Act.9-268 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜グルーウォンス王国に隠れ潜む古き蛇の流れ〜 scene.1

<三人称全知視点>


 イェンドル王国、グルーウォンス王国、オッサタルスァ王国――革命の兆候ありと判断されたペドレリーア大陸の各所に派遣された臨時班の面々だったが、流石にすぐに革命が起こる……などということはなく、情報収集も各地に派遣された諜報員達によって行われるため、派遣されたメンバーのほとんどは革命が本格的に始まるまで動けない状態だった。

 しかし、確実に三国の歯車は狂い始めている。


 イェンドル王国では民の人気を集めていたイェンドル王国の大臣でサルドゥム公爵でもあるイシュトーラス=サルドゥムが諫言を行ったことを気に入らなかった王の逆鱗に触れて幽閉され、サルドゥム公爵派閥に所属し、領民達からの信頼も厚いユドラグ=ノーツヘッドがサルドゥム大臣の幽閉を不当なものだとして蜂起し、腐り切ったイェンドル王国を変えるべく革命派を組織しようとしているという噂が流れている。


 グルーウォンス王国では史上最悪の愚王と影で呼ばれているラールフレット=グルーウォンス国王が後に革命軍を率いるライフォール=キュラトスの娘と妻を無理矢理側妃として召し上げ、耐え兼ねて自殺したと二日前にライフォールに兵士が報告に行き、怒り狂ったライフォールにタコ殴りにされて殺害された事件が起こっており、こちらも革命軍が組織されるまで秒読みの状態にある。


 オッサタルスァ王国では後に理不尽な政治を行う絶対王政が敷かれたオッサタルスァ王朝を倒し、民による民のための国を作ることを目指す革命党の党首となるインパス=パットフェルドゥが動き出したという情報がインパスを監視していた諜報員から入っており、こちらもいよいよ革命が始まろうとしている。

 

 この同時に革命が始まるという明らかに『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』のシナリオから外れた状況に作為的な何かを感じつつも、革命が開始されるまで臨時班のメンバーは動くことができない。


 唯一、動くことができたのは革命とは関係のない立ち位置に『這い寄る混沌の蛇』の関係者がいるグルーウォンス王国だった。


 絢爛豪華な生活のために民に重税を課しており、宮廷内でも史上最悪の愚王と影で呼ばれている、いつも生肉を食べている巨漢――ラールフレット=グルーウォンス。

 諫言をした大臣の殺害や、国中の美女を集めて妻に娶るなど退廃的な生活を続けているため様々な人間の恨みを買っている彼も幼少の頃は絶世の美貌を持つ爽やかな王子で天賦の才と圧倒的な剣の腕を持っていた。


 リオンナハト並みに正義の心に溢れていた彼を変えたのはワポワール辺境伯領に視察に赴いた時のことである。

 その視察の最中に何者かに攫われ、一年後に王城に戻るまでの間に彼の人格はまるで別人のようになってしまっていた。

 その理由は、プレゲトーン王国の第一王女ヴァレンティナ・プレゲトーンの変貌と同じく『這い寄る混沌の蛇』による洗脳を受けたためであり、逆に言えばグルーウォンス王国のワポワール辺境伯領のどこかに『這い寄る混沌の蛇』が隠れ潜んでいるということになる。


 『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』のシナリオを知り尽くしている圓は当然ながらこの『這い寄る混沌の蛇』の隠れ潜む場所も知っていた。

 グルーウォンス王国に派遣された臨時班のメンバーであるトーマス、ルーネス、サレム、アインス、榊、槐、椿、榎、楸、柊は最初に転移したグルーウォンス王国王都の隠れ家からワポワール辺境伯領に設置された隠れ家に転移門で転移し、『這い寄る混沌の蛇』が潜むデスマウンテンに向かった。


『トーマス様、ミレニアム様のことがそんなに心配ですか?』


 上の空の状態で登山を続ける普段の様子からかけ離れたトーマスを心配し、榊が声を掛けた。

 時空騎士クロノス・マスターとして活躍するトーマスとミレニアムの距離は確実に開いてしまっている。これまではミレニアムも助手としてトーマスを支えることができたが、非戦闘員の彼女では時空騎士クロノス・マスターの任務を遂行するトーマスに同行しようとしても足を引っ張ってしまう。


 そんな状況を打破するためにミレニアムは圓の協力を仰ぎ、この臨時班のタイミングで強化プログラムを行うことになった。

 当初はフォトロズ最高峰での修行が検討されていたのだが、より過酷で修行にもってこいなネファシェム山が偽天翼族現地民の同意を得て修行可能な場所になったため、ミレニアム自身の希望もあってネファシェム山で修行が行われることになっている。


 更にこれに便乗して同時期に多種族同盟各国――ブライトネス王国、フォルトナ=フィートランド連合王国、翠光エルフ国家連合、ユミル自由同盟、ド=ワンド大洞窟王国、エナリオス海洋王国、ルヴェリオス共和国、ラングリス王国、ムーランドーブ王国、魔法の国、オルゴーゥン魔族王国や黒百合聖女神聖法神聖教会、フォティゾ大教会などの宗教勢力、魔法師ギルド『不死鳥の尾羽フェニックス』や『烈風の旅人』と『紅の華』の二つのクランもそれぞれ戦力を派遣して合同訓練を行う準備をしており、闘気や八技の基礎訓練から各国軍隊同士の模擬戦、更には参加者をシャッフルして行う多国籍軍同士の模擬戦など様々な試みが行われることになっている。

