Act.9-425 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜ビオラ・スクルージ商会戦争〜 七章〜盗賊崩れの傭兵団の襲撃、或いはスクルージ商会崩壊への序曲〜 scene.2

<三人称全知視点>


 スクルージ商会が用意していた戦力は盗賊崩れの傭兵達だけだったようで、その後、藍晶達達は何事もなくセントピュセル学院に到着した。

 既にエイリーン経由で藍晶一行がオルレアン教国に入ったことは伝えられていたため、怪しい輩と警戒を向けられることは無かったが、やはり魔物である藍晶の存在は異質なものとして映ったのだろう。湖を渡る前の船着場でも常に警戒の視線を向けられ、居心地の悪さを味わった。……まあ、藍晶にとってはいつものことだが。


「ようこそ、セントピュセル学院に。藍晶様とリルー様ね。長旅をさせてしまって申し訳無かったわ」


『いいえ、仕事ですのでお気遣いなく。それに、次回以降は時空魔法で転移可能ですから問題はありません。……本来ならばセントピュセル学院の改修工事に総力を注ぐべきところでしょうが、地下鉄敷設の工事がありますので頻繁に帰国させて頂きます。ご理解頂けると大変助かります』


 オルレアン教国の聖女であるリズフィーナ自ら学院の門の前で業者を出迎えるということは珍しいが、藍晶はビジネスライクな態度を貫いた。

 そんな藍晶の態度に「これほどの栄誉を何故喜ばないのだ!」と憤りを隠せない学院関係者が幾人かいたようだが、流石に波風を立てるような発言をすることは無かった。


「アネモネ閣下よりお話は伺っています。なんでも、ベーシックヘイム大陸の多種族同盟加盟国の主要都市を地下で結ぶ巨大な大動脈を構築する大事業を手掛けているとか。ビオラ商会合同会社の建築部門の頂点に立ちながら、現場の最前線に立ち続ける藍晶様のことをお話を伺ってからずっと尊敬しておりました」


『元々、私が会長に頭を下げて始めた事業ですから、言い出した私が仕事を放り出す訳にはいきません。……それに、建築部門の統括長などと言われていますが、私は一人の職人に過ぎません。現場で働くことが私は好きなのです』


「この方はクソ真面目で不器用な職人ですからね。ただ愚直に、良きものを作り上げようとする姿勢は初めてコンビを組ませて頂いた頃から尊敬しております。……リズフィーナ様、お会いして早々で申し訳ございませんが、少しだけ仕事の話をさせて頂きたいと思います。藍晶はベーシックヘイム大陸での仕事もありますので、ペドレリーア大陸とベーシックヘイム大陸を行き来しますが、私は打ち合わせが終わるまでオルレアン教国に滞在させて頂きたいと思っております。既にミレーユ皇女殿下と、エイリーン嬢、我が社の会長が生徒会選挙で提案した学院改修計画がありますので、そのデータを確認しつつオルレアン教国側の希望を組み込んでいく形になるかと思います。……まあ、会長の改修計画に穴があるとは思えませんから、我々の仕事はないかもしれませんけどね」


「それもそうね。……少し遅れてしまったけど、どうぞ学院の中にお入りください。護衛の方々もどうぞ」


 先に降りて出迎えたリズフィーナに挨拶をしていた藍晶とリルーに続き、馬車からゾフィー、マルセラ、ミッシェル、ルスワールが姿を見せた。

 護衛と聞いて屈強な男達を想定していた学院関係者達は軽装の鎧を纏った絶世の美女達と彼女達より頭二つほど抜きん出た美貌を持つ少女の美しさに見惚れると共に、たった四人――しかも、非力な・・・女性達を護衛として選んだビオラ商会合同会社の判断を愚かなものだと心の中で断じた。


 中には黒一点――まさにハーレムの主のような藍晶の立場を羨む者も居たが。


「……失礼だけど、少し過剰戦力じゃないかしら? ペドレリーア大陸の治安は流石にそこまで悪くはないと思うのだけど」


 しかし、リズフィーナや、藍晶達とリズフィーナのやり取りを見守るリオンナハトやアモンといったビオラ商会合同会社警備部門警備企画課諜報工作局――諜報部隊フルール・ド・アンブラルの存在を知る者達は彼女達が女騎士などではなくビオラの諜報員であることを看破し、これほどの戦力が派遣される必要があったのかと疑問を覚えた。


 確かに、仮にも国家を運営する大商会が護衛の一人も付けずに統括長とその側近を派遣すれば取引相手――今回はオルレアン教国に舐められる要因となる。

 道中でも一定数の護衛を付けていれば盗賊などから襲撃を受ける可能性も減るため、抑止力としての効果も期待できる。……まあ、今回、この女騎士に扮する諜報員達が抑止力になるかは微妙だが。


 しかし、それならば他にもっと適任が居たのではないだろうか? 今回の人選は見た目による抑止力を狙ったものではなく、実際の戦闘力を重要視したものだ。

 だが、『這い寄る混沌の蛇』という例外を除けばペドレリーア大陸に彼女達が派遣されるほどの仮想敵は存在しない。オルレアン教国を潰すためにも彼女達の中の誰か一人がいれば十分だろう。

 それほどの戦力差が存在しているのだとリズフィーナはこれまでの諜報員達の活躍から察していた。


「流石に会長もここまでの戦力は必要ないのではないかとお考えだったようですが、念のために我々が護衛として派遣されました。……ペドレリーア大陸には我々の存在を疎ましがる方々もいらっしゃいますからね。現に、我々もオルレアン教国に入る前に襲撃を受けました」


「……それで、襲撃者達は無事なのかしら?」


 本来、心配するべきなのは襲撃を受けたビオラ側の筈だが、真っ先に襲撃者の身の安全を心配するあたりリズフィーナはよく分かっていると、藍晶は心の中で彼女の評価を少しだけ上方修正した。


