瀕死ゲーマーの冒険 ~ゆうきの物語~
ふひひ
第1話 ぬこにゃん
ある本にこんなことが書いてあった。九〇歳以上のご老人に聞いた、
「九〇年の人生を振り返って、唯一後悔していることは何ですか?」というアンケートへの回答。
その九〇%を占めるその答えは……
「もっと冒険しておけばよかった」
在宅ホスピスというものを知っているだろうか?
治る見込みのない末期のがん患者などがモルヒネなどの鎮痛剤を使用して、死ぬまでの短い期間をなるべく心穏やかに家族と共に過ごせるように補助する終末医療の一つだ。
多くのがん患者が抗がん剤による治療を試みるが、必ずしもうまくいくとは限らないのが現実だ。
抗がん剤の副作用による地獄のような苦しい思いを必死に耐え抜いたにもかかわらず、がんの進行を止められなかったり転移が新たに発見されたりして、心を打ちのめされ絶望していくのだ。
死を迎えるまでの残された貴重な時間を、せめて家族と共に心穏やかに過ごしたい。最後は家族に看取られながら静かに死を迎えたい、そんな願いを補助するのが在宅ホスピスの目的だ。
俺は
そう、俺はがんだ。
高校一年の秋ごろに倒れた時、医者には余命六ヶ月と言われたらしい。それからもう一年近く経っている。
最初の三ヶ月は抗がん剤治療による副作用の苦しみで、とても生きているという状況ではなかったと思う。髪は抜け落ち、常に嘔吐感と倦怠感に悩まされる毎日。
あれだけ苦しんでも結局がんの進行を止めることはできなかった。先に心が死んでしまう……そう思った。情けない話、うちに帰りたいって泣いて頼んだ。どうせ治らないのなら家に帰りたいって超泣いて頼んだ。もう限界だった。
両親はとても悩んだと思う。わずかでも助かる見込みがあるなら抗がん剤治療を続けるべきだという思いと、亡くなったおじいちゃんががんで倒れた時の、あの病室での寂しい死の情景を繰り返したくないという思いの間で……。
朦朧とした意識の中、たくさんのチューブにつながれて、白い病室で死を迎えた……あの悲しい景色。
死を迎える最後の瞬間……、俺はどうありたいだろう?
◆◆◆
俺は家のベッドの上で、『ハンタークエスト』をプレイしていた。これはハンティングアクションRPGというジャンルに類するゲームで、モンスターを倒して素材を手に入れて武器や防具を強化しつつ、物語を進めていく大人気ゲームだ。ネット通信対応で複数のプレイヤーと一緒にプレイすることもできる。俺の一番大好きなゲームで、当然一番やり込んでいるゲームだ。今ちょうど、ダウンロードした追加コンテンツの物語が大詰めにさしかかり、巨大なドラゴンとの戦いに挑戦するというところだ。
そこへ、にゃ~と当家の飼い猫、ぬこにゃん(黒猫 メス 長毛種の雑種)が、器用にドアを開けて入ってくる。ト、ト、ト、タンッ! とジャンプして俺のところに軽やかに着地する。
定位置の俺のそばに座ると「にゃー」と見上げてきて、
「ぬこにゃんは今日も元気そうだな~。今じゃ俺のほうが死にそうだよ~」
そう言いながら俺がなぜると、ゴロゴロと目を細める。
今でこそ
三年前、三月の後半くらいだったか、季節外れの大雪が降った日、家の前で寒さにブルブル震えていた子猫。
ガリガリの子猫が小さな声でニャ~ニャ~と「寒い、助けて」とうったえている姿を思い出す。あの死にそうだった子猫が今では、どこに出しても恥ずかしくない元気な美猫さんになって……(ノД`)ホロリ
俺に命を救われたと思っているのだろうか、家族の中で一番俺になついている。それに飼い主の
ただ……『ぬこにゃん』という名前だけがちょっと残念な感じだ。
ちなみに『ぬこにゃん』の命名は俺。ご当地キャラが流行っていたのを安直にパク……インスパイアしてテキトーにつけた過去の俺、ほんとあやまれ! みんな、ペットの名前はちゃんと考えてつけないとダメだぞ! (`・ω・´)キリッ
そうこうしているうちに、テレビ画面に巨大なドラゴンが現れる。『ハンタークエスト』の追加クエストボス、猛り狂う巨大火竜レッドドラゴンだ。
「きたー! おおー、すげー迫力!」
俺がつぶやくと、ぬこにゃんは画面のところに移動しドラゴンをにらむ。
「お、ぬこにゃんも一緒にやっつけるか!」
そう声を掛けると、にゃっと短く返事をする。そして、画面のドラゴンが動くと、たし! たし! と早速ネコパンチをくらわす。ぬこにゃん、マジかわええw
もちろん画面には保護フィルターが付けてあるので大丈夫だ。画面下でネコミミがちょろちょろと踊るのを見ながら俺もドラゴンに攻撃する。たまに俺の攻撃とぬこにゃんの猫パンチが重なったりすると「ユニゾンアタック!」とかバカなことをぬかしながら約一時間、なんとかギリギリでドラゴンを倒すことができた。
