Act.8-147 プリムラとルークディーンのお茶会 scene.1 下

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>


 東屋から約百メートル、上手く叢の影に隠れているつもりみたいだけど、ボクにはお見通し。

 隠れているのはアクアとディランか。そういえば、今日はいつもより真面目に高速で仕事を終わらせたって文官さんが「不思議なこともあるものだな」といった表情で言っていたっけ。……明らかに、プリムラのお見合いを覗き見するために仕事を頑張ったな。分かりやすい奴らめ。


 あっ……アクアが鼻血を垂らして、顔を隠すために俯いている。ディランが素早く懐がハンカチを渡して……つまりいつも通りか。


「……お二人のことを文官に連絡しましょうか?」


「いや、二人ともこのためにお仕事を頑張ったみたいだし、しばらく放っておこう。……折角だし、後で二人のことを姫さまにご紹介しようかな?」


 さて、あの二人はとりあえず無害だし、本来の職務に戻らないといけないねぇ。


『あっ……やべっ、親友にバレた!?』


『……そりゃ、お嬢様相手にバレない筈がないだろう? しかし、プリムラ様、本当に可愛らしい』


『本当に、相棒は相変わらずだよな』


 ……耳がいいって便利だよねぇ。


「本日のお茶はアッサムのストレートティーをご用意させて頂きました。また、ケーキは僭越ながら私の方でご用意させて頂いております」


 ちなみに、茶葉の等級はファイネスト・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコーと呼ばれる最上級のもの。まあ、流石にそこまでは述べる必要はないから省略させてもらった。


「わあ! シフォンケーキだわ!」


「し、しふぉんけーき!?」


「わたしの侍女であるローザが作り出したケーキですの! とても美味しいですから、ルークディーン様にも気に入って頂けたなら嬉しいわ」


 あー、本当に天使だよ! あっ、アクアがあまりの尊さに鼻血を垂らしてぶっ倒れた。……笑顔の刺激が強すぎたみたいだねぇ。

 ケーキの給仕はシェルロッタとオルゲルトに任せてボクはお茶をお出ししたんだけど、ルークディーンとにかく緊張な面持ちで……正直、会話が全く弾んでいる様子じゃない。


「ルークディーン様は伯爵と同じく騎士を目指されているのかしら?」


「はっ、はい! その通りです! き、騎士見習いにさせて頂いて、今頑張っております!!」


「そうなのね、凄いわ。わたし、よく本を読むのですけど、物語の騎士様ってとってもカッコいいと思います。ルークディーン様は読書をなさいますか?」


「い、いえ……俺、じゃなくて、僕……でもなかった、自分は、その、あまり本を読まなくて……身体を動かす方が好きで……えっと、その……」


 ありゃりゃ、ダメだこりゃ。緊張し過ぎ。シェルロッタの視線が氷点下だ。

 まあ、個人的には初々しくて可愛いと思うんだけどねぇ。まだまだプリムラとは距離があるんだし、ここはアタックあるのみでしょ!? どうすんだよ?


 年齢は同い年。成長過程の少年らしい幼い顔立ちながら、青い目をきらきらと輝かせてプリムラを見つめる姿は恋する少年そのもの。

 ……その後もプリムラが質問を重ねるばかりで、間が持たない。プリムラも内心「どうしよう」と思っているみたいだし、アルベルトも「あちゃー」という顔をしているよ。


 ……その上、さっきから溜息を吐くプリムラをちらちらと眺めてはうっとりするその顔、ちょっとよろしくないんじゃないかな? ドM化はちょっと……どころか相当頂けないんだけど。プリムラの夫に相応しくないのは勿論だし、モネみたいな奴がもう一人とか絶対にいらん!!


『今、なんか一瞬露骨に嫌そうな顔をしたんだけど? 親友、一体何を浮かべたんだ?』


『……なんだろう、お嬢様から殺気が……』


 ……別に殺気は出していないと思うけど?


「……侍女様?」


「なんでしょうか? 近衛騎士様」


「失礼」


「……えっ?」


「髪に花びらが」


「あっ……ありがとうございます」


「いいえ。綺麗な赤髪ですね」


 メイナが「きゃー! イケメンだわ!」って内心黄色い声をあげている。まあ、ボクが普通の女の子だったら勘違いしていてもおかしくない、イケメンっぷりだねぇ。何気ない仕草で全く不自然さを感じさせず花びらを取って、微笑むとか、実際レベルはかなり高い。キャバ嬢クラスでも落ちるんじゃないかな? まあ、百合一辺倒の美空さんは落とせないだろうけど。


「そうだ、侍女様は王女殿下にとても信頼されていると聞き及んでいますが……」


 言外に「その王女殿下の同い年で」というレッテルが貼られていたことには気づかなかったことにしよう。


「ええ、光栄にもそのように仰って頂ける程度には……」


「もし、弟にまだ機会があるのでしたら、王女殿下に心象悪くないように取り計らって頂くことはできないのでしょうか?」


「それは、私共が決める物事ではございません」


「そこをなんとか……」


 苦笑しながらアルベルトがお願いしてくることや、近衛騎士の仕事を休んでまで従者としてアルベルトがこのお見合いに参加していることを踏まえると、ヴァルムト宮中伯は今回のお見合いに相当力を入れているらしい。……こんな年下の小娘にまで助力を願うって、本当に頭が下がるねぇ。

