第9話 ハンターギルド

 お手伝いを終えて昼食をとった後、ハンター登録をするため俺とぬこにゃんはクリムさんに案内してもらって『ハンターギルド』へと向かう。クリムさんも『ハンターギルド』にお婆ちゃんの作った回復薬を『テレサ回復薬』としていくらか納めているそうなので、そのついでだ。

 この『ギルド』とは各種の職業別組合のことを指す。ハンターギルドの他に商人ギルドや手工業ギルドなどがあり、資格の認定や仕事の斡旋、新人の教育などを行っているそうだ。

 俺は住所不定無職&無一文という状況を脱するため、一刻も早くハンターになってお金を稼がなければならない。……改めて考えるとかなり切実だ! なんか逆に笑えてくるw まあでも、末期ガンでいつ死んでもおかしくない身だったから、そんな状況すら健康な身体さえあればなんとでもなるって思えてしまう。それに、ファンタジーな世界で冒険者として生きる! これぼどワクワクすることが他にあるだろうか?

「ユーキさん、なんだか楽しそうですね」

「え、そうですか!?」

「はい、なんとなくですが」

「そうですか……そうですね、期待半分、不安半分という感じですね。そういうクリムさんもなんだか楽しそうですよ? お洋服着替えたんですね」

 今日のクリムさんは胸元にリボンの飾りがついた白いワンピースを着ていた。

「おかしかったでしょうか……」

「いえ、よく似合ってますよ!」

「ふふ、ありがとうございます♪」

 クリムさんは嬉しそうに笑った。もうしっぽがブンブンである……だってワン娘だもの。

「あれ? そういえばユーキさんは昨日と違う鎧を着ているんですね?」

「え? ああ、そうですね! 昨日の鎧は目立つので」

「あ~、確かにそうですね。目立ちますもんね。とっても綺麗な鎧でしたから……」

 クリムさんはちょっと残念そうに相槌あいづちを打つ。

 やばい、ゲームと同じ感覚で装備を変更していたけど、よく考えたらコロコロと装備を変えるのは普通じゃないよな。どこに持ってるんだって話だし。特殊なスキルだってこと……時期を見て話すべきだろうか? なんて説明すればいいんだろ? 困ったな(・・;)

 今日の俺はあまり目立ち過ぎないように、持っている装備の中でも地味めの鎧――『ハンタークエスト』の序盤で装備するレザーアーマー、ただしMAX強化版――を着ていた。武器もなるべく目立たない片手剣とシールドの装備。ぶっちゃけ、俺の持っている装備の中ではあまり強くないやつだ。そういえば、一般的なハンターの装備ってどのくらいの性能なんだろう? 後で武器屋をのぞいて調べたほうがいいかもしれない。


村の中心部に建っているひときわ大きな石造りの建物がハンターギルドだ。三階建ての頑丈そうな建物で、質実剛健しつじつごうけんという言葉がぴったりな感じだ。

 建物の前は広場になっていて、立派な鎧姿の犬亜人の銅像が建っている。ハンターギルドの創設者ワンダルの像だということだ。両開きの扉は開け放たれ、いかにも冒険者みたいな格好の人達が出入りしているのが見える。

 あー、ちょっと緊張してきた。

 ギルドの扉をくぐると大きなホールになっている。正面奥は受付カウンターでギルドの職員が数人座っているのが見える。中世風にした市役所みたいなイメージとでも言おうか。右手の壁は大きな掲示板になっており、様々なお知らせが貼り出されているようだ。幾人かのハンター達が覗き込んでいるのが見える。左手側は六人がけぐらいのテーブルが八つほど並んでいて、相談や休憩をするスペースという感じだ。こちらでも十人ほどのハンター達が雑談をしたりしている。その奥には搬入エリアと二階へ続く階段があり、上階には図書室や会議室などがあるみたいだ。

「あ、クリムさんだ」

「ほんとだ、いつ見ても可愛いなぁ」

「え、クリムさんて、あのフォーネさんの妹の!?」

「おい、猫妖精がいる! 俺、初めて見た!」

「本当だ! 可愛いな」

「てか、クリムさんと一緒にいる男は誰だ? 見ない顔だが」

 目立たない装備で来たはずだが、なんか注目を集めているみたいだ。クリムさんは何気に有名人みたいだ。なんというか、ファンみたいな目線が向けられている。お姉さんが有名なハンターだからだろうか?

