第4話 異世界の出会い

 陽の光が顔にあたり自然と目が覚めた……。なんか背中とケツが痛い。

 うっすら目を開けて、ビクッとなる。おかしい……ベッドの上じゃない。木の上だ。

 夢にしてはずいぶん引っ張りすぎじゃないか?

 本当に夢じゃないのか?

 …………。

 ……これは本格的に現実を直視しないといけないみたいだ。

 この非現実的な『現実』を。

 ひょっとして俺は死んで、あの世に来たのだろうか?

 ……いや、そうだとしたら、ぬこにゃんまでいるのはおかしい。どちらかというと今の状況は、小説やアニメなんかによくある異世界トリップものってやつだな。主人公が何かのきっかけで異世界に飛ばされてしまうという、あれだ。

 テンプレだなー、……うん。

 …………。

 ………………。

 ……………………マジか!?

 ………………………………マジなのか!?

 まあ落ち着け、俺! まず現状の確認だ!

 俺は坂本さかもと優希ゆうき、十七歳、高校二年生。病気治療のため自宅療養中。昨日は自宅のベッドの上で飼い猫のぬこにゃんと一緒にTVゲーム『ハンタークエスト』をやっていて……そのまま寝落ち? 目が覚めると擬人化したぬこにゃん(超絶美少女!)と森の中。そして、『長靴をはいた猫』状態になったぬこにゃん。突然発動した『ゲームプレイヤー』というスキルで『ハンタークエスト』を自分自身の体で体験。モンスターと戦いつつ森の中をさまよって野宿……でベッドの上で目が覚めることなく、現在に至る。

 ……ふむ。

 まだ夢落ちって線が八~九割だけど、リアルだとしたら普通パニくる状況だ。

 ……でも。

 どうせ病気で死にかけてたんだよな、俺。

 それに比べれば全然マシだ。むしろゲームのような冒険が体験ができるなんて最高じゃないか!

 ドンと来いだ!! 俺は冷静に開き直った。

 とにかくこの世界の情報と、身を落ち着ける拠点の確保が必要だな。

 誰か人が住んでいないか探したほうがいいだろう。川沿いを歩けば人が住んでいる町かなんかを見つけられるかもしれない。

 よし、木のてっぺんから周りを見回して、人のいそうな所を探してみよう。早速さっそく行動開始だ!

 俺の上でガッツリ寝ているぬこにゃんの脇腹をこしょこしょしながら声をかける。

「こりゃ~、ぬこにゃん起きて~」

 にゃ~と小さく鳴いて薄目を開けると、ごろっと身をひねりながら俺の手を捕まえて甘噛みしてくるぬこにゃん。

「痛てて、こんにゃろめ」

 お腹をわしゃわしゃと撫ぜ返す。

 ゴロゴロと喉を鳴らしながらじゃれつくこと二分……満足したのかもそもそと起き上がると、くあーっと大あくびをしながら伸びをするぬこにゃん。

 猫ってあくびすると顔が口だけになるよね、キバむき出しで。可愛い顔が台無しだよ。

「木のてっぺんから人がいそうな所を探してみよう、ぬこにゃん」

「にゃ!」

 元気よく返事をするとぬこにゃんは俺の背中にピョンと飛び乗ってきた。

 俺はゲーム視点に切り替えて木を登り始める。『ハンタークエスト』では木や壁などを登攀とうはんすることができるのだ。スタミナゲージ切れにさえ気をつければガンガン登れるので楽チンだ。


 てっぺんからの見晴らしは素晴らしかった。遠くにかすむ山脈、どこまでも続く森とそこを流れる川の景色は絶景だ。大自然の迫力、テレビでしか見たことがないような景色に目を奪われる。

「わぁ、すごいねぇ!」

 ぬこにゃんが俺の肩に顔を乗せて感嘆の声を上げる。

「ああ、すごいねぇ!」

 俺も思わす声を上げる。頬を撫でていく風が気持ち良い。

 思えば、俺もぬこにゃんもずっと家の中で引きこもりの生活だった。テレビやメディアで知識だけはあるけれど、実際に自分の目で見たり、肌で大自然を感じるようなことはなかった。

 圧倒的なリアルの迫力。そっか……俺、本物を見てなかったんだなぁ。

 しばし景色を堪能した後、改めて人のいそうな場所がないか手がかりを探す。残念ながらそれらしいものは見当たらない。ぬこにゃんも特に見つけられなかったみたいだ。仕方ない、とりあえず川沿いに下流に行ってみよう。