 ただし、今回の婚約を決めるのはプリムラ。プリムラが嫌と言えば、ラインヴェルドも今回のお見合いを白紙に戻すつもりだろう。政略結婚でもない訳だし、娘の気持ち第一だろうから。


「ねぇ、ルークディーン様は私に質問はないのかしら?」


「えっ、ええ!? し、質問ですか!?」


「ええ、私達、婚約を前提にお会いしているのでしょう?」


「はっ、はい! 光栄なことと思います!」


「そう思われるのでしたら、お互いを知ることは大切だと思います。私が王女であるからと遠慮をせず、質問してくださってよろしいのよ?」


「でっ、ではあの、王女殿下はどのような花がお好きですか?」


「そうねぇ、私はオレンジの薔薇が好きですわ」


 あっ、あんまりにも受け身なルークディーンに焦れたみたいだねぇ。ちなみに、シェルロッタの心証もあんまりよろしくはないみたい。

 ……もしかしなくても、このカップル、女性側がリードする形になるのかな? まあ、それはそれでいいと思うし、夫が勘違いして面倒になるくらいなら嬶天下で纏めた方が平和かもしれないけど。


 ……やっぱり、男性主導の傾向がある国で流石に嫌な顔を……どうやらしていないみたいだし、寧ろ嬉しそう。……ドMの兆候ありですか、はぁ。



 お茶会も終わり、アルベルトとルークディーンは伯爵と共に王宮を後にした。


「姫さま、是非この場でご紹介したい方々がいるのですが、よろしいでしょうか?」


 シェルロッタ、メイナ、オルゲルトがカップと皿を片付けようと動き出したところで、ボクはプリムラに尋ねた。


「ご紹介したい方? 母さまの御友人かしら? でも、この東屋には王族以外の人は許可がないと入れないのよね?」


「……どうやら、その許可を得ずに入ってきた可能性が高いようで。一応、国王陛下のご友人ですし、事後報告でも国王陛下本人は容認してしまうでしょうが」


 ってか、寧ろ、その国王陛下が送り出してきたってところまであり得るよねぇ。「ちょっとお前ら、プリムラの婚約者候補を見てこい」って。


『……親友、もしかしなくても俺達のことを呼んでいるんだよな?』


『……明らかにこっちに視線向けているし、これは逃げられない奴だな。まあ、丁度いいんじゃないかな?』


 東屋の扉を開けると、アクアとディランが東屋の中に入ってきた。


「何度か遠くからお顔を拝見する機会はありましたが、こうして直接話すのは初めてになりますね、殿下。改めまして、俺は大臣のディラン・ヴァルグファウトス・テネーブルです。こっちは、ラピスラズリ公爵家のメイドで俺の大親友にして相棒のアクア・テネーブル――以前は親友……じゃなくて、ローザの専属侍女をしていました」


「アクアですわ。以後、お見知り置きくださいませ」


「初めまして、ディラン大臣閣下、アクア様。プリムラですわ。……お二人はローザのご友人ってことでいいのかしら? 大臣閣下とも交流があったのね」


「はい、元々アクアは孤児でして、ラピスラズリ公爵家に引き取られたのですが、彼女は大臣閣下と同じく前世の記憶持ちで、前世では隣国フォルトナ王国の最強の騎士団――漆黒騎士団の団長と副隊長を務められておりました。テネーブルの姓はフォルトナ王国を救った褒賞として、フォルトナ王国の国王陛下から賜ったものでございます。ブライトネスの国王陛下とフォルトナの国王陛下は冒険者時代からのご友人で、更にディラン閣下と国王陛下はその事実を知る以前からの友人で、その前世のことについても存じています」


「あの……ローザ様!? 大臣閣下ともお知り合いってどんな交流関係を持っておられるのですか!?」


 メイナが物凄い目を輝かせて聞いてくるんだけど……さて、どう答えたものか。


「……あまり詳しく説明する訳にはいけないのですが、ローザお嬢様のコネクションはただの公爵令嬢や王女宮筆頭侍女の枠に収まらないものである……というくらいなら答えて良いかもしれません? だよな? ディラン?」


「おっ、おう……別にこれくらいは大丈夫だよな? 親友?」


「まあ、許容範囲としておきましょう。……姫さまに隠し立てをするようで大変申し訳ございません。いずれ全てをお話しする時が来ると思いますので」


「ローザも事情があるのよね? それなら仕方がないわ。アクアさんとディラン大臣閣下、よろしくお願いしますわ」


「あっ……プリムラ様の笑顔、尊過ぎる」


「……刺激が強過ぎたみたいだな。それでは、俺達は失礼します」


 鼻をハンカチで抑え、顔を俯かせるアクアをお姫様抱っこして、ディランは東屋を退場した。

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