Act.9-266 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜図書館の幽霊〜 scene.5

<三人称全知視点>


「……ええっと、つまりミレーユお姉様達は元々ゲーム? というものの登場人物なのですね? それで、そのゲームというものの制作に携わった一人が圓さん……ということで大丈夫ですか?」


「まあ、そういうことだねぇ。だから、大凡これから起こることについては知っているんだけど、この世界はミレーユ姫殿下達が登場したゲームの他に二十九ほどのゲームが混ざっていて、それらが複雑に絡み合っているからボクの知っているシナリオ通りに全てが行く訳じゃない。イレギュラー的な事態がこれまでも色々と起こってきたんだけど、ボクはミラーナ様のこの時代へのタイムスリップもそのイレギュラーの一つであると考えている。ただ、聞いている感じだとミラーナ様がこの時代に来たことで大きな変化が起きる可能性は低いんじゃないかな?」


「……どういうことでしょうか? えっと、もしボクが未来から来ているのであればボクの存在によって歴史は変わるのではありませんか?」


「……まあ、ミラーナ様はまだこの状況を夢だと思っているみたいだけどねぇ。追手に捕まりそうになった瞬間に光に飲み込まれて、気が付いたら見知らぬ場所に居て……そんな理解不能な状況を夢じゃないと思う方がまあ無理だよねぇ。でも、これは紛うことなき現実なんだ。追手の手に落ちれば皇帝の血を引くミラーナ様は確かに断頭台に掛けられて処刑されたかもしれない。でも、君は過去の世界へとタイムスリップした。……そして、これは恐らく君に与えられた大きなチャンスなんだと思う。君が居た世界線は恐らくまだ定まり切っていない。本来、世界は些細な違いによって無数に分岐していくから過去を変えても未来は変わらない筈なんだけど、世界線が定まりきっていないなら君とミレーユ姫殿下の頑張り次第で運命は変えられる。世界線が文字化けしている理由ってそれくらいしか考えられないんだよねぇ」


 「……まあ、実際には全ての世界線が帝国滅亡に収束してしまっているから運命は変わらないという意味で世界線の解析ができないのかもしれないけど」というもう一つの可能性はミレーユ、ミラーナ、ライネを不安にさせないために意図的に隠しつつ、圓はミレーユとミラーナに一つの道を示した。


「……あの、どうしてボクがタイムスリップする前のことをご存知なのですか?」


「その辺りはミレーユ姫殿下から説明してもらってもいいかな? そろそろボクも王女宮筆頭侍女の執務に向かいたいからねぇ。詳しい話はまた明日しよう。……おっと、そうだった。ミレーユ姫殿下、明日からの例の授業にミラーナ様も参加してもらいたいんだけどいいかな?」


「分かりましたわ。圓様から教わった闘気について説明しておきますわ。ミラーナ、明日、授業が終わったらわたくしと一緒に圓様の講義を受けましょう。きっとミラーナにとって重要なものになると圓様は考えているのですわ……きっと」


「? はい、よく分かりませんが分かりました」


「では、ボクはそろそろ失礼するよ」


 エイリーンは素早くタオルで水気を拭き取ると大浴場を後にした。



 圓が去った後、ミレーユは自室に戻り、ミラーナとライネと共に情報を整理することにした。

 中途半端になってしまった未来のダイアモンド帝国の状況を知っておかなければ不安で眠れないとミレーユは考えたのである。


「内乱が起きて帝国が割れそうになった時、ルードヴァッハ先生達は、ミレーユお姉様を女帝の地位につけようとしたそうですが、その矢先に毒殺されてしまったんです」


「ど……毒殺!?」


「お見事なお最後だったそうです。ミレーユお姉さまは、三十日の間、猛毒と気高く戦った末にその身を深紅の鮮血に沈めながらも、我が人生に一点の曇りなし、と高らかに朗らかに叫ばれたって、イーリスお姉様の著した伝記的小説『ミレーユ皇女大聖伝ディアマンテ・ホーリーロード』に書いてありました」


 ――ちょっと、どころか相当脚色されていますわ! イーリス! というか、つまりわたくしは三十日間も毒で苦しんで死ぬのですの!? それ、断頭台よりも辛いじゃありませんか!


「それで、ミレーユお姉様のお子様方、ボクから見ると叔父上や叔母上に当たる方達なのですが、身の危険を感じ、離散の憂き目に逢いました。ボクはお母様が亡くなる直前に、ライネ母様のもとに預けられたんですが、でも、ライネ母様はボクを庇うために……。そして、その後、育ててくださったイーリス母様も……」


「イーリスと、私が……でも、確かに今の私でもミレーユ様の大切なお孫様のためなら命の一つや二つは賭けますので納得はできますね」


 自分が死してなお忠義を尽くしてくれた未来のライネとイーリスに胸が熱くなるミレーユと、未来の自分とイーリスの気持ちを理解するライネ。

 やっぱり未来の自分も今の自分と何一つ変わらないのだとライネは感じていた。


「……圓様によればその運命は変えられるのですわよね。……しかし、あの時の会話で圓様は彼女の知るシナリオとこの世界の未来がさほど外れたものにはならないと確信していたようですわ。つまり、あの会話の中に今後のヒントがあったのではないかしら?」