「ぬこにゃん、川沿いを魚釣りしながら下流へ行ってみようか?」

「魚!? うんっ!」

 一気にぬこにゃんのテンションが上った。耳元にふんすっふんすっ♪ と息がかかってくすぐったい――おぅふ、ちょ、やめれ(;´Д`)

 降りようと思って下を見た瞬間、固まる俺。

 こわっっ! ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

 速攻ゲーム視点に戻す。……今思い出したけど、『ハンタークエスト』では落下でダメージを受けない。だからゲームではどんな高い所からでも飛び降りてたけど……どうなんだろう? 怖くて試す気になれない。

 慎重に下りていき、試しに三メートルくらいの所から飛び降りてみる。

「とうっ!」

 スタッと余裕で着地。ちょっと格好よくポーズをキメて、ドヤ顔でぬこにゃんを振り返る。

 が、ぬこにゃんはすぐさま川へ駆け出して、ちょ~真剣に魚影を探し始める。

 ……ですよね~。

 ちょっとヘコんだが、何食わぬ顔で魚がいそうな所を探し始める。

 ゲーム視点にしてから三十分程で魚影ポイントを発見する。このポイントでエサを選んで釣り糸を垂らせば釣りをすることができるのだ。

 竿を取り出した俺を見て、すぐさまぬこにゃんが駆け寄ってくる。

「さかな? さかな?」

 目をキラキラさせながら興奮しつつ聞いてくる。

 俺はシーッと口に指を当てながら頷き、『入れ食いミミズ』をセットする。このアイテムは魚が必ず一発で食いつく素敵アイテムなのだ!

 ウキを浮かべた途端、チャポンと大きな当たりがくる! すかさず竿を跳ね上げる!

 ぐぐっと竿がしなり、大きな手応え。

 シャーッと水面を大きな魚影が走る。

 俺は一気に引き上げる! パシャーンと跳ね上がる大魚。

「大物にゃ―――――っ!」

 ぬこにゃん大喜び! 釣り上げられた魚を抱えて小躍りしている。なんてゆーか、伊東へいくならハ○ヤって感じだw

「さ☆か☆にゃ! さ☆か☆にゃ! 食べていい? 食べていい?」

「こらこら、落ち着け。もっといっぱい釣ってから、焼いて食べようね?」

 テンションがうなぎ登りのぬこにゃんをなだめつつ釣りを続ける。

 五分ごとにお魚を食べていいか聞いてくるぬこにゃんに困る。小首をかしげながら上目遣いに聞いてくるのが可愛くて……あざといw


「さかにゃさかにゃ~♪」

 一時期よくスーパーの鮮魚売り場とかでかかっていたあの魚の歌を口ずさみ、ぬこにゃんはちょーご機嫌だ。

 結局、三時間ほどで大小合わせて魚八匹を釣り上げ、焼き魚でご飯にすることにしたのだ。遅い朝食というかブランチだ。

 ぬこにゃんは釣りの間にすでに小魚三匹たいらげていた。

 釣るたびににあんまりにも切なそうな顔をするので根負けした。猫に『待て』は無理だよね、だって猫だもの。

 今は一番大きな焼き魚に嬉しそうにかぶりつこうとしている。

「にゃちっ、あちちちっ!」

 焼きたての魚に大苦戦のぬこにゃん。

 リアル猫舌だもんね~。四苦八苦する姿にちょっとえる。

 食べたいのに食べられないのが悔しいのか、うにゃーと唸っている。

「ほら、おいで。一緒に食べよう」

 可哀想になってきたのでぬこにゃんをあぐらの上に乗せて、魚の身をほぐしてフゥフゥーと冷ましてやる。

「あーん」と口に入れてやると、本当に幸せそに食べる。

美味おいしい♪」

 至福の表情で食べるぬこにゃんを眺めつつ、俺も焼き魚を食べてみる。美味うまい! これで醤油があれば完璧なんだけどなぁ。幸いアイテムに塩があったから良かったけどね。

 ぬこにゃんと交互に口に運びつつ焼き魚を堪能した。


   ◇


 食後のまったりしいるところに突然ステータス画面が開く!