「……まあ、死んではいなかったので大丈夫だと思いますわ。元々、護衛は五名でしたがその中の一名は捕縛した襲撃者を我々の本部に移送するために戻りました」


「彼らの身柄を引き渡して頂くことは……」


「いくらリズフィーナ様のお願いでも厳しいでしょうね。我々にその権限はありませんので、直接会長とやり取りをして、移送を取り付けるのが良いかと。……ただ、個人的な見解を申しますと、これは商人同士のいざこざです。それも、我々は勝手に逆恨みされて攻撃された哀れな被害者という立場。オルレアン神教会の聖女様から非難される謂れはないと思いますが」


 「その襲撃者を返り討ちにした挙句、拘束して拉致したんだからビオラ商会合同会社を被害者であるというのは少し違うんじゃないかな?」とリズフィーナ、リオンナハト、アモンの考えは一致していたが、藪蛇になる可能性を危惧して口に出すことは無かった。



 まずは長旅で疲れたであろう藍晶一行をもてなして疲れを取ってもらおうと応接室へ案内しようとしたリズフィーナだったが、その前にリオンナハトとアモン――二人の王子が藍晶達の前に現れた。


「長旅でお疲れのところ申し訳ない。少し時間をもらえないだろうか?」


『ライズムーン王国のリオンナハト殿下とプレゲトーン王国のアモン殿下ですね。お噂は海を越えた先にあるベーシックヘイム大陸にも轟いております』


「藍晶殿は剣の達人であると聞いている。どうか、私に剣の手解きをしてもらえないだろうか?」


「ボクも更に強くなりたくてね。改修工事の仕事で忙しい中、時間を作ってもらうことは厳しいことは承知の上だ。無理な願いであることは分かっているが、それでも、どうか……」


 リオンナハトとアモン――二人の実力はセントピュセル学院の中でも随一である。

 そんな二人が揃って剣の手解きを受けたいと頭を下げたことに学院関係者達が衝撃を受けた。


『……お二人は卓越した剣の腕をお持ちだと聞き及んであります。私が、師であり、同時に友でもある『剣聖』の称号を持つミリアムから剣の手解きを受けたのはつい最近、世界最強の剣士であるアネモネ閣下よりご指導を頂くようになったのもそれよりも更に後です。……それよりも、もっと適任な方がいらっしゃいますので、その方を紹介致しましょう。もっとも、その方が受けてくれるかどうかは私にも分かりませんが』


 藍晶が適任と判断した人物――ルスワールに視線を向けると、ルスワールは藍晶ににっこりと微笑んだ。

 そして、無音の踏み込みと共に一気に加速――鞘から『焔昼剣ラジュルネ』と『喰夜剣ラニュイ』を同時に抜き払い、武装闘気と覇王の霸気を纏わせて斬り掛かった。


 その先に居た二人の神父――ヨナタンとジョナサンもまた獰猛な笑みを浮かべたままゆったりと剣を抜き払い、武装闘気と覇王の霸気を纏わせてルスワールの剣を受け止める。

 決して剣の切っ先が触れ合わない拮抗状態が発生すると同時に、圧倒的な衝撃波が迸る黒い稲妻と共に発生――衝撃波は上空へと駆け上って天を割り、黒い稲妻はルスワール、ヨナタン、ジョナサンの周囲を駆け巡った。


「へぇ、やっぱり君――他の諜報員達とは少し違うみたいだね」


「僕達と同種なのかなぁ? 今の君、凄いいい顔をしているよ」


「ヨナタン様、ジョナサン様、今愉しいかしら? 私は愉しいわ! 強き者との血湧き肉躍る戦い以上にクソ面白い・・・・・ものは存在しない!! さぁ、貴方達の限界を見せて頂戴!! さぁさぁさぁ!!!」


 お淑やかそうな少女の雰囲気から一変――獰猛な戦闘狂の本性を現したルスワールは圓式と王室剣技ダイナスティー・アーツ王家伝剣ロイヤル・アーツを混ぜたような荒々しい剣技で攻め立てる。

 当然、戦いとは無縁の生活を送ってきた学院関係者達は唐突に始まってしまったこの戦いに恐れ慄き、阿鼻叫喚の声を上げている。


「――諜報員殿、三人を止めることはできないのか! 同僚なのだろう!!」


「我々はビオラ商会合同会社警備部門警備企画課諜報工作局に所属していますが、彼女は違います。彼女の所属先はビオラ特殊科学部隊、役職は用心棒ですわ。……正直、我々三人が束で立ち向かって命を落としても止められるかどうか微妙なところです。現身の魔法少女の基礎スペック、そこから繰り出される剣技、固有魔法、『天恵の実』の力、闘気や霸気、格闘技術――そのいずれも極めて高い水準ですから、勝てる筈がありませんわ」


 リオンナハトの希望を打ち砕くようにマルセラが「自分達にはどうしようとない」と告げる。

 しかし、流石にこの状況をそのままにしておく訳にはいかない。マルセラは学院に通う主人に連絡を入れようとするが、その前に一振りのナイフがヨナタン達の方へと投げ込まれ、眩い光を放った。


「――ヨナタン神父、ジョナサン神父、ルスワール様の転移を確認致しました。御三方には心ゆくまで戦ってもらった後、会長自ら小一時間ほど説教をする予定のようですわ。それと、ルスワール様には罰としてリオンナハト殿下とアモン殿下に剣の手解きをさせるとのことです」


 学院関係者達が「さっきのは一体なんだったんだ!?」と困惑する中、マルセラは淡々とリオンナハトとアモンにアネモネ――圓から送られてきたメールの内容を伝えた。

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