第2話 冒険の始まり
――ぽた。
――ぽた、ぽた…ぽたぽたぽた……と突然ほほに
はっと我に返る。
見上げると女の子の瞳から大粒のナミダがぽろぽろとこぼれ落ちていた。
「よかった……よかった……ユーキ生きてる……ひっく……あのまま死んじゃうかと思った……ひっく」
俺はびっくりしてしまった。かわいい女の子が泣くのをこんな目の前で見るのは多分、初めてだ。なんか胸を締め付けられる思いだった。
「だ、大丈夫だから、な、泣かないで。大丈夫だから!」
何が大丈夫なのか自分でもよくわかっていないけど、俺は思わず女の子の背中を優しく抱いてぽんぽんと
やがて落ち着いたのか女の子は顔を上げると……
「へへ、泣いちゃった」とはにかむように微笑んだ。
ズギューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!
……戦艦並みのビームライフルを持っているのかっ!? ヤヴァい、今の笑顔、スッゲー破壊力! 顔が一気に熱を持つのが自分でもわかる。
「と、と、とりあえず、上からどいてくれる?」
動揺を誤魔化すように体を起こしながら彼女を降ろす。
「え、えーと、俺は坂本優希! 君は……誰?」
女の子は、まさにキョトンという感じで首を傾げると――
「ぬこにゃんだよ?」
「は? ……ぬこにゃん?」
………………………………………………………………………。
俺は起き上がると、改めて自称ぬこにゃん(美少女)をまじまじと見る。
背丈は俺より頭一つ分くらい小さくて、多分同い年くらい。なぜか黒いセーラー服を着ている。小柄だけどバネのありそうな身体。ツヤッツヤの黒髪とくりくりの瞳。なるほど、ぬこにゃんの面影があるような…………
……って今、気づいた――――っ! 美しい黒髪の上、そこから天に向かって生えている二つの三角形! ――ネコミミ!? ちょーーーハイクオリティなネコミミ!!
女の子の表情に合わせて、まるで本物のようにピコピコと動いてる! 以前ネットの通販で脳波に反応して動くネコミミインカムみたいなのを見たことあるけど、これは似て非なるものだ――――っ!
OH! ジーザス!! さらにさらに! しっぽです! 猫のしっぽでーすっ!!
――あーもうなんていうかっ! ……シェフを! シェフを呼んでくれたまえ! この料理の感動を直接シェフに伝えたい! 完璧な仕事だっ!! エクセレントだ――――――――っっ!!!!
ひとしきり感動したあと…………(ぬこにゃんは不思議そうな目で見てた)
……うん、どうやらこれは夢らしい。
夢の中でぬこにゃん擬人化! ――そう俺は結論づけた。
夢の中で夢を認識するとか凄いな! 俺。
――と、ボボンッ!!
突然、ぬこにゃんが元の黒猫になった!
といっても、直立で立つ幼稚園児くらいの猫……いわゆる童話『長靴を履いた猫』の黒猫バージョンだ。
――くっ!? かわええ!!
「にゃ、戻ちゃった……せっかくおそろいにゃったのに……」
ぬこにゃんは残念そうに自分の姿を見下ろしている。
俺はぬこにゃんが美少女から黒猫の姿になって、正直ほっとした。やっぱりこれは夢だという確信が持てたのと、美少女とどう接していいのかわからなくて緊張していたからだ。
思わず、ぬこにゃんを撫でながら手の肉球を見せてもらう。肉球をぷにぷにしてみる……うん、なんか
「にゃう~」と頭を擦りつけてゴロゴロいうぬこにゃん。
ひとしきりモフって肉球を堪能し、これは夢の中だと認識すると周りを見る余裕がでてきた。ここは何処なんだろう?
見渡す限りの木々、どこまでも続く緑……森の中だろうか? 土と緑の匂いが満ちていて、微かな風が頬を撫でる。
……ホントにこれって夢なのか? 妙にリアルな感覚にちょっと自信が無くなる。
――チャララーン♪ と突然、頭の中に響く軽快な電子音とともに、目の前にゲームのステータスウィンドウのようなものが開く!
