Act.9-267 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜 scene.1

<三人称全知視点>


 食堂に向かったミレーユが料理を受け取って座る席を探していると、手を振って空いている席を示すエルシーの姿が目に映った。

 その隣には眼鏡を掛けてて真剣そうに何かを考え込んでいるエイリーンの姿もある。


「おはようございます、エイリーン様、エルシー様」


「……っと、ああ、おはようございます。ミレーユ姫殿下」


「一体どうなされましたの? 難しい顔をして唸っておいででしたが……」


「ミレーユ姫殿下はこのペドレリーア大陸以外にも大陸があることはご存知かしら?」


「えぇ、フォルトナ王国があるベーシックへイム大陸でしたっけ?」


「その大陸よりもペドレリーア大陸に近い位置にラスパーツィ大陸という場所があります。そこで、多種族同盟は現在、大規模作戦を展開しているのですが……そちらの報告書を読んでいまして」


「つまり、その大規模作戦というものが難航しているのですわね」


 ミレーユの有する情報と合わせれば、多種族同盟はこの時期にオルレアン教国の他にイェンドル王国、グルーウォンス王国、オッサタルスァ王国、ラスパーツィ大陸に同時に人員を派遣していることが分かる。

 イェンドル王国、グルーウォンス王国、オッサタルスァ王国は恐らく革命への対処だが、別の大陸でも『這い寄る混沌の蛇』による革命の兆候があるのだろうかと少し不安になるミレーユである。……まあ、不安になったところでミレーユにできることは何もないのだが。


「ペドレリーア大陸に比べて遥かに小さい上に南の海の玄関口である海洋都市レインフォールとフィクスシュテルン皇国、サンアヴァロン連邦帝国の二大国家を除くと十三の小国があるくらいで、大陸の半分は未開の森、燃え上がる火山帯と極寒の極地から成る北部域によって構成されているので、実際の人が住める環境は大陸の半分程度とそこまで広くはありません。とはいえ、それでも大陸は大陸ですから不測の事態が起こることも考えて多くの人員が派遣されています。……ただ、派遣直後までは一国に集中すれば良いと思っていたのですが、今回の報告を見る限り戦力を分散せざるを得ない状況になってしまったようなので、少し辛いなぁ、と思っていたところです。まあ、あちらに派遣した面々は皆猛者ばかりですから実のところそんなに心配していないんですけどねぇ」


 当初はフィクスシュテルン皇国に戦力を集中させて集結する可能性の高い『管理者権限』を持つ存在を探し出そうと考えていたのだが報告から少々予想外の事態にラスパーツィ大陸が陥っていることを知って次に打つ手を考えていた圓だったが、結局、ラスパーツィ大陸に派遣された臨時班のメンバーを信頼して現時点での戦力の増員は行わないことに決めた。


 ……まあ、当初の予定通りそれぞれの派遣地域での目的が達せられた場合はラスパーツィ大陸に向かってもらうことになるため、最終的にはラスパーツィ大陸に戦力が集結する予定ではあるのだが。

 それに、『管理者権限』の保有者が撃破されるか、討伐が困難だと判断された場合には圓が動くことも決まっているため、状況が変化すれば圓が出張ることになる。『這い寄る混沌の蛇』に対する牽制の意味も込めてオルレアン教国にいる圓も決してこの地から動かないと決めている訳ではない。


「……やはりここに居たか」


 ミレーユとエイリーンがそんな会話をしていると、一人の男が食堂の中に入ってきた。


「確か、あの方は――」


「……ラングドン先生」


 ミレーユがその人物の名前を思い出そうとしていると、焦りを滲ませたリズフィーナがミレーユの近くへとやってきた。


「私は貴様に『先生』と呼ばれる立場ではない。私は他ならぬ貴様にこの学院から放逐されたのだからな。ああ、私の指名手配を解いてくれたことに関してはお礼を言っておこう。いちいち逃げるのも面倒だからな。かといって、暴力に訴えるのも違うだろう? 正直面倒だったからな」


「……えぇ、今の貴方は多種族同盟の時空騎士クロノス・マスター。喧嘩を売ればどのような末路になるかは想像がついています。……それで、今日はどのようなご用件で?」


「貴様に用はない。……エイリーン殿、連絡を入れるなり諜報員を使うなり方法はあったが、私個人としては一刻も早くこの耳で情報を聞きたかった。……グルーウォンス王国で、古き混沌の流れと相対することになったが、そこに留まっていた妙な男と交戦して取り逃してしまった。その男の素性についてエイリーン殿なら知っているのではないかと思ってな。ここに人相描きがある」