 そして、ぬこにゃんも目立っている。可愛いと言われると俺も嬉しくなる。うんうん、うちの子はかわええもんな。もちろん、ぬこにゃんは俺の後ろにぴったりくっついて人見知り発動中だ……だって猫だもの。

 受付カウンターへ向かおうとする俺とクリムさんの前に、一人の犬亜人が立ちふさがった。

 黒茶色の尖った感じの耳、剽悍ひょうかんな顔つきとフサフサのしっぽ……イメージ的にはシェパードだろうか。がっしりとした体つきで、俺よりも頭一つ分ぐらい高い。なかなかの威圧感だ。町中で遭遇したなら絶対に目を伏せて通り過ぎるところだ。

 俺はすかさずゲーム視点にする。思った通り三角マークのカーソルが近くのハンター、目の前の犬亜人の頭上に現れる。ゲームと同じように決定ボタンを押すとハンターの簡易ステータスが表示される。


名前:グスタフ

ハンターランク:3

攻撃力:128

防御力:160

スキル:追跡

武器:片手剣 ハンターソード改


「……!」

 俺はそのステータスを見て驚く!

 その犬亜人は俺など全く眼中に入っていない様子で話しかける。

「こんにちは、クリムさん。相変わらずお美しい。お姉さんはまだ戻ってきてないみたいですよ。今日はギルドにどんな御用で?」

「こ、こんにちは、グスタフさん。ええと、ハンター登録のことでちょっと……」

「ハンター登録!? まさかクリムさんが? いやいや、クリムさんにハンターのような荒事は似合いませんよ」

 クリムさんはこのグスタフという犬亜人が苦手なのだろう、少し困ったような顔をしている。

「いえ、私ではなくて、こちらの……」

「まさか、この人間族が? いやいや、それこそありえないですよ! 冗談でしょう? 人間族がハンターなんて」

「冗談なんかじゃありません。ユーキさんは人間族ですが、飛竜を撃退するほどのハンターなんです! 飛竜から助けてくれた命の恩人なんですから!」

「飛竜を!?」

 周りのハンター達も『飛竜』という言葉を聞いてざわつく。

「俺、飛竜なんて見たことねぇぞ。本当なのか?」

「そういえば昨日ブルータさんが飛竜討伐の緊急クエストをギルドに要請するって言ってたような……」

「村の誰かが飛竜に襲われたって話か、てっきり冗談かと思ってた」

「バカ、昨日掲示板にクエストが貼り出されてただろ」

「飛竜に襲われたのってクリムさんのことだったのか! 無事で良かった!」

「じゃあ、本当にあいつが飛竜を撃退したってのか!?」

「マジかよ……!?」

 ギルド中の視線が俺に集まる。好奇の目、不審の目、尊敬の目、様々な思いの渦巻く視線が。


 一瞬の静寂がホールを漂う中、奥の階段の方から声が上がる。

「グスタフ! いつまで油を売っている! 飛竜討伐クエストの打ち合わせをするぞ!」

「お、おう! 悪い! 人間族が飛竜を撃退したとか言うもんだからよぉ……」

 グスタフという犬亜人は少し慌てたように返事をする。

「人間族のハンター?」

 その人物は悠然とこちらへやってくると、俺とクリムさんを一瞥した。

 オレンジがかった金髪に独特の虎縞模様、無駄のない引き締まった筋肉質の身体、鋭い眼光を宿す金眼、背は俺よりも頭半分くらい低いにもかかわらず、それを感じさせない強者の威圧感をまとっている。

 彼は虎亜人だった。

 俺はすぐさま簡易ステータスを見てみる。


名前:ティーガ

ハンターランク:4

攻撃力:152

防御力:220

スキル:攻撃力上昇(大)・回避力上昇(中)・回復力上昇(大)・スタミナ強化

称号:孤高のハンター

武器:双剣 タイガーファング


 ……おお! カッケー! 孤高のハンターだって!

「こいつが飛竜を撃退したというのは本当か?」

「ええ、私の命の恩人です!」

 クリムさんが答えるとティーガという虎亜人は俺を値踏みするように見る。終始見下すような態度だったが、俺の後ろに隠れているぬこにゃんを見て一瞬ぴくりと耳が反応する。

「ふん、雑魚ざこには興味ない。どうせ猫妖精の幸運でたまたま運良く追い払えたのだろう。それに飛竜を倒してナンバーワンハンターになるのは、この俺だ。フォーネにも言っておくがいい」

 そう言ってきびすを返すとグスタフを引き連れて階段の方へ向かうティーガ。

 二人の背中を見つつ、俺は思わずクリムさんに小声で聞く。

「今の人達は腕利きのハンターなんですか? ずいぶん自信があるみたいでしたけど」

「そうですね、村でも上位ハンターです。うちのフォーネ姉さんをライバル視していて、ナンバーワンハンターの座をめぐって対抗意識を燃やしているんです」

「そうなんですか……。あれが上位ハンター……」

 飛竜討伐の打ち合わせを会議室でやるのだろう。二階へ上がっていく二人の後ろ姿を眺め、俺はなんとも言えない気持ちだった。

 …………。

 この気持をどう表現すればいいだろうか?

 ……そう、これは『初めてのお使いに子供を行かせるお母さんのような気持ち』だ。

 あの子達だけで大丈夫かしら!? あんな貧弱装備で……お母さん心配!

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