「確か、圓様はボクの『帝国内の各貴族は、ごく一部を除き、どちらかの陣営に入り、帝国は二つに割れてしまいました』という言葉に反応していたと思います」


「……あの……ミレーユ様。あまり考えたくないことですが、四大公爵家の中に『這い寄る混沌の蛇』の関係者がいるのではないでしょうか? 陣営の中心にいた方が御することができますし」


「……た、確かにライネの言うことも一理ありますが……でも、四大公爵家ですわよ! ……ああ、でも別にあり得ない話でもありませんわね。となると、史実のわたくし達はその情報をどこかで入手し、或いは気づいて調査を始めるんじゃないかしら? あの時点で情報を隠そうとしたということは、もっと先の未来で知ることだったのでしょうね」


 何となく圓を出し抜けたような気になってしまい有頂天になるミレーユである。


 ――でも、もう少し情報が欲しいですわね。……何かヒントになるものはないかしら? ミラーナも具体的にどの大公家が『這い寄る混沌の蛇』と繋がっているのか分からないようですし。ああ、もう一つくらい導になるものが欲しいですわね。


「『這い寄る混沌の蛇』についてわたくし達はあまり知りませんわね。……もっと情報が……情報があれば……そうですわ! 圓様はこれまで『這い寄る混沌の蛇』と戦ってきたのですから、情報を沢山持っている筈ですわ。あの方は未来については教えてくれませんが、過去・・についてなら話してくれるのではないかしら? 過去の『這い寄る混沌の蛇』との戦いの記録をもらえないか明日、聞いてみますわ」


 貪欲なミレーユは圓に別の大陸で活動していた『這い寄る混沌の蛇』の情報を提供してもらえないか尋ねてみることにした。

 圓が話せるギリギリを狙ったミレーユにしては冴えた一手――それは、ミレーユが想像していた以上の妙手だったのだが、それをミレーユが知るのはほんの少し先の未来のことである。


「あの……ミレーユお姉様? そういえば、圓様が何か仰っていましたよね?」


「……ああ、すっかり忘れていましたわ。わたくし、先日から圓様に修行をつけてもらっているのですわ。闘気や霸気と呼ばれる技術なのですが、ミラーナは知っているかしら?」


「闘気……すみません、ボクの知っている限りだと聞いたことがありませんね」


「まあ、色々と疑問は残りますけど、その修行に明日からミラーナにも参加してもらいたいということだと思いますわ。実はこの修行、少し内容が違いますが、アモンに、リズフィーナ様、それからリオンナハト、カラック、マリア、リオラにも圓様の妹として学院に通っているエルシー様ことソフィス=アクアマリン伯爵令嬢が修行をつけているそうですわ」


「……それはなかなか凄いメンバーですね。『天秤王』に、『司教帝』まで……」


「えっと、一体どなたですの?」


「『天秤王』はリオンナハト国王陛下、『司教帝』はリズフィーナ女帝陛下の異名です。リズフィーナ様は邪教結社『這い寄る混沌の蛇』との戦いを訴え、近隣国に義勇兵を募りました。そうして集まった兵をオルレアンの軍――聖司教軍として組織しました」


「まぁ……リズフィーナ様が、そんなことを?」


 あまりリズフィーナらしからぬ行動にミレーユは首を傾げる。

 確かにリズフィーナはミレーユ達に共に『這い寄る混沌の蛇』と戦うように訴えたが、まさか自ら兵を率いて『這い寄る混沌の蛇』と正面から戦うことを選ぶとは……。


「それだけではありません。オルレアン教国を神聖オルレアン帝国に移行、周囲の国々に恭順を求めることになります」


「そっ、それでは、侵略ではございませんの? 一体何故そのようなことに?」


「徹底した管理体制による破壊活動の防止。司教帝の手足となって動く聖司教軍を用いて潜んだ邪教徒の掃滅をしようとしたのだ……って、ルードヴァッハ先生は言ってました」


 そうして世界を支配し始めたリズフィーナに真っ向から対峙したのがリオンナハトだった。

 後に『天秤王』と呼ばれるリオンナハトはリズフィーナの支配に真っ向から対峙するが、ライズムーン王国の国内もリオンナハト派とリズフィーナ派にぱっかりと二分されることになる。そして、その波がダイアモンド帝国にも押し寄せて二分された大公家を中心にダイアモンド帝国が二分されてしまうことになる。


 ……つまり、ダイアモンド帝国とライズムーン王国の未来の世界での混乱の元凶はリズフィーナであるということだ。しかし、自らが混乱の火種になることはリズフィーナの望みではない筈だ。

 ……明らかに何かがおかしい。


「リズフィーナ様のお師匠だったというトーマス教授がプレゲトーン王国で何か言っていましたわね。リオンナハトとリズフィーナ様が……確か似ていて、『自分の正義の物差しを盲信し、決してそれを疑わない愚か者』と評価していましたっけ。あの時には何を言っているかさっぱり分かりませんでしたが、今なら少し分かりますわ」


 自分の本当にやらなければならないことを、正しさを完全に見失ってしまったのが未来のリズフィーナ様なのだということがミレーユにもライネにも分かった。

 しかし、何故未来のリズフィーナはそのようになってしまったのだろう?


 そんなことを考えている間に外はすっかり明るくなり、すっかり寝不足気味のミレーユはあくびを噛み殺しながらライネにミラーナの食事を用意するように伝えてから朝食を取るために食堂に向かった。

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