Act.8-148 とある近衛騎士の興味と、国王陛下の悪巧み。 scene.1 上

<一人称視点・アルベルト=ヴァルムト>


 アルベルト=ヴァルムト。このヴァルムトという家名が示す通り、ヴァルムト宮中伯家に連なる者だが、親父殿が独身の時にちょいと羽目を外した結果生まれた子供。なので家を継ぐ権利はない。


 私が生まれた時には頭の痛い問題だったそうだが、生まれてきた子供に罪はあるまいと引き取られ、養育は別の場所で行われた。

 生みの母親のことは今でも知らない。


 その後、嫁いできた義母上が大層できた人で、私のことを知るや否やハネムーンが済んだ直後にヴァルムト家に迎え入れられた。そして、十二歳の頃に、可愛い弟――ルークディーンが産まれた。


 私には家を継ぐ権利は元よりなかったが、これでヴァルムト家が安泰だと安心していたら使用人達から哀れんだ目と疑いの目を向けられた。

 家にいても面倒だから、その内自立して家を出ようと思って社交界デビュー直後に受けた騎士試験で才能を認めてもらい、近衛隊に入ることができた。

 まあ、ヴァルムト家の長子ってことで色々親父殿が手を回したんだろうな、とはちょっと思っている。……新米騎士が近衛隊に入ることは極めて稀だそうだからな。近年は宮廷魔導士団や天馬騎士団が一番人気で、近衛志望者の数は多少なり減ってきているようだが。


 近衛隊専用の寮に入ることでヴァルムト家の跡目争いなどする気はないと示し、ヴァルムト宮中伯家から距離を置きつつ、時々帰って弟に構って、剣術の訓練をして、とまあなかなかに充実した生活を送っている。


 そんな生活が一転したのは、弟が婚約するかもしれないという話になったからだ。

 しかもお相手はプリムラ姫だという。


 大層美しかったというご側室様のお姿によく似た美しい少女だということは、陛下の溺愛で有名な話だ。……よく弟がその相手に抜擢されたものだ。


 とはいえ、ヴァルムト伯爵家は由緒正しき騎士の家柄で代々王家に忠心を尽くしてきただけあって、降嫁なされること自体は別段おかしな話じゃない。

 年齢だって弟と姫君ならば丁度良いし、ということで弟の幸せのために家族一丸となって成功させようと意気込む親父殿の願いを受け、顔合わせの日には私が弟の目付け役ということでその日は仕事を休んで付き添うことになった。


 手と足が同時に前に出る弟がおかしくてつい笑えば、むくれた顔を見せるルークディーンは変わらず私を兄と慕ってくれる。

 親父殿そっくりの顔立ちに、きっとこいつは良い騎士になれるだろうと思った。


 私は、顔も名前も知らない母親似なのか、親父殿と似ているのはこの目の色くらいなものだ。

 それも、弟が晴れた青空を思わせるなら……私は、夜空のような青なのだからとても似ているとは言い難い。



 茶会の席では王女殿下な微笑んで出迎えてくださって王族専用の庭にある東屋まで招かれた。その横には王女殿下の専属侍女だという少女の姿があった。


 薔薇を彷彿とさせる燃えるような赤い髪をひっつめ髪に結い、灰色の瞳を隠すように眼鏡をかけた少女。


 ブライトネス王国でも由緒正しい公爵家の一つ、ラピスラズリ公爵家の令嬢――ローザ=ラピスラズリ。

 行儀見習いの期間でありながら、王女宮筆頭侍女に抜擢された……その裏には彼女が誰かの下に付くことを嫌い、公爵家の権力を振るったのだろうという噂は近衛にまで届いている。


 正直、あまり印象的のいい人物ではなかった。ラピスラズリ公爵家は建国当初から一度も社交界で目立つことなく今日まで存続してきた公爵家だが、彼女の存在は間違いなくかつてないほどラピスラズリ公爵家を目立たせている……無論、悪い意味で、だ。


 弟と姫君がテーブルにつけば、護衛の私や給仕の者達は、給仕の際以外は下がるのが当然だ。

 その常識はローザ嬢も弁えているようで、今もただの侍女に徹している。


 この段階で、既に彼女が噂で聞くような人物とは少し違うのではないかと感じていた。


 姫君はルークディーンを慮ってか仰々しないでくださったらしく、落ち着いた東屋で数人の侍女と侍従を連れているだけだ。

 ……勿論、目に見えない範囲での護衛は大量にいるのだろうけども。


 ケーキらしいものと茶が用意されたところで、例の侍女殿がこちらへと歩いてくる。

 姫が呼んだ際にはすぐに駆け付けられるが、逢瀬の邪魔にならない程度の距離だ。


 筆頭侍女である彼女と、その部下の侍女二人と執事を紹介してもらい、挨拶は滞りなく終わった。

 彼女は意外にも愛想なく、媚びてくる訳でもなく(これは当然といえば、当然だが)、礼儀正しく受け応えをしてくれた。彼女の部下であろう侍女が慕わし気に話し掛けているところを見ると、愛想がないという訳でもないのだろう。


