Act.9-427 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜ビオラ・スクルージ商会戦争〜 八章〜盗賊崩れの傭兵団の襲撃、或いはスクルージ商会崩壊への序曲〜 scene.4

<三人称全知視点>


 そして、待ちに待った収穫の日。ミレーユはミラーナ、ライネ、フーシャを伴って椎茸栽培が行われている林へと向かった。

 ミレーユ達が到着する頃には既にエイリーン、ルクシア、フレイ、クレマンスも椎茸の原木の前で待機しており、ミレーユ達が到着するとそのまま収穫に移行した。


「この量だと私達が一回楽しんで終わりそうですね。まだもう一回くらいはこれと同程度のものが収穫できると思いますから、今度は是非ご友人の皆様と収穫を楽しんでください」


 あくまでどのように茸が育つか観察するために育てていたので大量の原木を仕込んだ訳ではないが、この場に集まったメンバー全員が椎茸を満喫できる程度の量は収穫できている。

 今回は収穫に参加していないリオンナハト達も招待し、収穫を楽しんではどうかとルクシアはミレーユに提案した。……当然、収穫した以上は調理をする必要がある訳で、確実に被害を被るカラックはルクシアが提案をしたタイミングで謎の悪寒に襲われたのだが、勿論、ルクシアはそのことに気づいていない。


「ところで、どうやって食べるのが美味しいのかしら?」


「……圓様、どうしますか? 個人的には干し椎茸にしてから出汁を引いて茶碗蒸しなどを作るのがいいと思うのですが」


「ルクシア殿下、なかなか渋いチョイスですねぇ。まあ、確かにこれ以上ない贅沢ですけど、やっぱりこれだけ新鮮なら椎茸のポテンシャルを発揮できる料理にするべきだと思います。……皆様がよろしければ、椎茸のバター醤油焼きをご用意しますが、いかがでしょうか?」


 圓は料理人に勝るとも劣らない腕を持つ料理の達人である。食材の力の引き出し方をこの中の誰よりも心得ている圓よりも良い提案ができる者などいる筈もなく、満場一致で圓の提案に乗ることになった。

 どこからともなく圓は炭とバーベキューコンロ、金網を用意すると手際良く魔法で着火剤に火をつけ、待つこと数分――弱火になったところで椎茸を焼き始める。


「事前にバターを乗せておき、傘の中に汗が溜まり始めたところで醤油を落としていきます。ああ、いい匂いだねぇ」


「美味しそうですわ!!」


「ま、まだですか!? 圓様!」


「ミラーナさん、気が早いよ。もうちょっとだねぇ……よし、そろそろいいかな?」


 まずは第一弾を焼き終え、ミレーユ達に振る舞う。


「こんな美味しい茸、初めてですわ!!」


「ま、圓様、お代わりは!?」


「ジュワジュワと美味しさが口の中で弾けますね。ミレーユ様、美味しいですね」


「これは……凄いわね」


 思い思いに感想を口にするミレーユ達と黙々と食事を続けるルクシア達に手応えを感じた圓はその後も椎茸を焼き続けた。

 醤油の焼ける香ばしい匂いは風に乗って林の外へと流れていく。もし、美味しそうな匂いを嗅いだ者が居たならば確実に空腹に襲われるだろう。……圓達の行為はある意味テロにも等しいものであったが、圓を含め、そのことの重大さに欠片も気づいていないようである。


「ところで、ミレーユ姫殿下。ここでちょっとした茸トリビアを。ボクの前世の話ですが、故郷の大倭秋津洲帝国連邦には四千種類もの茸が自生していると言われていますが、この中で食用にできるものは百種類ほどと言われています。また、仮に食用とされる茸にも毒が含まれる場合があります。例えば、この椎茸もある意味で毒茸です」


「ど、毒茸なんですの!?」


「でも、圓様が料理に使っているということは危険ではないのですよね?」


 てっきり「ミレーユ様に毒茸を……なんてことを!!」と激昂されるかと思ったけど、ライネは冷静だねぇ。

 ……でも、自分で言うものなんだけど、あんまりボクに全幅の信頼を寄せるべきじゃないと思うけどなぁ。


「勿論、しっかりと加熱すれば問題はないよ。……まあ、体質にもよるから、よっぽど相性が悪ければ反応が出る場合もあるけどねぇ。ただ、生食や加熱が足りないと体幹部に掻痒が強い紅斑や丘疹が発生し、掻痕に一致した線状の皮疹も呈する椎茸皮膚炎と呼ばれるアレルギー反応が発生することがある。これに関しては原因がまだ分かっていない状況でねぇ、一説には椎茸に含まれるレンチナンという物質が関与しているのではないかと言われているよ。椎茸も含めて、食用だけど生食はできない茸が茸の大多数を占める。生食ができるのは、新鮮なマッシュルームに限るからねぇ、それ以外の茸は必ず火を入れて食べること。こうして焼くのも良し、茸鍋にするのも良しだ。ちなみに、干した椎茸に含まれる旨味成分はグアニル酸と呼ばれ、鰹節に含まれるイノシン酸、昆布に含まれるグルタミン酸と合わせて三大旨味成分と呼ばれることもある。このグアニル酸は干すことによって生じるから生椎茸にはほとんど含まれていない。手を加えることで成分が変化するのも、なかなか興味深いことだよねぇ」