「ハッハー! スキルチュートリアルへようこそ!」
髭を生やしたいかにも老練の戦士といった感じの男が、ウィンドウの中で腕を組んで、吹き出しのセリフを喋り始める。
「これから固有スキル『ゲームプレイヤー』について説明する! このスキルは君固有のオリジナルスキルだ!」
俺は
「まずはこの画面! まさにゲームのステータス画面だろう? これが基本画面だ。君はこの欄に今までクリアしたゲームの中から選択し設定することで、そのゲームの能力を使うことができる!」
「……え?」
「画面上部にある『メイン設定』の欄が『ハンタークエスト』になってるのがわかると思う。これは今まで君がやったゲームの中で一番プレイ時間の長かったものが設定されている。つまり今は、『ハンタークエスト』の能力を使うことができるということだ」
「……! マジで!?」
思わず呟く俺。
ぬこにゃんは、中空を凝視して独り言をする俺を不審そうに見ている。つまりこのステータス画面は他の者には見えていないらしい。ちなみにステータス画面は半透明になっているので、まわりの視界は一応ある。
「設定したゲーム名の横、『サブステータス』ボタンからそのゲームのステータス画面を開き、各種の設定をすることができる。開いて設定してみたまえ!」
ビシィ! という感じで指差しポーズを決める髭の老戦士。
言われるまま『ハンタークエスト』のステータス画面を開いてみる。画面上の操作は指でタッチするか、思考でカーソル移動、決定するこができるみたいだ。
ステータスは最後にプレイしていた状態のようで、
ガシャン、という効果音と共に一瞬でフル装備の姿になる俺。そして背中には巨大な
「……っおおぉ~! すごっ!!」
自分の手、足、体を見回しながら、思わず叫ぶ。
テレビ画面で見ていたものと、実際に自分の体に装備された実物とでは迫力が段違いだった!
コスプレ衣装などとは明らかに違う圧倒的な存在感があった。そう、これは、モンスターの攻撃から身を守るために作られた防具。最高の職人が、最高の素材と、最高の技術で作り上げた最高の鎧なのだ。
テンションが上がるのが自分でもわかった。ヒーローに変身したらこんな気分になるんだろうか。ワクワクが止まらない!
一瞬で全身鎧姿に変わった俺を見て、ぬこにゃんがビクゥッと跳び上がって驚く。
「にゃあっ! びっくりした!」
しっぽの毛が逆立っているので、相当びっくりしたようだ。
目の前の人間が突然、フルフェイスのごつい全身鎧姿になれば誰だって驚くよね。最強装備のオーラというか威圧感は半端ではないし。
ぬこにゃんに驚かせたことを謝りながら、
ぬこにゃんの頭を撫でて落ち着かせながら、ふと思い立つ。『ハンタークエスト』にはお供のサポートキャラの装備も設定できることを。
ステータス画面を操作しながら、「ねえ、ぬこにゃんの鎧もあるけど、着てみる?」と聞いてみる。
「ユーキとおそろい?」
ぬこにゃんは目をキラキラさせている。
「うん、そうだね」と頷きながらぬこにゃんの装備を設定する。防御重視の鎧と槍の装備を選択する。
ニャポンッ♪ という効果音とともにサポートキャラクター用の鎧がぬこにゃんに装備される。
「にゃにゃにゃっ!」と自分の鎧姿を見下ろしてくるくると小回りしている。――くっ、かわええw
武器は
「ハッハー! 装備できたみたいだな!」と髭の老戦士――もう、『教官』と呼ぼう。
「次はカメラ視点の説明だ! 今の状態はいわゆる一人称カメラの視点、自分の目で見ている状態だ。そしてもう一つが三人称カメラの視点、自分を斜め上から見下ろす第三者の視点だ。ある意味、神の視点とも言える。まあ、ゲームでお馴染みの視点だな。この三人称カメラに切り替えることができる。この切り替えはステータス画面からでも、頭で切り替えを念じるだけでもできる!」
「へー、頭で念じるだけで出来るのは便利だな」とつぶやきながらやってみる。
――と、瞬時に視点が切り替わる!
「うわっ!」
幽体離脱ってこんな感じなのかもしれない。わたわたと驚いている自分の体を見下ろしている状況はすごいシュールだ。
ライフゲージやスタミナゲージ、アイテム使用欄、マップ表示等、全てゲームと同じ配置なので、キャラクターが自分自身だということ以外は違和感なかった。
「さて、ここからが『ゲームプレイヤー』スキルの真骨頂だ! 視点をゲーム視点のカメラに変更すると、両手にコントローラーを持った感覚が認識できると思う。……そう! 君は君自身をゲームと同じようにコントローラーで操作することができるのだ!」と、教官が力説する。
「では早速、この先にいる草食獣を狩ってみよう!」
そう言うやいなや、ステータス画面にクエスト【草食獣の肉を剥げ!】という文字がババン! と表示される。
そして茂みの奥、三〇メートルほど先にいる鹿らしい動物にターゲットマークが点滅する。マップは自分の周囲の半径三〇~四〇メートルが表示されている。
「いきなりだなぁ……!」
そう言いつつ、実はワクワクしてる俺。
現実の俺はずっとベットに寝たきりみたいな生活だ。例え夢の中とはいえ、自由に動き回れる感覚はとても久しぶりだった。嬉しくないわけがない。
ゲーム視点と自分の視点を交互に切り替えて、感覚をテストしながら歩き出す。コントローラーで自分の体を動かす不思議体験を堪能する。
「ぬこにゃん、向こうにいる鹿をハントするよ……ついてきて」
「ハント?」
「そう、ハント。狩りだよ」
ぬこにゃんは嬉しそうに頷くと、すぐ隣をちょこちょことついてくる。
茂みの影から鹿の様子を
視点をゲーム視点に切り替えて太刀の柄に手をかける。
――
「…………」
オーバーキルすぐるっ! 真っ二つだよ! ――最強装備はあかんw
気を取り直して剥ぎ取りをする――『生肉』を剥いだ途端、鹿が消えてしまう!?
