念ながら俺が持っている装備を超える性能の品物は見当たらない。

 ちなみに、ぬこにゃんはベアッグさんへの人見知りを発動していて若干おとなしい。

 ラビー君の方は隣で大きな剣を手にとって熱心に見ている。心なしか頬が上気している。やっぱり男の子はこういう武器とかにワクワクしちゃうよな。

 ふと、目があって顔を赤らめるラビー君。

 俺は思わずフォローする……同志だからね!

「こういう武器とかって男のロマンだよね。つい熱心に見ちゃうよ」

「え? あ、はい! こんな大剣が振り回せたらすごいだろうなぁって思います。こんな武器でモンスターを蹴散らすことができたらどんなにいいか……非力なボクには無理ですけど……」

 ラビー君は自分の小さな手を見て、少し自嘲じちょう気味に呟く。

 確かに小柄なラビー君では大きな武器は重くて扱えないだろう。とゆーか、普通に考えたら俺だって無理なのだ。何キロもある鉄の塊を年中持ち歩いて振り回すなんてことできるわけない。ゲームの中では全く気にしないでやってるけど……。

「それでしたら、こちらのボウガンなどは如何いかがですか?」

いつの間にか俺達の隣に俺と同じくらいの背丈の熊亜人の少年が立っていて、そう声を掛けてきた。どことなくベアッグさんに目鼻立ちが似ているから、おそらく息子さんなんだろう。ベアッグさんよりもっと温和で人畜無害じんちくむがいな感じ……一言で表現すると『くまの〇ーさん』ぽい。

「……え、ええっと⁉」

 思わずピョンと跳びのいて驚くラビー君。そして、また警戒態勢をとるぬこにゃん。

「あ、すいません、唐突に。僕はベアッグの息子のテディといいます、お客さん」

 テディって! 『○ーさん』じゃなくてそっちかい! というツッコミを叫びそうになるのを俺は必死にこらえた。

「ボウガンは最近開発された射撃武器なんです。ちょっと手入れは大変ですが、接近戦の苦手な人にはオススメですよ!」

 そう言ってテディ君は小型のボウガンを見せて、熱心に説明を始める。

「ボウガンは弓矢のように自分の力で引く必要がないので、腕力がなくても十分な威力があります。それに使用する弾は矢のように大きくないのでかさばりません! ね、便利でしょ! 実際に手にとって見てみてください」

「え、ええ……そ、そうですね、ありがとう」

 ラビー君はテディ君の勢いに若干引きつつも、興味はあるのかボウガンを受け取って感触を確かめている。

「この部分に専用の弾を装填して、狙いをつけて引き金を引くだけなんですよ」

「ほ、ほんとだ、弓と違って力は必要ないんですね。これならボクも扱えます。……ち、ちなみにこのボウガンっていくらぐらいするんですか?」

「そうですね、弾丸二〇発をお付けして銀貨二五六枚といったところでしょうか」

「ぎ、銀貨二五六枚っ!?」

 ラビー君は体を強張こわばらせつつ、自分の手の中にあるボウガンを改めて見る。まるで何気なく手に持っていた壺が実は百万円だと知らされたかのように。

「……ボ、ボクにはちょっと手が届きそうにないです」

 顔を引きつらせてこわごわといった感じでテディ君にボウガンを返す。

「そうですか……残念です。絶対にオススメだと思ったんですけど」

 確かにテディ君の言うように、ボウガンという武器はラビー君のような腕力に自信のない者にとっては非常に有効な武器だ。遠距離攻撃ができるガンナーはむしろ天職と言えるんじゃないだろうか?

「おーい、ユーキ君! ちょっとこっち来てもらえるか?」

 奥で作業しているベアッグさんから呼ばれて我に返る。調整が終わったのかな? はい、と返事をしてそちらへ向かうと、ベアッグさんが何やら難しい顔をしている。どうしたんだろう?

「あの、何か問題でもありましたか? やっぱり鎧の調整……無理だったんでしょうか?」

「ああ、いや! 調整は問題ないはずだ。改めて見たら、凄い鎧だったもんだからな。使われている素材といい、その加工技術といい、全てが一級品のとんでもないもんだからよぉ、俺も職人として下手な仕事はできないと思ってな! ちょっとマジになっちまった」

 なるほど、ベアッグさんは真剣に鎧の調整をしてくれたみたいだ、ありがたい。

 ……ただ、その鎧は俺の持っている中では一級品という程の性能じゃないんだよなぁ。俺のガチ装備を見たら大変なことになるんじゃないかな……? 気を付けよう。

「もともとユーキ君の鎧なんだってな? 一応見てみてくれ」

「わかりました」

 クリムさんはお披露目とばかりに、嬉しそうに俺の前でゆっくり一回転する。

 レザーアーマーを着たワンさんが満面の笑顔でしっぽブンブンですよ! もう、ありがとうございます! ファンタジー好きのケモナーにとってはご褒美ですね!

 俺は緩みそうになる顔をなんとか引き締め、ステータス画面を確認する。


名前:クリム

ハンターランク:0

攻撃力:98

防御力:310

スキル:採取・調合・追跡

装備スキル:ガード能力+1・攻撃力上昇(小)・ぎ名人

武器:片手剣 ハンターソード


 防御力が増えて、装備スキルも発動している……うん、ちゃんと装備状態になっている。

 確か、虎亜人ティーガの防御力が二〇〇ちょっとだったはずだから、何気に俺以外のハンターでは村一番の防御力だったりしないだろうかw

「問題ないみたいですね」

「そうか、なんだったらうちの中庭で模擬戦をしたらどうだろう? 俺もこんなすごい鎧を調整したのは初めてだったからな。実際に動いて不具合がないか最終調整をしたほうがいいと思う」

「なるほど、それもそうですね……」

 これは丁度いいかもしれない。鎧のチェックと一緒に、クエスト出発前にクリムさんやラビー君の実力を見ることができて一石二鳥いっせきにちょうだ。

 俺はベアッグさんの提案に素直に頷くのだった。

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