「瑞々しい椎茸も美味しいですけど、干した椎茸には干した椎茸の魅力があるということですわね。興味深いお話ですわ」


 その後もミレーユ達に熱視線を向けられながら淡々と椎茸を焼いていた圓――エイリーンだったが、見気で複数人の反応すると椎茸の焼き加減に気を配りつつ、ミレーユ達のいる林へと迫ってくる複数の気配に警戒を強めた。


「ミレーユ様が林にいると伺ったのですが……なんですか、この美味しそうな匂いは! ここに来るまでお腹が空いて仕方がありませんでした」


 現れたのは鳴り止まないお腹の音に悩まされたターリアだった。どうやら、今日は一人で行動しているらしく、ミレーユから護衛を命じられた男子生徒達の姿はない。


「エイリーン様、ルクシア殿下、ターリアさんにも食べて頂いても良いかしら?」


「育てたのはルクシア殿下とミレーユ姫殿下ですから、お二人がよろしければ」


「ミレーユ姫殿下がよろしければ、私は問題ありません」


「では、エイリーン様。ターリアさんにとびっきり美味しい椎茸のバター醤油焼きをお願いしますわ」


「えぇ、喜んで」


 困惑するターリアにエイリーン――圓は醤油とバターの香る最高な焼き加減の椎茸を乗せた皿を手渡す。

 先日、敵意にも等しい感情を向けられた伯爵令嬢から手渡された見たことのない食べ物に、少しだけ警戒していたが、ミレーユ達から向けられる期待の籠った視線に耐えきれなくなり、「ええぃ、ままよ」と一気に口へと運んだ。


「おっ、美味しい! 美味しいです、ミレーユ様」


「ふふっ、良かったですわ。……ところで、ターリアさん。わたくしを探していたみたいですけど、何かありましたの?」


「そ、そうでしたわ! ミレーユ様とシャイロック様を助ける手立てを話し合いたいとミレーユ様のことを探していたのです!!」


 「あー、そういえばそんな話をしていましだね」と急に現実に引き戻されたミレーユは死んだ魚の目になった。


「まあ、椎茸でもゆっくり食べながら話し合えば妙案も浮かぶのではありませんか?」


 そんなことを言いつつ椎茸を焼いていたエイリーンだったが、その手が唐突に止まる。


「エイリーン様、至急お伝えしたいことが」


「どうしたのかな? アフロディーテさん」


 アフロディーテから報告を受けたエイリーンは少しだけ意外そうな顔をした。……心なしか、口元が歪んだようにミレーユの目には映ったが気のせいだったのだろうか?


「ミレーユ様、ターリア様、心して聞いてください。――シャイロックが倒れました」


「なっ!?」


「しゃ、シャイロック様が!?」


 「何故、その報告をエイリーンが受けているのか?」という疑問が浮かばないほどターリアは動揺していた。


「このまま放置すればシャイロックは死にます。しかし、今赴けば助けられるかもしれません。――ここからシャイロックのいる屋敷まで向かえば何日も掛かって間に合いませんが、時空魔法を使えば間に合わせることができます。さあ、どうなさいますか?」


「――シャイロック様は私の恩人です! その恩を返すことができるのであれば返したい! お願いします! エイリーン様、力をお貸しください!」


「分かりました。では、ターリア様、ミレーユ姫殿下、参りましょうか? あまり大人数で押しかけても仕方がありませんから、ライネさんは……少し時間が掛かるかもしれませんので、ミラーナ様を連れて寮に戻っておいてください。あっ……それと、アフロディーテさん、後は頼んだ!」


「――ッ!? 待ってください! 急に渡されても焼き加減とか分かりません!!」


「では、代わりに私が。エイリーンさんが焼いていた姿は見ていたので問題なく焼けます」


「ですが、王子殿下にお願いするなんて畏れ多いこと」


「では、侍女である私が――」


「クレマンス様も貴族令嬢ですよ!! わっ、分かりました! やります! やって見せます!!」


「まっ、待ってくださいまし!! まだわたくしの椎茸が焼けて――」


 しかし、ミレーユの願いも虚しく、ミレーユが目をつけていた椎茸が焼ける前に圓が時空魔法を発動し、ミレーユ、ターリア、エイリーンの三人はスクルージ商会の本社がある独立港湾都市セントポートへと転移した。

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