Act.9-426 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜ビオラ・スクルージ商会戦争〜 七章〜盗賊崩れの傭兵団の襲撃、或いはスクルージ商会崩壊への序曲〜 scene.3

<三人称全知視点>


「それで傭兵を返り討ちにされた挙句、お前だけノコノコ帰ってきたのか!?」


 優雅に豪奢な昼食をとっていたシャイロックは傭兵達の監視役として派遣していたカルコロから襲撃の顛末についての報告を受けるなり激昂した。

 シャイロックが怒りのままに振り下ろした皿が床に当たり、ガシャンと音を立てて割れる。その様子をカルコロは怯える風を装いつつ冷静に・・・観察していた。


「護衛は女がたった五人だったのだろう!? 何故、遅れを取った!! ビオラ商会合同会社がそれほどの戦力を持っているとでも言いたいのか!?」


 ベーシックヘイム大陸では有力な商会だと掴んでいたシャイロックだが、精々ペドレリーア大陸の五大商会と互角の規模であると考えていた。

 海を越えれば影響力は確実に弱まる。そのため、子飼いの傭兵達でも十分にダメージを与えられると考え、ビオラ商会合同会社がセントピュセル学院の学院改修計画の打ち合わせのために人員を派遣するという情報を得るなり傭兵達を派遣したのだが、結果は惨敗――傭兵達はビオラ商会合同会社に捕縛されてしまった。


 元盗賊の傭兵達はシャイロックにとって重要な駒だった。

 基本的にシャイロックは暴力に頼ることはしない。相手の不利になる噂を広めたり、持っているツテを利用して販路を奪ったり、証拠の残りにくい方法で攻撃を仕掛ける。

 しかし、そういった方法にも屈せず健気に頑張る厄介な商売敵も僅かながら存在する。そうした相手にとどめを刺す際に傭兵という駒は最適だ。


 実際、この方法でシャイロックは邪魔者を排除した経験は一度や二度ではない。今回も、流石に傭兵を差し向けられたらビオラ商会合同会社も恐れを成して撤退するのではないかと考えていたのだが……。


「連中から我々を非難するような声明は出ていない。一体奴ら、何を考えているッ!!」


 シャイロックにとって傭兵を誘拐されたのは痛手だ。しかし、この事実を公にして誘拐犯のビオラ商会合同会社を訴えることはできない。

 そもそも、彼らの存在が非合法なものだからである。寧ろ、傭兵を雇って従わない相手を襲わせていたという事実を公にして、「自分達は襲撃を受けたから、対処した。正当防衛である!」と主張され、スクルージ商会側が逆に非難されることにもなりかねない。……いや、そもそも既に彼らを捕縛した時点で傭兵を捕らえたことを公にしてスクルージ商会を訴えることもできた筈だ。

 それをあえてしないのは、傭兵を捕らえたことで生じた利益にそもそも気づいていないのか、ビオラ商会合同会社の会長が極度のお人好しなのか……将又別に目論見があるのか? いずれにしても、ビオラ商会合同会社が打つ手次第で盤面が変わってしまう現状はあまりよろしいものではない。


「こうなれば、手段は選んでいられない!! どんな極悪人でも結構! 戦力を集めて打って出る! それしか道はない!!」


「しかし、ビオラ商会合同会社は既にオルレアン教国に到着しています! このタイミングで攻撃を仕掛けるのは……」


「五月蠅い!! 指図をするな!! 連中は必ずどこかで隙を見せる! その隙を突いて今度こそ奴らを仕留めるんだ!! カルコロ! 一度だけ挽回のチャンスをやる! ビオラ商会合同会社に攻撃する人員を集めてこい! 金に糸目は付けん!! 必ずビオラ商会合同会社を叩き潰せるだけの人員を用意しろ!!」


 シャイロックは金を信じる敬虔な信徒であった。

 お金の力は偉大であり、万能であると信じていた。金を司る強欲な神にも愛されていた彼は別の世界線の未来では大陸を襲いし大飢饉を商機として、一挙に食糧の流通網を掌握し、複数の商会を吸収統合し、数多の独立商人達をも手中に収めた。


 その彼は今、皮肉なことに金を信じる心を忘れていた。利益など生まれる筈も無いビオラ商会合同会社との戦いに執念を燃やし、私財を投じようとしている。

 平常心の彼であれば、今のシャイロックの姿を見て何を思っただろうか。

 破滅への道へと自ら足を踏み入れ、地獄へと通じる階段を転がり落ちようとしている主人に、カルコロは同情の視線を向ける。


 それが気に食わなかったのだろう。シャイロックの怒りはカルコロに向けられることとなった。


「カルコロッ! 貴様、俺に憐れみの視線を向けるなッ!!」


 怒りのままに皿を掴み、シャイロックはカルコロに投げつけようとして……しかし、その皿は虚しくシャイロックの手から零れ落ちる。

 唐突に襲った胸の痛みにシャイロックは苦しみ……崩れ落ちる。少しずつ薄れゆく意識の中、シャイロックが最後に見たのは、少しだけ冷静さを欠いたカルコロの姿だった。


「……まさか、このタイミングで。圓様からお話は聞いていましたが……なるほど、ストレスを紛らわせるための過食が時期を早めたのでしょう。まあ、これはこれで好都合と捉えるべきでしょうか? 急ぎ、圓様に連絡を取りましょう。次の一手を打たなければ、手遅れになってしまいますからね」