「やったぞー! ぬこにゃん、ドラゴンスレイヤーだ!」
にゃー♪ とぬこにゃん。
ドラゴンを倒したことで、ゲームの主人公はドラゴンスレイヤーの称号を手に入れ、人々に英雄として称えられる。クエストクリアのエンドロールが流れる。
「いいよなあ、こんな冒険してみて~」
思わずつぶやいてから、我ながら恥ずかしいことを言っていると苦笑い。
「ふう、さすがに疲れたかも……そろそろ寝るか~」
いつものように俺と一緒に寝ようと定位置につこうとしたぬこにゃんが……耳をピクンと立て、サッと部屋の隅の方を凝視し始める。
何もないはずの空間を見つめている猫の姿とか、こわい。え、ちょ、何? 何かいるの!? 猫は霊感が強いって言うから、霊的な何かが見えてるの? マジで怖いから! ぬこにゃん、何見てるんですか!? と心の中で叫ぶ。
…………。
「どうした~? 何かいるんですか~?」とわざと声を出しつつ、ぬこにゃんの頭を撫でてみる。
じっと一点を見つめたままだったぬこにゃんが、しばらくしてふっと力を抜く。そして、俺の顔を見上げて小さく「にゃぁ」と鳴いて頭をこすりつける。
ここ最近こういうことが多い。
……死神でも様子を見に来ているのだろうか?
身体の具合もだんだん悪くなってきているから、ひょっとしたら本当にお迎えが近づいて来ているのかもしれないなぁ……。
日に日に死に近づいている。
あとどれくらいぬこにゃんと一緒に寝起きすることができるのかな…………。
俺はゲームのコントローラーを持ったままうつらうつらしていた。
そして、突然毛を逆立てて立ち上がるぬこにゃんに気づかないまま深い深い眠りへと落ちていった。
◆◆◆
子猫はひとりぼっちだった。
目ヤニと涙の跡でガビガビのみじめな顔
ガリガリに痩せ、骨が浮いてみえる身体。
毛並みはボサボサに荒れてみすぼらしい上にノミだらけだ。
弱りきったその身に、季節外れの大雪の寒さは致命的だった。
哀れなぐらいブルブルと震え、その小さな命が終わるのも時間の問題だった
寒くて寒くて
お腹すいてお腹がすいて
みー……みー……と弱りきった小さな小さな声で鳴く
助けて……助けて……
ほんの少しでいいからぬくもりがほしくて、動くものへよろよろと無意識に向かう……
そして…………
子猫は忘れない
抱き上げられたその手の暖かさを
子猫は忘れない
かけられたその優しい声を
子猫は忘れない
つつまれたその胸のぬくもりを
子猫は 絶対 絶対 忘れない……
◆◆◆
胸のあたりに感じるやわらかい感触とあたたかさ……
いつものようにぬこにゃんが潜り込んできたんだろう。
……というか、いつもより重い。完全に上にのっているなぁ、こんにゃろめ。
「もう、重いよ~、ぬこにゃん~」
寝ぼけながら、頭をなぜる……なんかサラサラな髪のような感触…………。
「……ん?」
「にゃ~~」とほっぺを舐められる。
「う~! ザラッとする、ザラッとする~! もう~こいつめ~」
そう言って、ぬこにゃんの顔を両側から挟み込むように捕まえて目を覗き込もうとする。
――ツヤツヤの綺麗な漆黒の髪、神秘的な金色の瞳の女の子。
見たこともないような超絶美少女の顔が目の前にある。
キスできそうなほど近い距離にっっ!
――――――――――――――――――――えっ!?
長いまつ毛が
完全に俺の時間は停止した。
それとは逆に心臓はバクバクと早鐘のように鳴っている。何が起こっているのか全くわからない。
ギギギギと油の切れたロボットのような動きで、なんとか女の子から手を離す。
ど、ど、どうすればいい? この状況は一体!? なんで女の子が俺の上にのってるの?
女の子は凍りついて動かない俺を不思議そうに見つめて、ペロッと俺の口元を舐める――――
……女の子にペロペロされた――――――――っっ!!
ペロペロ――――
ネットで見かける『美少女(^ω^)ペロペロ』とか、『prprしたい(*´Д`)ハァハァ』とかの、あのペロペロですか!?
……何言ってんだ俺!?
しかも逆に美少女からペロペロされたっ!? そして、すっげーザラッとする!? 猫の舌みたいにザラッとする!? どゆことっ!? 女の子の舌ってザラッとしてるの!?
あれ? これってファーストキスになるの? ペロペロはキスにカウントされるの? 俺って女の子にファーストペロペロを奪われちゃったの? Σ(゚∀゚ノ)ノキャー
俺の思考回路は完っ全にオーバーヒート、脳みそメルトダウンを引き起こしていた。
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