 緊急クエスト【狂飛竜ガルワイバーンの襲撃から村人を救出せよ!】という文字がババン! と表示される。

「……なっ!?」

「ハッハー!! 村人が大ピンチだ! さあ! 急いで助け出せ!!」と教官が叫ぶ。

 マップを確認すると、この先の川べりで二人の村人が飛竜に追われているらしい。急がないと村人が危ない!

 ガァアアアアアアアアアッ! という聞いたこともないような咆哮ほうこうが耳を打つ! 俺ははじかれたように顔を上げると叫ぶ!

「ぬこにゃん! 飛竜に襲われている人がいる! その人達を助けるよ!」

「にゃ!」

 元気よく返事するぬこにゃん。

 素早く慎重に川辺の方へ向かうとすぐに、大きな羽音とともに十メートルぐらいの飛竜――いわゆるワイバーンだ――が翼をはためかせながら地面を歩いている姿が見える。わざわざ地面に降りてきているのは、獲物をなぶっているのだろうか。それにしてもデカイ! デカすぎる!!

 そして、飛竜から必死に逃げる二人の村人の姿を確認する。

 多分、姉妹なのだろう。小学校に上がるか上がらないかくらいの女の子の手を引いて、お姉さんが必死に走っているが、このままじゃ追いつかれる!

 あっ……! そう思ったそばから、小さな女の子が転んでしまう!

 俺はほとんど無意識にステータス画面を呼び出し、装備を変更する。

ガシャン! という音とともに、銀色の鋭角的な鎧と長大でスナイパーライフルのような形状の武器が装備される。素早く弾を装填し、照準スコープをのぞき込む。

 お姉さんは妹を必死に抱き起こそうとしている。飛竜がのしのしと近づいていく! もう目と鼻の先だ。

 俺はあせる気持ちを抑え込み、静かに息を吐く。

 妹を守るように抱きしめる女の子の顔が恐怖にひきつる!

 照準の十字を飛竜の胴体に合わせ……

 飛竜のあごが開かれる!

 引き金を引く!

「喰らえっ!!」

 ドンッ!! という音とともに飛竜が盛大に仰け反る!

「ギィイイアアアアアアアアアアッッ!!!」

 襲われていた二人は呆気にとられて固まっている。

「早く離れろっ! こっちだ!」

 俺の声に我に返って、慌ててこちらに駆け出す二人。

 すぐさまスコープに視点を戻し、第二射の照準を合わせる。

 思いのほかダメージが大きかったのか、飛竜は血を撒き散らしながらのたうち回っている。

 起き上がろうとするところへ二発目をお見舞いする!

「ギャイイイイイイイイッ!」

 飛竜は何が起こったのかわからずパニックに陥っているみたいだ。もんどり打って翼を激しく羽ばたかせると、転がるように空へ飛び出す。

 上空で威嚇のように一度咆哮を上げてから、逃げるように飛び去っていった。


「……ふぅぅ~」

 スコープから目を外し息を吐き出したところで、助けた姉妹がちょうど駆け込んできて前のめりに崩れ落ちる。

 手をついてぜぇぜぇと荒い息を整えながら顔を上げて叫ぶ。

「あ、ありがとうございました! ほ、本当にっ!」

 ……っ!

 俺はすぐに返事をすることができなかった。

 何故なら助けた二人は――

「わんこだっ!」

 ぬこにゃんが俺の陰から声を上げる。

 そう、ワンだった。いわゆる犬亜人の女の子。

 金髪のセミロング、その髪の間から頬の辺りまでタレている耳。愛嬌のある黒い瞳。湿り気のあるお鼻とちぎれんばかりに振られるシッポ。イメージ的にはゴールデンレトリーバーだと思う。

 亜人さん キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 ワクテカな気持ちを抑えつつ、二人をよく見る。

 お姉さんは俺と同い年くらい、若草色の服を着た結構な巨乳のかわいい系美少女。妹さんは五、六歳くらいだろう、お姉さんとおそろいの服を着ており、くりんくりんで可愛らしい。ヤバイ、ちょーモフりたい。