 来たる多種族同盟最大の危機に備えるためにこのタイミングでしっかりと連携を強めておきたいという各国の思惑が一致した形だ。


「……あの子はこういった荒事には不向きだと思っていたからな。圓殿にあのようなことを頼んだと知った時には驚いた。……怪我をしていないといいが」


『その辺りは大丈夫だと思いますわ。基本的に無理は禁物、リスクマネジメントをしっかりと行って強化プログラムは行われております。まあ、多少の怪我はあるでしょうが、治癒魔法の使い手も多数参加していますし、問題はないと思います。……しかし、驚きましたわ。トーマス様にもそのようなら過保護な面があるのですわね』


「……別にそこまで過保護なつもりはないのだが」


 無自覚に親バカの片鱗を見せるトーマスに槐が思わず笑みを浮かべた。


「しかし、魔物がいないとこんなにもあっさりと登山できるのですね」


 基本的にどこに行っても魔物が出現するベーシックへイム大陸で暮らすルーネス達には魔物のいない山で登山をする経験がない(まあ、そもそも王族であるルーネス、サレム、アインスの登山経験は修行のために通ったフォトロズ大山脈地帯くらいだが)。

 魔物との戦いで体力と時間を消耗されない快適な登山は逆にあまりにも呆気なさ過ぎて少し拍子抜けしているルーネス、サレム、アインスだった。


「……しかし、この山のどこに『這い寄る混沌の蛇』が潜んでいるのでしょうね?」


「この地を任されている諜報員を統率しているミュラーニュ殿によれば、山の中腹にある巨大な滝の裏に洞窟へと続く入り口があるそうだ。洞窟は死火山と化した山の内部に繋がっているらしい……つまり、この山そのものが古き『這い寄る混沌の蛇』の隠れ里ということになるな。かつては山の山頂の火口も入り口の一つとして機能していたが、現在は大岩に塞がれて内部に入ることはできないらしい。代わりに外から空気を取り入れるために山の各所に小さな空気穴を用意してはいるようだが、そこからの侵入は不可能だろうな」


 進入経路は一つだけ――完全に退路を絶っている形だが、逆に敵に発見される可能性もそれだけ少なくなる。

 唯一の入り口も滝壺の中に隠されているとなれば発見は難しい――古き『這い寄る混沌の蛇』の一派が長きに渡って発見されなかったのもこうした徹底的な隠蔽工作のお陰なのだろう。


 トーマス達がこの地にやってくることができたのも圓の有するゲーム知識という名のズルのおかげである。

 『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』本編でもトーマスはデスマウンテンに隠れ潜んでいるという情報を得るまでに苦戦を強いられ、デスマウンテンに到着してからは入り口を探すのに苦戦を強いられ、更にミレニアムを人質に取られる事態に陥ることになり……などと散々な目に遭わされた。


 今回はミレニアムは同行していないため人質云々の事態になる可能性は皆無、情報も全て揃っているのでデスマウンテン挑戦はかなりのイージーモードだ。


「ルーネスお兄様、サレムお兄様、あの滝ですよね?」


 アインスの指差した方向には巨大な滝が見える。何も情報がなければまさかあの滝の先に人が潜伏しているとは思わないだろう。


「……さて、あの滝にどう潜入しましょうか? 滝壺には水が溜まっていますし、小船で入るのが正規ルートなのでしょうが……」


 滝壺の水深は意外に深く、歩いて渡るのは困難。泳いで渡れば体力を消耗する。

 小船で渡るのは正攻法だが、船で動けば格好の攻撃の的となる。船上での戦いの経験が少ないルーネス達では苦戦を強いられることになるだろう。


『でしたら、こういった方法はいかがでしょうか? 槐、椿、榎、楸、柊、行きますよ!』


『『『『『『樹法秘術・大樹ノ創造』』』』』』


 榊、槐、椿、榎、楸、柊が協力して滝壺の奥へと続く桟橋を作り出した。

 更に滝の流れを封じるように木造の巨大な建物を桟橋と滝周辺を覆うように作り上げ、武装闘気を込めて黒刀化現象を引き起こし、滝の奥に存在する空洞への安全なルートを作り上げる。


「これだけの建造物を一瞬にして作り上げてしまうとは……流石は圓先生の従魔ですね」


 流石に野生のアルラウネや安楽少女オイタナシー・リトルではこれだけの建造物を一瞬にして作り出すことはできない。

 カリエンテやスティーリアとはまた違うタイプの凄まじい力を目にしたサレムは改めて圓の従魔達の規格外さを実感した。


 さて橋も掛け終え、戦闘の舞台はいよいよ滝の中へ……と思いきや、滝の奥の洞窟から老婆を中心に男女十人程度が姿を見せた。


「まさかこの場所が特定されるとはな。……あの新しき蛇の指先――混沌の指徒とやらを名乗っていた小娘の言葉は真実だったということかのぉ?」


「古き蛇の流れに属する蛇導士――マシャナ=ブリユーノだな?」


「ほう、儂の名を知られておるのか? ……つくづくやり難い相手じゃな。蛇は民衆に潜みじっくりと不和の種を発芽させる。まさに遅効性の毒素じゃ。……隠れ潜む我らを見つけるのは困難――それ故に『這い寄る混沌の蛇』は脅威なのじゃが、その情報を全て得られているとなれば商売あがったりじゃ。先手を打たれれば我らは何もできぬまま捕らえられる。命を散らすことになる。……新しい蛇がより直接的な破壊に向かいたくなる気持ちもよく分かる。……さて、儂らだけでは流石に厳しそうな相手ばかりじゃ。用心棒殿、戦いの時間じゃぞ!!」

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