 シャイロックの使用人頭――カルコロは自らに掛けられた姿を偽装する魔法を解き、金髪の美女の姿へと戻ると、圓に急ぎ連絡を入れた。



「ああ素晴らしい! どんどん実っていることが分かります! さぁさぁさぁさぁ、もっともっともっともっと限界を越えていくのですわ!!」


 藍晶一行の到着から三日が経過した。

 セントピュセル学院にはオルレアン神教会の重役達が集まり、リズフィーナ達学院関係者達とビオラ商会合同会社の建築部門の三組織による学院改修に向けた話し合いが進められている。

 いつもと少しだけ違う学院の雰囲気にも三日も経てば学院に通う生徒達も慣れてきたようで、少しずつ浮ついたい雰囲気が消えて日常が戻ろうとしていた。


 しかし、藍晶一行の到着の前と後で全く変化が無かった訳ではない。

 大きな変化はいくつかあるが、その中で最も大きいのは学院の訓練場でルスワールによる剣術指南が行われるようになったことであろう。


 藍晶一行が到着した日に起こったルスワールと二人の神父の戦いは学院関係者達の多くを恐怖のどん底へと叩き落とした。

 当然、ルスワールは勝負に乗ったヨナタンとジョナサンと共に圓の怒りを買い、《蒼穹の門ディヴァイン・ゲート》で飛ばされた先でボコボコにされた。


 その後、学院に戻ったルスワールはリズフィーナ達の目の前で謝罪をしたのだが、その時の顔は絶世の美貌の原型が無くなるほどボコボコにされており、リズフィーナ達もその痛々しい惨状に思わず同情してしまうほどであった。……まあ、翌日にはすっかり治っていたのだが。


 あの後、圓に「迷惑を掛けたんだからこの程度のことはしなさいよ」とキツく言われたからか、リオンナハト達の願いもあっさりと聞き入れられ、こうして模擬戦の講師を引き受けてもらえるようになった。

 現在、リオンナハト、カラック、アモン、マリア、リオラ――五人を相手に実戦を交えて手解きをしているが、この五人に限定した話ではないため、今も五人の模擬戦が終わるのを待っている者達が幾人かいる。また、模擬戦には参加しないものの、戦いを観察することで収穫を得ようとする生徒がかなりの人数、観戦していた。


 ジュワイユーズ聖剣術、圓式基礎剣術、王室剣技ダイナスティー・アーツ王家伝剣ロイヤル・アーツ――それらを巧みに操り、戦闘を構築していくルスワールの実力はリオンナハト達の想定以上のものだった。剣だけでこれほどなのだから、他の技術が組み合わさってしまったら……と想像するだけで震えが止まらなくなる。

 しかし、相手が高い壁であるからこそ、リオンナハト達もここ数日で大きく成長することができた。流石に圓式基礎剣術を習得するまでには至っていないが、その動きは少しずつではあるが掴めるようになってはきている。


「皆様、腕を上げましたわね。再会が待ち遠しいですわ。皆様がどこまで実ったのか、再び相見える日を楽しみにしておきましょう」


 いかにも戦闘狂らしい台詞を残してルスワールが学院を去ったのはそれから二日後のことだ。

 てっきり藍晶達が帰国するまでの間、学院に残ると思っていたリオンナハト達は彼女が想像よりも早く帰国することに驚くと共に、彼女から向けられた期待に冷や汗を流すことになった。


 ちなみにルスワールが予定よりも早く帰国した理由は、近々行われる騎士採用試験を受講するためらしい。既にの履歴書も作成し、準備万端のようだ。


 一方、ミレーユはというとスクルージ商会との戦いのことなどすっかり忘れてルクシアの茸学講義に打ち込んでいた。

 講義の内容はいよいよ個別の茸を見ていく段階に入っている。ベーシックヘイム大陸にはベーシックヘイム大陸の、ペドレリーア大陸にはペドレリーア大陸の固有種の茸が存在するのだが、まずはどのように茸が育つかを観察してもらうのが良いのではないかという圓からの提案を受け、学院の許可を得て椎茸の原木栽培に取り組んでいた。


 ちなみに、椎茸そのものはベーシックヘイム大陸にもペドレリーア大陸にも存在しない(類似した性質の茸は存在する)が、アネモネがビオラ商会合同会社で販売するようになってから注目されるようになり、今では一般にも流通するようになっている。……とはいえ、原木栽培は菌床椎茸に比べて遥かに手軽に次々と収穫できるため、ベーシックヘイム大陸でも原木栽培に拘っている者は少数だが。


 流石に伏せ込みの作業に一年半、収穫まで二年以上という本来の原木栽培をする訳にはいかないので、圓の力を借りて時空魔法や温度管理の魔法で大幅に所要時間を短縮している。

 実際に椎茸栽培を始めたのは藍晶一行が到着した日だったが、ルスワールが帰国する頃には既に収穫間近の段階まで成長が進んでいた。

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