工エエェェ(´д`)ェェエエ工
ゲームの時はなんとも思わなかったけど、鹿一頭から『生肉』一食分だけとかナイワー。鹿が絶滅するよ、こんなことしてたらっ!
ゲーム視点でなく、リアルで剥ぎ取りしないとダメじゃないかなぁ……。
もちろん解体なんてやったことないけど、一頭から一食分の肉しか取らないというのは鹿に申し訳なさ過ぎる。
自分の手で奪った命だからだろうか、自然と無駄にするわけにはいかないと思った。
チャラーン♪ 電子音とともに称号【鹿ハンター】を手に入れた! とステータス画面に表示される。
「ハッハー! ちゃんと剥ぎ取りできたようだな。では次のクエストだ!」
画面の中でふんぞり返る教官。
またもや、クエスト【
……餓狼って、なんか怖い。早速、ゲーム視点で周りを見回してみる。
「ええっと、これは……」
狼はすでにこちらを囲むようにやってきていた。
「ぬこにゃん、狼が五頭、こっちに来てる。俺から離れないで!」
ぬこにゃんに声を掛けて、武器を片手剣と小型盾のセットに変更する。この武器種は攻撃力は低いが、隙の一番少ない小回りの利く装備だ。
自分の視点で前方から来る狼を見る。
――ヤバイ、超怖い!
以前、TVの番組レポーターが警察犬の訓練所で、腕にプロテクターを付けられてドーベルマンに食いつかれているシーンを見たことがあるけど、あんなの目じゃない! あれの百倍怖い!
獲物を前にして、
大概のゲームでは序盤のザコ敵みたいな扱いの狼だが、気を引き締める。
視点をゲーム視点に変更し、剣と盾を構える。
囲まれる前に前方の狼に突撃し、連続攻撃をお見舞いする!
ギャンッ! と悲鳴を上げて吹き飛ぶ狼。
ぬこにゃんを後ろに従えつつ、横手からと飛び掛かってくる別の狼を盾で弾き飛ばす。
すかさず、ぬこにゃんが槍で狼を突く! ギャワッ! と一声上げて倒れる狼。
「ぬこにゃん、グッジョブ!」
……ふんすっ――ポーカーフェイスを決めているが、ぬこにゃんは褒められて嬉しいみたいだ。しっぽがピンと立ってるし。
三頭の狼が後方から同時に襲いかかってくる。複数の敵からの攻撃はマズイな。
ぬこにゃんを
ガキンと音がしてガードが成功し、ライフゲージが〇.一ミリくらい減る。良かった、痛くない。
よく、ゲームで自分のキャラクターが攻撃を喰らった時に「痛っ」とか言ってしまうが、本当に痛みを感じると動けなくなったりするので危険だ。痛覚は生物が生きるために必要な機能だが、命のかかっている戦いの最中に痛みで動けなくなるのは致命的だからだ。
最大の懸念が消えて、かなりほっとした。あとはゲームと同じ感覚で戦うだけだ!
三頭の狼をぬこにゃんと連携しつつ危なげなく撃退する。
ふぅ……と思わず息を吐く。自覚はなかったけれど俺は思ったよりも緊張してたみたいだ。
複数の敵に囲まれる状況は、想像以上のストレスだった。危険を素早く察知して回避することは、とても重要なことだと改めて認識した。
「これは、探知系のスキルをつけたほうがいいかもしれないなぁ。……でも防御力が低い鎧になっちゃうんだよな~」
「見て見て~、ユーキ!」
ぬこにゃんが自分で倒した狼を持ってきて、ふんすっ♪……と見上げてくる。
猫って、獲った獲物を見せに来るよね~。セミとかGとか。
「おお! ぬこにゃん、すごい!」と言って頭をグリグリ撫でてやる。
ぬこにゃんは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。あぁ
試しに一頭の狼を解体してみようとしたが……無理。
知識も技術もないのはもちろんだけど、何よりスプラッター過ぎて無理。
本当に夢なのか? そう思わすにはいられないほどに感触や臭いがリアルだった。
……夢、だよね? 心の中にもたげてきた不安を無理やり抑え込んで、ゲーム視点で剥ぎ取りする。
狼からは『狼の毛皮』が取れた。称号【
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