 傲慢な性格で無理矢理王女宮筆頭侍女の地位を手に入れた……のであれば、噂通りの性格であるならば、このように部下の侍女に慕われることもない筈だ。


 ……しかしルークディーン、あまりにも緊張し過ぎてだろう……。


 確かに姫は愛らしいし、ルークディーンが一目ぼれしたのだという親父殿の言葉を考えれば緊張しても仕方ないのだろうけれど。

 そこはリードしてこその紳士だというのに。


「もし、弟にまだ機会があるのでしたら、王女殿下に心象悪くないように取り計らって頂くことはできないのでしょうか?」


「それは、私共が決める物事ではございません」


「そこをなんとか……」


 おっと、ぴしゃりと言われてしまった。

 これでも女性にモテる方だし、親交を持ちたいと思ってくれる人が結構いると自惚れていた……まあ、これまでの対応で薄々はそうだと思っていたが。

 だけどこの侍女殿は私の方をちらりとも見ず、ただ姫の方だけを見ていた。


 ああ仕事熱心なひとなんだなあと感心した時、姫が「美味しい」とケーキを食んで微笑まれたのを視界に入れた彼女がふわりと笑った気がした。


 その時、私はようやく彼女が噂通りの人ではないと、姫君を心底慕っているからこそ侍女の道を選んだのだと理解した。


 貴族の令嬢としていずこかに嫁ぎ、安寧とした生活よりも忠義の道を選んだのだ。そしてきっと姫君も、彼女をとても信頼しているからこそ筆頭侍女として迎えているのだろう。


 彼女の姫を見つめる視線は温かい。姫とルークディーンの姿を微笑ましそうに見つめている。

 姫の婚約者にルークディーンが相応しいかどうかを見極めているのは、どちらかといえば、彼女ではなく彼女の隣に控えている部下の侍女の方だろう。


 薄い灰色の長い髪をハーフアップにした姫と同じ空色の瞳を持つ十代の少女――彼女のルークディーンを見つめる視線は冷たく、まるで射殺してしまうのではないかと思うほど鋭い。

 ……その視線を向けられたら、私まで背筋がゾクッとしてしまいそうだ。これでも騎士として戦場も経験してきたが、ここまで恐怖を感じることはなかなかない。


「……失礼、侍女殿。あのケーキには毒見役がいないようだが」


「あのケーキと茶は私が直接用意いたしました。その際には、国王陛下と王弟殿下、大臣閣下と筆頭枢機卿猊下、筆頭薬剤師様と王女宮専属料理長が御同席くださいました」


「ケーキを自作なさったのですか?」


「ええ、姫さまがお喜びくださいますので」


 喜んでくれる、その言葉を口にした彼女はとても嬉しそうに目を細めているようだ。

 というか、それだけのメンバーが立ち会われたのならまあ確かなんだろう。


 ……ん? 筆頭薬剤師と王女宮専属料理長まではいいが、国王陛下と王弟殿下、大臣閣下と筆頭枢機卿猊下!? 一体どうしたらそんなメンツが集まるんだ!? そもそも、理由は聞いてもいいのだろうか?


 筆頭侍女殿はとても不思議な人だ。

 噂では傲慢で貴族という地位を勘違いした典型的な勘違い令嬢のような人物だというのに。

 これだけのメンツを、しかも、このような地位のある者達を公爵令嬢の権力如きで集められる筈がない。それだけの人間に囲まれるということは彼女がそれだけの魅力を持っているということだろう。


 これが、私がローザ=ラピスラズリという少女に興味を持った瞬間だった。



 弟は茶会の後、とにかく張り切って鍛錬を始めた。

 姫君にお会いして、とにかくカッコいい男になりたいと思ったらしい。……単純だなぁ、少し単純過ぎやしないか?


 流石に社交界デビュー前の子供・・とは言っても、異性の元に足繁く通うわけにはいかないし贈り物などもってのほか。

 賄賂ととられかねないし、手紙なんかは弟の字があまりにも汚すぎて呆然とするレベルだ。


 鍛錬ばかりで脳みそが追いつかないと、あの容姿端麗なだけでなく才女だと噂の王女に愛想を尽かされるんじゃないのかと頭が痛くなったが、そもそもあの茶会でスタートラインに立てたのかも微妙だ。


 という訳で、両親にせっつかれて私もローザ殿に手紙を認めてみた。あの時は断られたが、彼女の協力を取り付けてなんとか姫とルークディーンの婚約を確かなものにしたいという下心があってのものだ。


 すると、思った以上に遥かに綺麗な……いや、達筆と表現する他にない文字の、これまたシンプルな手紙が返ってきた。

 内容は姫君はとても優しい方なので、鍛錬ばかりして怪我をしたなどと耳にしたらきっと悲しむだろうから自重させるようにという手厳しいものだった。

 だが同時に、姫君が好む書物のことなどをさりげなく教えてくれたので、次回の話題にするために読んでみてはいかがですかと締め括られるあたり、流石できる侍女は気遣いもばっちりだ。


 私も彼女と同じように思っていたし、鍛錬ばかりでなくもう少し勉強もしろと弟には言ってみた。


 彼女は公爵家で育っただけあって教養も高く、センスも素晴らしい。ただ高価なものを使うのではなく、内容も丁寧に考え、便箋に香り付けを行ったりと、細かなところにも女性らしい配慮がなされている。

 …….あの時は私に愛想がないとは思ったが、どうやら少しそっけないだけで主君である姫君以外に心配りができないという訳でないらしい。


 姫を見るあの温かな眼差しで、もしかしたら親しくなれば私にも笑ってくれるかもしれない。……あの職務に忠実で、心を開いてくれなかった(まあ、一護衛兼従者に心を開いていたらそれはそれでおかしいし、下心を疑うのだが……)、そんな彼女のそんな表情が見れたら面白いな、なんて思った私は、弟のためにという大義名分を使ってあまり好きでもなかった文通に勤しんでみることにした。


 これが、案外面白くて――時々彼女に会いに行けば、つれないながらもきちんと言葉を返してくれるのが嬉しくて、ついつい足繁く通ってしまうことになるのだけれど。


 ローザ殿にプレゼントをあげたいのだけれど、彼女は一体何をあげたら喜ぶのだろうか?

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