 姉妹そろってキラキラした瞳で見上げてくる。

「だ、大丈夫だった? 怪我はない?」と兜を外しながら聞く。

「……っ! は、はいっ! 大した怪我はありません!!」

 俺の顔を見てひどく驚いたように答えるお姉さん。

「?」

「あ、あのっ……飛竜を追い払うようなハンター様が人間族の方なんて思いもしなかったので!」

「そうなんだ? ……それにハンター様なんて、そんな大げさなもんじゃないよ。俺は坂本さかもと優希ゆうき、ユーキでいいよ。で、この子はぬこにゃん」

「私はクリムと言います。こちらは妹のメルです。助けて頂いてありがとうございました。ユーキさんは命の恩人です!」

 そう言ってクリムさんは改めて深々とお辞儀をした。

 話を聞くと、二人は薬草を採りにきていたところを飛竜に襲われたのだという。本来、ここら辺りには危険なモンスターは生息していないはずなのだが、最近になって森が騒がしくなっているらしい。飛竜なんて初めて見たそうだ。

「お兄ちゃんありがとう!」

 メルちゃんが尊敬の眼差まなざしで見上げてくる。

 異国の鎧を着た人間と猫亜人のぬこにゃんがよっぽど珍しいんだろう、興味津々きょうみしんしんといった感じで、くんかくんかしてくる。なんかこそばゆいw

 そして、メルちゃんはぬこにゃんと仲良くなりたいんだろう。しっぽをぴこぴこ振りながらしきりにアプローチしているが、ぬこにゃんは俺の陰に隠れて警戒している? ……あーいや、安定の人見知りだ。だって猫だもの。


 逃げる最中に採った薬草を放り出してきてしまったそうなので、その場所までついて行ってあげることにした。

 ついさっき死にかけたのにもかかわらず、大したものだと思う。

 お祖母ばあちゃんが腕のいい薬師で、その調合材料を採りに来ていたそうだ。せっかくなのでついでに薬草の採取さいしゅを手伝うことにした。

 クリムさんは恐縮していたけど、『がどんなふうになるのか試したかったので丁度いい。

 薬草や毒草の見分け方などを聞いて、周囲を見回してみる。……ゲームと同じように、採取ポイントが微妙に浮かび上がって見えた。

 迷いなく薬草をどんどん採取する俺を見て、クリムさんはとても驚いていた。薬草以外にも解毒草等、ゲームの中の調合素材と同じ効用のものがあったので採っておく。

「ユーキー、これ~!」と言って早速ぬこにゃんが採取した戦利品――調合素材になるキノコだ――を見せに来る。ぬこにゃん、仕事早い!

「ありがとう、ぬこにゃん。さすがだね~」

 俺はわしゃわしゃとぬこにゃんの頭をなぜる。ふんすっ、と嬉しそうに目を細めるぬこにゃん。

 それを見ていたメルちゃんが同じように俺のところに採取した物を持ってきて、しっぽをフリフリしながら期待の目で見上げてくる。

「ありがとう、メルちゃん。お手伝いえらいね~」と言って同じように頭を撫でてあげる。しっぽをブンブン振って嬉しそうにするメルちゃん。やだ、かわいい!

 それからはなんか、ぬこにゃんとメルちゃんの採取バトルが始まった……。

 二人して競って俺のところに採取した物を見せに持ってくる。俺が採取する暇がないw

「あらあら、メルったら。よっぽどユーキさんに褒められたのが嬉しかったのね」

 その様子を見てクリムさんが微笑む。

 なんだかんだで、ぬこにゃんも最初の人見知りはどこへやら、すっかりメルちゃんと打ち解けたようだ。今は二人で協力して、見たこともない大きなカブトムシを捕まえようとしている。

 ……三十センチ超のカブトムシとか、すごいな。俺が小学生だったなら狂喜していたに違いない。

 ただ、間違ってもGとかは採ってこないように後で注意しておこう……わりとマジで。


 打ち解けてきたので、道々こちらの事情を話すことにした。

 遠い国の出身でここが何処なのか全くわからない事、神隠しのような状況で目が覚めたら此処にいた事、右も左もわからないので困っている事を説明する。

 我ながら胡散臭うさんくさい事この上ないと思うけど、クリムさんはぜひお礼に家に泊まっていってくれと猛烈に勧めてきた。

「そういうことでしたら事情を話せばお祖母ちゃんが相談に乗ってくれると思います。それに飛竜を撃退するほどの凄腕のハンター様なら大歓迎です!」

 クリムさんは興奮してしっぽをブンブンと振り、もう腕にすがりついて……ちょ、胸が当たってるッス!

「大した御もてなしはできませんが、是非! 是非っ!」

 けしからんので、お邪魔することにした。……ぬこにゃんがにらんでる気がするが、野宿はつらいし危険だから、申し出はありがたかった。

 村はここから一時間くらい下流のところにあるそうだ。

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