第3話 初めての野宿

 さて、夢の中のはずだけど、お腹が減ってきた。……夢の中でもお腹は空くのだろうか? 考えても仕方がないか。

 陽も傾き始めたので、適当な所でキャンプをすることにした。

『ハンタークエスト』にはアイテムとしてのキャンプ道具がない。マップ上に安全地帯のテント拠点が設置されているので、そこで装備を整えたりするからだ。つまり、現状はテントや寝袋もない野宿しかできない。完全なサバイバル……。

 ゲーム中では未開地域を調査して、拠点になる安全地帯を見つけるクエストなんかもあった。実際問題、休憩中にさっきみたいに狼に襲われるとかゾッとしない。安心して休める場所を確保しないと心身共に休まらない。安全な洞穴みたいな所があるといいんだけど、都合よくそんな場所ははいかなぁ。

 ……結局小一時間歩き回っても絶対安全と言える場所なんて見つからず、暗くなる前にちょっと開けた川べりにキャンプすることにした。

 キャンプなんていつ以来だろうか。たきぎを集めて火を起こし、ご飯にする。料理はもちろん、肉!

『ハンタークエスト』では手に入れた『生肉』を基本所持アイテム『肉焼き器』で焼いて『こんがりステーキ』を作ることができる。すでに『こんがりステーキ』はアイテムとして沢山持っているけれど、せっかくなので焼いてみる。

『肉焼き器』を使用するとゲームでお馴染なじみの陽気なメロディが流れ出す。この曲の終わるベストタイミングで肉を上げると『こんがりステーキ』が出来上がるシステムだ。

 ――と、ぬこにゃんが曲に合わせて踊りだす。やだ、かわいい!

 ゲームでもサポートキャラが音楽に合わせて踊ってたっけ。ひょっとして強制なのかな? と、ぬこにゃんを見てみるとそうじゃないみたいだ。単純にお肉が焼けるのが楽しみで踊ってるみたい。シッポがピーンしてる。……これ、魚を焼いたらどうなるんだろう? ぬこにゃんの反応。

『こんがりステーキ』をぬこにゃんと半分個はんぶんこして食べる。うん、旨い! これにご飯があれば最高なんだけどなぁ。料理素材アイテムは売るほど持ってたよな、確か……。

『かぐらまい』『ドラふぐ』『ボクニンジン』『竜ロース』等々、ダジャレみたいなネーミングはともかく、色々な種類がある。アイテムは腐ったり劣化しないみたいなので、何気なにげに便利だ。器具さえあれば料理に挑戦するのも有りだな。そんなことを考えつつ、ぬこにゃんと二人BBQバーベキューを楽しむ。

 ご飯を食べ終わると眠くなってきた。このまま眠って起きたら、この夢も終わりだろうなぁ……少し残念なような、ホッとするような複雑な気分。

 ぬこにゃんが俺の横に来て頭を膝に預けて丸くなる。その頭を撫でながらうつらうつらしていた。

 静かな夜だった。聞こえるのは、虫の音とたきぎぜる音のみ……。


   ◇


「……キ! ユーキ!」

「……っ!?」

 ハッと目を覚ます。知らない天井!? ……っていうか天井がないよ! 相変わらず森の中だよ!

「何か来るにゃ!」とぬにゃん。

 かなり寝ぼけつつ起き上がる。

 あっれ~? まだ夢の中だよ? ……夢の中で寝ぼけるって、どんだけボケボケなんだ?

 そんなくだらない事を考えている俺めがけて、突然大きな影が茂みから飛びかかってきた!

 まるで森の闇が突如、意志を持って襲いかかってきたかのように!

「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオォォッッ!!」

「うわああああああっ!?」

 そのまま押し倒され背中をしたたかに打ちつける!

「ぐはっ!」

 肺から空気が抜けて呼吸困難に陥る!

