Act.8-146 プリムラとルークディーンのお茶会 scene.1 上

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>


「楽しかったわ〜ぁ。もう一回乗ってみたいくらいだわ〜」


「…………し、死ぬかと思った、のじゃ」


『軟弱じゃな!』


『カリエンテ、人には得意不得意というものがありますわ。絶叫ものが苦手だからといって軟弱だと断ずるのは早計ですわよ』


『ワォン! ご主人様、楽しかった!』


『僕もとても楽しかったです』


『私も楽しかったわ。空を飛んでいる時にこれ以上の速度を出すことも多いけど、こうやって乗り物に乗って急加速・急旋回・急降下するのとは全然違うのね』


「なかなかのスリルであった。……やはり、他のアトラクションの早急な改装工事が必要であるな」


「はっ、速やかに伝えて参ります!」


「……確かに、ここまで良いものを用意されてしまうと、差が激しいと言われても仕方がないかもしれないですね」


 順にエリーザベト、アスカリッド、スティーリア、カリエンテ、真月、琉璃、紅羽、ディグラン、エリッサ、エルレシアの言葉……楽しんでくれて何よりだけど、エリッサ、コースターを降りたばかりなのに大変だねぇ。


「ところで、ローザ。神秘の輝きを放つ大いなるルビー、ピジョン・ブラッドがあのアトラクションの中にあるといっていたな? しかし、実際には当時しなかったぞ?」


「あっ、あれねぇ……あれはマクガフィン、坑道に入るための動機付けであって……」


「つまり……やはり、あの中にピジョン・ブラッドはないのか」


 あからさまにガッカリするディグランの姿に、思わず口角が緩む。


「と、本来はそれで充分なんだけど……それじゃあ、早速で悪いけどもう一度『氷炎の大山脈〜Photoros Dragon Legend〜』に向かおうか?」


 ダウンしたアスカリッドと付き添いをかって出でくれたエリーザベト、興味がなさそうな真月と、保護者役として残った紅羽を残し、スティーリア、カリエンテ、琉璃、ディグラン、エルレシアというメンバーで『氷炎の大山脈〜Photoros Dragon Legend〜』に移動する。……流石にあの距離を二回も歩かせるのは申し訳ないし、『管理者権限・全移動』でいっきにトロッコの発車地点へ。


「ローザ嬢、トロッコがないぞ?」


「そりゃ、止めているからねぇ。ここからは実際にコースターの走るコースを徒歩で確認していくことになるよ」


『つまり、舞台裏……ですわね』


「メンテナンスの時にはこうやってトロッコを止めて、徒歩と職員の目で点検していくんだよ」


 最初の坑道エリアを徒歩で進んでいく。


「まずは、この坑道で煌めく宝石。一つ一つが屑石とはいえ本物の宝石を使っているんだよ」


「……それは、元々この山に埋まっていた宝石、ということであるか?」


「いや、【練金成術】で山そのものの鉱物を再錬成して、その配置も望む形に変えているからねぇ。元々あった宝石という訳ではないかな? この辺りの屑石の裏には魔力が流れる経路と、魔力を光に変換する機構が組み込まれていて、坑道の中をまるで星空の下のような幻想的世界に変えているんだ」


「……コースターで一瞬で通ってしまう場所ですのに、ここまで工夫が凝らされているのですね」


「例え一瞬であったとしても手を抜いてはならないとボクは思うんだよ。その一瞬の手抜きはゲストに最も容易く見破られる。本当に楽しんでもらいたいのなら、決して妥協は許されないんだ」


 そのままコース通りに進んだボク達だけど、地底世界へと進んでいく本来のコースとの分岐点で、ボクは右側のルート――つまり、地底側ルートではない方の道を選択した。


「ここから先は非公開ゾーン。地底世界と偶然繋がった坑道ではなく、本来の坑道として設定された道を進んでいく。向こうにいくつもりはないから先に説明しておくと、地底世界の魔物、植物、山頂の魔物の群れは全て精巧に作られた作り物で、鉱物を編成させて作っている。一見、新種の植物に見えて、触ってみると案外硬くて鉱物然としているんだよ。地底の主である岩鎧の魔王アンダーグランド・キングを含め、その本当に生きているような緻密な動きは魔力回路とコンピュータシステムの融合に成り立っている」


「あれは、本当に生きている魔物のようであった。……あの植物も魔物も全てが鉱物とは……信じられん」


「それで、ローザ様は一体どちらに向かっておるのだ?」


「まあ、ついてからのお楽しみということで」


 コースターのコースを避けるようにボク達は下へ下へとスロープ状に掘られた行動を進んでいく。

 ……さて、そろそろかな?