 エイリーンはトーマスから紙を受け取って眺めるが、絵の中からはその人物が「鬼」であることしか分からなかった。


「……そうそう、彼は白銀夜叉しろがねやしゃと名乗っていた。それと、『強さ』というものに固執していたようだったな。私も戦いの中で問われたよ。私にとっての『強さ』とは何かをね。……正直、連中特有の嫌らしさはまるで無かった」


「それを早く仰って下さい! 奈落迦四天王の一人、白銀夜叉しろがねやしゃですねぇ。会ったことがないので人相だけじゃ分かりませんよ。……ですが、奈落迦四天王はまだ封印されている筈です。……ということは、もしかして私はとんでもない思い違いをしていたのかも知れませんねぇ」


 この世界に召喚された奈落迦媛命は圓の知る奈落迦媛命ではなくどこかの並行世界の奈落迦媛命なのかもしれない。

 だが、そうなると謎の光に包まれて消えたという圓の前世の世界の奈落迦媛命は一体どこへ行ったのだろうか?

 背中がぞくりとする嫌な予感が圓の脳裏を過ったが、エイリーンはぶるりと頭を振って思考を打ち消す。


「……そういえば、そろそろあの時期だったな。『帝国の深遠なる叡智姫』――」


「……はへぇ?」


 唐突に自分の異名のようなものをあまり面識のない筈のトーマスに呼ばれてミレーユは一瞬何が起きたか分からなかった。


「間も無く生徒会選挙が始まる。その生徒会選挙でリズフィーナと戦ってはもらえないだろうか?」


「……えっと、つまりトーマス先生はミレーユ姫殿下に生徒会長の座をかけてリズフィーナ様と戦って欲しいと仰っています。……というか、最早半強制的にリズフィーナ様と戦えって言っているような感じですけどねぇ」


「で、ですが、オルレアン学院の生徒会ではダイアモンド帝国の皇女のわたくしが要職に就くことはできませんわ。ましてや、生徒会長に、だなんて……」


「……この莫迦は私を追放した時から何一つ成長していないことがよく分かった。何も肝心なことをこの莫迦は理解していない。今回の生徒会選挙はこの莫迦にそれを分からせる大きな機会となるだろう。……とはいえ、これは元々この莫迦の教育係だった私がしっかりと教えなければならないことだった。師としてなさなければならなかったことの後始末を押し付けてしまうのは心苦しいが……エイリーン殿も協力する。いかがだろうか?」


 ガタン……ドゴン。


 椅子から崩れ落ちたエイリーンが頭を大きく打ち付ける音が食堂に響き渡った。


「痛たっっ……トーマス先生、私がミレーユ姫殿下の援護をして生徒会長戦に挑戦ですか?」


「エイリーン様、もっと言って下さいまし。生徒会長戦に立候補なんて無茶ですわ!」


「……いや、ミレーユ姫殿下は生徒会選挙に出ることになるよ。……そうじゃなくて、私が手伝うんですか?」


「ラングドン教授、何の権限があってそんなことを仰っているのですか?」


 青筋を立てたエルシーが霸気を迸らせながらトーマスに抗議しようとするが、エイリーンがそれを制した。


「……とりあえず、今回の件はミレーユ姫殿下にどうするか決めてもらわなければなりません。少し時間が必要だと思いますわ。……ただ、トーマス先生の仰りたいことは分かりました」


「これだけで意図が伝わってくれる相手がいるのは本当に嬉しいことだな。では、私は任務に戻る。これにて失礼させてもらうよ」


 時空魔法の魔法陣が展開され、トーマスは食堂から一瞬にして姿を消した。


「……ご馳走様でした。それでは、私もそろそろ行きますね。ああ、そういえばミレーユ姫殿下、リズフィーナ様に何かご相談したいことがあったのではありませんか? トーマス先生が来たゴタゴタとかで邪魔が入ってしまって申し訳ございません」


 エイリーンは美しいカーテシーをした後、エルシーと共に食器を食堂出口まで運んで行った。


「……嵐のような時間でしたわね」


「本当にそうだったわね。……それで、エイミーン様が何か仰っていたけど、私にお話って一体何かしら?」


「折り入ってお話があるのですけれど、お昼頃に伺ってもよろしいかしら? ってお聞きしたかったのですが、エイミーン様の言葉が無ければ少し言い出し辛い状況でしたわね」


「そうね。……実は私もミレーユさんにお話ししたかったことがあったの。……でも、ちょっと言い出しづらい状況になってしまったわね。まあ、でも改めてその件についてお昼頃に聞いてみたいと思うわ。その頃にはきっとトーマス先生の件の答えも決まっているでしょうし」


 気まずさを抱えながらミレーユとリズフィーナは食堂を後にした。

 この騒動の中で『這い寄る混沌の蛇』の起こした事件の情報提供を依頼するのをすっかり忘れていたことに気づいたのは、ミレーユが部屋に戻った直後だった。

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