 黒い影は俺を地面に押さえつけて喉笛に噛みつこうと大きく口を開ける。

 生臭い息とよだれが顔にかかり、凶悪な牙がぎらりとひらめく!

 俺は痛みと呼吸困難で完全にパニックだった。

「ユーキッ!」

 ぬこにゃんの叫び声が響く。

 ギャッッ!! と突然影が離れる! ぬこにゃんが槍で攻撃したらしい。

 俺は痛みを堪えて素早く立ち上がり、武器を構えると影を睨みつけた。

 今のはマジでヤバかった! 腹の底からこみ上げてくる震えをどうにか押さえつける。「どんだけパニクってるんだ!」と自分を叱咤しったして、すぐにゲーム視点に切り替えて武器を構える。

 ステータス画面に、クエスト【魔獣強襲! 狂黒狼きょうこくろうガルウルフを討伐せよ!】という文字がババン! と出てる。

「……魔獣ってなんだ!?」

 ゲーム視点になった俺はさっきの狼狽ろうばいが嘘のように落ち着き、冷静に敵を観察する。

 それは人が乗れるほど巨大な黒い狼だった。

 昼間に戦った狼よりも何倍も大きく、異様に膨れ上がった巨躯きょく禍々まがまがしいオーラをまとっていた。明らかに普通じゃない。

 大きく開いた口から涎をダラダラとらし、舌なめずりをしながら唸り声を上げている。

 槍で牽制けんせいするぬこにゃんを威嚇いかくしながら、今にも飛びかかろうとすきうかがう黒狼。

 パニックから立ち直った俺はだんだん腹が立ってきた。

 こいつは容赦ようしゃしない。

 片手剣を構え黒狼の脇腹にめがけて、特殊攻撃を発動する!

 光のエフェクトが俺の体に走る!

 残像を残し――

 疾風迅雷しっぷうじんらいの突き攻撃!

 ギャッウゥゥッ!?

 全く反応できずに黒い巨体が宙に吹き飛ぶ!

 宙に浮いたその体に一撃!

 更に二撃!

 上段から叩きつけるように三撃!

 ドッゴォオオオン!!

 ギャウゥゥンッ! と悲鳴を上げる黒狼。

 俺は手を緩めなかった。体勢を立て直す暇を与えず更に連続斬りを繰り出す!


 ――結局、ほとんど反撃らしい反撃を許さず十数撃に及ぶ攻撃を加えて勝利した。

 剣をしまうと、ふぅ~っと息を吐く。どっと疲れた。

 黒い狼の死体を見下ろしながら額の汗を拭う。

 ……魔獣って一体なんだ? 『ハンタークエスト』にはいなかったモンスターだ。少なくとも俺がプレイした範囲のクエストには出てきたことがない。追加コンテンツで導入されたモンスターだろうか? 謎だ。

 注意深く観察しながら剥ぎ取りをする。素材は『狂黒狼の毛皮』『狂黒狼の牙』『狂黒狼のたてがみ』。


「ユーキ、凄い! ユーキ、かっこいい!!」

 ぬこにゃんが嬉しそうに叫ぶ。

「え、かっこいい?」

「うん! すっごいかっこよかった!」と目をキラキラさせて見上げてくる。

「あ、そう、うん……ありがとう」

 なんか照れる。

「ぬこにゃんこそ、さっきはありがとう。本当に助かったよ」

 俺はお礼にいつもの三倍なぜなぜしてやるのだった。


 寝てる間に襲われるのはもうりなので、俺達は木の上で寝ることにした。大きな樹木の大ぶりな枝にロープで体をくくりつけて寝る。寝心地が良いとはとても言えないが、仕方ない。

 背を幹に預けると、ぬこにゃんがさも当然のようにお腹の上に乗ってきた……。

 毛布代わりにぬこにゃんを抱っこしてやると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら目を細めて……あっという間に寝た。早いよw マイペースだなぁ、ぬこにゃんはw

 でもあったかい。お互いのぬくもりを感じて、なんか安心する。

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