「これは……もしや!?」


「ヴィスリティオ山脈……あまり良質な鉱石が出ず、ド=ワンド大洞窟王国の基盤となったヴァスヴィオン山と比較して不毛の地と呼ばれた山脈だけど、これからは良い宝石が産出できるようになると思うよ。ここはルビーやサファイアが産出されるけど、他にも掘り進めれば色々な鉱石を掘り出せるようになる。この辺りでも運が良ければ、ピジョン・ブラッド級の宝石を得られるんじゃないかな? さて……」


 『統合アイテムストレージ』から目当てのものを取り出す。


「……これは!?」


「ボクからディグラン陛下とエルレシア様への細やかな婚約祝いということで受け取ってもらえないかな?」


 ディグランとエルレシアのペアリングに、ということで似たデザインのダイアモンドとサファイアを組み合わせた指輪とダイアモンドとルビーとサファイアを組み合わせた指輪。

 そして、大粒のピジョン・ブラッドを使ったブローチ。


「……本当によろしいのですか? こんな高価なものを」


「大した労力も掛かっていないし、別に気にしなくて良いよ? とりあえず、このブローチと二つの指輪はディグラン陛下にお渡ししておきます。後は分かっているよねぇ」


「――ああ、感謝する」


 婚約指輪は既に渡しているようだし、この指輪の使い道は……まあ、既に用意していたかも知れないけど。

 用意していたら用意していたで、普段使いにしてもらえばいいし、とりあえずあって困るものではないからねぇ。


「ところで、そのブローチの宝石はピジョン・ブラッド級のルビーであるな? ……まさに、このアトラクションの秘宝ということか?」


「まあ、そう捉えてくれたらいいかな? あっ、そうそう、気が早いと思うけど、もし結婚式のタキシードとウェディングドレスの用意がまだなら遠慮なく言ってねぇ。満足が行くものを用意させてもらうよ」


「ああ、その時はまた頼む」


『そういえば、ローザ。前世では結婚式に関わる仕事もしていたのか?』


「まあ、ウェディングプランナーの仕事も少々ねぇ。タキシードやドレスの製作から会場のセッティングまで、とりあえず一通りのことはできるよ」


『流石は、ご主人様ですわ!!』


 友人達が愛でたくゴールインした時に結婚式をプランニングしたいからと、大手に押し負けて人気が低迷していたブライダル企業を買い取ってバイトさせてもらっていた経験が前世では活かせないまま死んでしまったんだけど、今世では活かせられそうだねぇ。


 その後、視察を終えたボク達はディグラン達に感想を伝えてからブライトネス王国に帰国した。



 さて、いよいよ、お茶会当日。お茶会に招かれたお客様は当然ながらルークディーンただ一人。

 そのお父上であるヴァルムト宮中伯はクソ陛下……ラインヴェルドと共にどこかに行かれてしまった。要するに、「後は若いお二人で……」って奴だねぇ。


 場所は王族のみが利用できる東屋。邪魔が入ることもないし、時期的に美しい花々が咲き乱れているから屋外のお茶会にはもってこい。


 姫さまとルークディーンは対面するようにテーブルに座り、そこから一定の距離を保って下がったところに彼の兄君であるアルベルト=ヴァルムトの姿もある。本日の役目はルークディーンの護衛騎士代わりだとか。


「王国宮廷近衛騎士団所属、アルベルト=ヴァルムトです。本日は弟の従者代理としてこちらにお邪魔させて頂きますのでよしなに」


「本日の責任者を務めさせて頂きます、王女宮筆頭侍女のローザ=ラピスラズリでございます。他に王女宮侍女のシェルロッタとメイナ、執事のオルゲルトが同席致します」


「承知致しました、よろしくお願いします」


 ……自分でデザインしたとはいえ、見た目だけでなく中身まで相当な美形だねぇ。……まあ、ボクは男に興味はないんだけど……。


「ローザ様、あの方が噂に聞く近衛のホープなんですって!」


 ……メイナみたいな女性からすれば、確かに目を輝かせたくなるようなイケメンなんだろうねぇ。


「メイナさん、仕事に集中しなさい。今日は王女殿下の大切なお客様を招いてのお茶会なのですよ」


「はぁい……でも、本当にカッコいいなぁ……」


「……そう、ですわね」


 ……まあ、思いっきり対象外なんだけど。

 メイナはイケメンが近くにいるということで、はしゃいでいるみたいだ。


「シェルロッタさん、叔父の立場から見て、ルークディーン宮中伯令息はどう思う?」


 メイナに話しかけた時のように、アルベルトに聞こえないようにシェルロッタに尋ねる。


「……まだ情報が足りないので判断し兼ねますが、現時点ではあまり釣り合っていないように思えます。とはいえ、私は一介の侍女ですので、仮にわたし自身が相応しくないと思っても王女殿下と宮中伯令息の婚約に反対することはできませんわ」


「まあ、立場的にはそうなるよねぇ……。シェルロッタさんとしては、大切な姉の忘れ形見だから幸せになって欲しい。だけど、今はただの侍女だから姫さまを叔父として抱き締めることも、彼女に相応しい婚約者を見定める権利もない……か。なんだか、申し訳ないねぇ」


「いえ……私はローザ様に感謝しています。貴女のお力がなければ、私は彼女の側にお仕えすることもできなかったのですから。それだけで、私は幸せなのです」


 プリムラの姿を眺めるシェルロッタの瞳は優しげで、その姿は深い哀愁を感じさせる。……やっぱり、一刻も早く正当な形でプリムラに仕えられる環境を整えないといけないねぇ。


 アルベルトは今回のお客様ではないのだから、大人しくして頂ければそれで結構。

 まあ、結果が決まっているとはいえ、体裁上はルークディーンがプリムラに相応しいかを見極めるための場だし、何よりプリムラの侍女として恥ずかしくない振る舞いをしなければならない。


 つまり、他ごとに現を抜かさずしっかりと職務に励まないといけないってことだねぇ。まあ、そもそも現を抜かす相手も……おっと、いなくはないみたいだ。

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